30 / 67

第29話「ユキの異変」

片方が重くても、片方が軽くても成り立たない。 同量である事が肝心で、それであるからこそ成り立つもの。 「やっと連れ出せた」 「わあー、トモ大丈夫かよー」 俯いて何も言わない智幸を見て、光瑠と山中は顔を見合わせた。 3日程まったく連絡が取れず、学校にも来なかった智幸のもとへ光瑠が駆けつけ、晴也に連絡して家から引き摺り出し、何とか今日は学校まで連れてきたのだ。 晴也は智幸の家の鍵を貸してくれただけで、使い終わったら自分の家のポストに入れておいてくれと言って智幸と会わずに家に戻ってしまった。 それに、光瑠は少しの疑問を持っている。 (トモがここまでになるってことは、多分ウシくん絡みだよなあ) ここ最近の付き合いで、智幸が「牛尾晴也」と言う人間に対してのみ、他と違った感情の起伏を見せる事は理解できていた。 何と言えばいいのか考えていたが、ピッタリくる言葉がやっと見つかった。 智幸は、晴也に「支配」されている。 まだ深く関われてはいないが、光瑠から見た2人の関係性はそれだった。 朝の教室に雪崩れ込み、智幸を席に座らせると由依と原田もそこへ寄ってきた。 「トモ?どうしたの?ってかやっと来たじゃん、学校」 そそくさと光瑠の隣に回り込み、由依は困惑した表情を浮かべた。 席についたまま俯いてまた何も言わない智幸を、光瑠、由依、原田、青木、山中と言ういつもの仲良しメンツが囲い込んで心配そうにその顔を覗き込む。 智幸は誰の問いかけにも答えず、いつもの悪態もない。 ただ死んだように静かで、呼吸で微かに膨らむ胸や肩を見ていないと不安になる程だった。 「トモ」 「と、、トモ、くん?」 正気が失われた顔。 視線はここにはないものを見ていると誰もが理解できた。 このとき、原田はこの状況が自分のせいだと思っていた。 少なくとも、自分とキスをした日からこんな状態になってしまっていることが気にかかっていた。 この3日、「2度と近づくな」と言われた事がショックだったのと同時に、学校に来なくなった智幸がそれ程自分とキスした事がショックだったのだろうかと悩んだ。 彼は最近は女の影がやっと見えなくなっただけで、前までは誰彼構わず、彼女でなくても関係を持っている女の子なんて言うのはたくさんいたのだ。 目の前で他の女とキスをされた事だってある。 目の前で違う女を抱かれた事だってある。 なのに、一度、ほんの少し唇が当たったかな?くらいのキスをしただけで、あそこまで拒絶されるだろうか。 彼がそれを気にするだろうか。 「死んでんのかよ、トモ、おいってば。ヒカル何か知らないの?」 「まあ、心当たりはあるんだけどなあ」 光瑠がうなじの辺りを掻きながらため息をつく様を見て、何故だか原田はドキンとした。 その心当たりと言うのは自分に関することではないのだろうか、と。 智幸が光瑠に何かを話したのだろうか。 「光瑠くん、心当たりって、、?」 おずおずと光瑠に話しかけると、困った顔のまま、光瑠は原田を見つめてもう一度ため息をついた。 「いや、まあ、あのー、あとで言うわ」 「ん、そっか、、」 苦労の滲む顔にそう返すと、再び俯いた智幸に視線戻す。 いつもなら整えている髪型も、寝起きなのかボサボサで無造作だった。 「、、、」 ガタッ 「あ、おい」 突然、何も言わずに智幸が立ち上がる。 光瑠が代わりに担いで持ってきた鞄にすら反応せず、ズボンのポケットに両手を突っ込んでのそりと席を後にし、輪の中から抜け出す。 「トモ!どこ行くんだよ」 「、、保健室」 「え」 「寝る」 「あ、、、」 それ以外に言葉は発さず、背中を丸めたまま智幸は教室を出て行ってしまった。 光瑠はまた盛大にため息をついた。 「、、私、面倒見てくる」 「やめときなよー原田ちゃーん、って、あら、行っちゃったね」 青木の制止の声も届かず、智幸を追って原田も教室を後にする。 真面目な彼女が何か理由があるにしろ授業を朝からサボると言うのは前代未聞だった為、一瞬教室内がざわついた。 「あいつら保健室でヤるんじゃねーの」 「今のトモにそんなガッツあると思う?アンタ本当に馬鹿だよね」 「あ!?」 2人の姿が廊下の先の角を曲がって見えなくなると、山中がふざけて言った発言を由依が眉根を寄せて遮った。

ともだちにシェアしよう!