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第42話「ユキの変化」

《じゃあまた遊ぼーな。あ、あと青木に金返せ》 「切ったらアイツに電話する」 《うん、そんでいいんじゃね。あと、原田ともちゃんと別れろよ。散々にしたのお前だろ》 「分かってる」 最後にまたフハハッと笑い声がして、「じゃな!」と電話が切れた。 「ん、」 智幸は身体を起こし、今度は青木に電話をかける。 《俺も殴ってごめーーーん!!まだ痛かったりする、、?》 素直に謝ると、青木は始め強張っていた声からだらりとしたいつもの声色に戻り、見えなくても分かるくらい情けない顔をして謝ってきた。 智幸は、青木としばらく通話を続けた。 自分にされて嫌だった事があるとは自覚していて、それを謝りたいと言う事。 原田にしてきた事、彼女にも謝って別れを切り出す事。 それは、その後に電話した山中にも伝えた。 不機嫌でいた事も、荒れていた事も、その自覚がなかった事も謝って、それから山中には「ありがとう」と伝えた。 《え?何でお礼?俺なんかしたっけ??》 「お前昨日、俺に、いらないって言っただろ」 《ん?、、あー、言った、あれごめんな。カッとなっちゃって。俺だっていっつもトモに迷惑かけてんのに偉そうだったよなあ、えへへ》 またキレられるかもしれないと思ったのか、山中は誤魔化すように笑って聞かせた。 「怒ってない。お前があれ言ったから色々考えられたから、ありがとう」 《、、トモ、何かあったの?》 「あ?」 《いやー、めっちゃ優しい、と言うか》 優しい?これが? 智幸にはよく分からなかった。 自分が誰かに優しくする、していない、そんな事も考えたことがなかったからだ。 「俺、優しいのか?」 《ぶっ!何それ、お前そう言うの分かんないの?あはは、何か新鮮だなあ。優しいよ、今のトモ。ちょっとびっくりすっけど。その方が女にモテそう》 「別にモテなくていい」 《え!?なんで!?モテてーじゃん!いやヒカルとトモはめちゃくちゃモテてるからそんなのどうでもいいのか、、羨ましーぜ》 電話の向こうでは、今までにない程ケタケタと山中がよく笑った。 智幸はそれをボーッとしながら聞いている。 《で、原田とは別れるんだろ?連絡した?》 「まだ」 《別れるときも優しくしろよ。お前、結構な事してたんだろ》 「、、殴ったり、無理矢理セックスしたりはしてたな」 《おおーーーーい、おい、やめろ。お前それ犯罪なの知ってる!?真面目に最低だよ。あんな、梅ちゃんとかとヤるのと原田とヤるのは違うだろ!種類!!》 「、、は?」 ベッドに座り、床に足を下ろして今度は部屋の壁を見つめる。 晴也が祖父母に買ってもらったと言っていた木の勉強机が未だに部屋の端にある。 クローゼットは窓の反対側に。本棚は机の横だ。 こう見ると、中々に広い。 《貞操観念ガバガバのヤリマンと、純粋無垢な女の子!梅ちゃんと原田は別もんなんだよ!生き物として!だからって梅ちゃん傷付けていいとかじゃなくて、原田に遊びはダメってこと!お付き合いするなら大切に大切に!》 「何で」 小さい頃はもっと物が多くて散らかっていたな、とぐるりと部屋を見渡した。 それから考えれば、随分綺麗になって落ち着いている。 《当たり前だろ。梅ちゃんはちょっと頭のネジ飛んでるしヤリ慣れてるし誰でもいいやーって感じじゃん?原田は違うだろ。原田はトモだから付き合って、トモだからエッチして、トモだから一緒にいたかったんだよ》 「、、、」 山中が説明した自分でないといけない理由と言うのはよく理解できなかった。 けれど、壁を見ながら自分の事に置き換えてみることにした。 それはとても分かりやすく、すぐにまた「ああ」と納得した声が漏れた。 確かに、自分も晴也でないとダメなことは多い。 晴也だからこそ成立する事も。 (、、俺にとって、ハルは特別なのか) 友人達と話すにつれ、智幸は何となく晴也が言わんとしているもの、自分が気が付かなければならない何かの輪郭が見えるようになってきた気がした。 そして何より、原田に対して罪悪感が湧いていた。 「あいつには悪い事したな」 《そ!だからちゃんと納得いくまで話して別れろよー、じゃないと、》 ガチャ 「ユキ」 「?」 《ん?、、ん、誰?誰といんの?》 自室のドアを開け、まだ玄関に置かれていた靴の持ち主の名前を呼びながら、もう甘やかす気はないぞ、と意気込んで低い声を出して晴也が入ってきた。 部活終わりで髪は少しボサボサしている。 エナメル鞄をドアの枠にドカ、と当てながら部屋に入ると、ベッドに腰掛けて通話している智幸を睨んだ。 「帰れってメモに書いたの見た?」 不機嫌な声色に、智幸は山中の存在を忘れて、携帯電話を耳に当てたまま晴也を見上げる。 「帰ってくるまでに帰れとは書いてなかった」 屁理屈だ。 枕元に置いてあったメモを拾い上げ、指で挟んでピッと立たせて春也に見せびらかす。 確かにいつまでに、と言う記載はないが、流石に晴也は重いため息で反撃した。 「お前ここんとこ帰ってなかったろ。洗濯物とかどうなったんだ。冷蔵庫の中は?何か腐らせたりしてんじゃねえの」 「、、、」 「だーまーるーな。電話切って家帰って掃除しろ。どうせ暇なんだろ夏休み。大掃除しろ」 それまで気がつかなかったが、部屋のエアコンがずっと入れっぱなしになっていたらしい。 晴也は机の上のリモコンを取ると、十分に涼しい部屋の設定温度を2℃ほど上げた。 「、、分かった」 「あと飯。家族帰ってくるまでは作ってやるからちゃんと食え。お前倒れたらまた俺が怒られんだぞ、分かってんのか」 「ハル」 「何だよ」 「おかえり」 「はいはい。一回帰って冷蔵庫と洗濯機確認な。洗濯物はこっち持ってこい。まとめて洗う」 「ん、、ハル」 「なに」 苛立った晴也が、ドサドサと持っていた荷物を床に散らばらせて行く。 夏だけあって、動くたびに汗の匂いがした。 「おかえり」 「ただいま」をやたらと欲しがる智幸に、どうにも晴也は力が抜けた。 帰れと言ったのに帰っていない事が分かった瞬間、やはり甘やかし過ぎたと怒りが込み上げたのだが、どうにも腑抜けたようになってしまっている智幸に拍子抜けしている。 呆れながら、苛立ちと言う武装を解いた本来の少しのんびりした智幸の元に近付いて、ポン、と頭に手を乗せる。 「ただいま」 それだけ言うと、踵を返してさっさとドアを開け、部屋から出て行ってしまった。 「、、、」 《と、トモ?トモッッ!!?》 「あ、、なに」 先程までの甘えるような少し高い声はどこへ行ったのか。 息を潜めて2人の会話を聞いていた山中は驚愕しながら智幸の意識を携帯電話に戻した。 《今の誰!!》 「関係ないだろ」 即答だった。 《何で急に冷たくなるんだよ〜!お兄さんとかいたっけお前!家族の前だと可愛いし優しいし、何なの、家族大好きじゃん!!》 「俺兄弟いねえぞ」 《あれ??》 素っ頓狂な声が鼓膜に響く。 《え、じゃあ誰、今の》 「掃除するからもう切る」 《え!?待ってよトモ!話終わってな、》 そこまで聞いて、ブチッと電話を切った。 携帯電話をズボンの尻ポケットに滑り込ませ、智幸は晴也の後を追って部屋を出る。 階段を下り、リビングに入り、壁掛けの時計を確認すると時刻は既に14時半を回っていた。 (電話し過ぎた) 晴也の姿を探したが、リビングにもキッチンにもいない。 微かに聞こえる水の音に、フラフラとリビングを出て風呂場の脱衣所のドアを開けた。 ザアア、とシャワーの音が大きくなる。 浴室のドアのすりガラスに、晴也の肌色が透けて見えた。 「、、、」 いつぞやの、あの日を思い出した。 中学生の2人が風呂場に押し込められ、2人だけの秘密を持った日だ。 ガラッ 無言のまま、断りもなしに智幸は脱衣所と浴室を隔てるドアを開けた。 「うわっ、、なに、どした」 髪の毛を洗い終わった晴也が、ビクッと身体を揺らしながら振り返ってくる。 淡い色の地毛が濡れて、ツヤツヤと光っていた。 「ハル」 昨夜あれだけ触れた身体に、智幸はもう触りたくて仕方がない。 あの日、ここで晴也に触れて一緒に射精した日から数年耐えていたと言うのに、我慢できる間隔は確実に狭まっている。 「ん?だから、どした」 どこかぼーっとしている智幸が少し心配になり、晴也はシャワーを止めて彼に近づき浴室から手を伸ばして、ドアを開けている智幸の頬に触れた。 「何かあった?」 緑色の目。 いつ見ても美しかった。 「ぁ、あ、、」 「え、?」 少し笑って頬を撫でた瞬間に、智幸が急にその場に座り込む。 腹を抱えるような体制でしゃがみ込んだ彼に晴也はギョッとしながら同じようにしゃがみ込んだ。 「ユキ?おい、ユキ」 「ハル、、ご、ごめん」 「ん?どうしたんだよ、腹痛いのか?」 智幸が俯いていた顔を上げると、浴室の中でしゃがみ込んでいる晴也とバチンと目があった。 濡れた白い肌が、熱いお湯を浴びてほんのりと赤くなっている。 「ッん、、」 「ユキ?」 「ごめ、ん、、、ハル見たら、勃った」 「えっ?」 よく見ると腹ではなく、智幸が抑えているのは股間だ。 「あーー、、」 何でドア開けたんだよ、と聞きたかったが、そんな事を聞いてもこのヘタレはずっと「ちんこが痛い」と言いそうなのもあり、晴也は一度出かけた言葉を飲み込む。 呆れたようにため息を吐き、眉根をひょいと上げてから、智幸の頭に手を置いてポンポンと撫でた。 「馬鹿だなあ」 散々に怒ってやろうと思っていた気持ちが飛んでいく。 「ごめん、ハル、、ごめん、また、傷付けた?」 「っ、、え?」 思ってもみなかった言葉に耳を疑い、晴也は少し脱衣所の方へ身を乗り出す。 夏にしても、お湯を浴びていた身体からは少し涼しく思える空気が顔に当たった。 「ハルのこと、傷付けた?」 不安そうな顔は、いつものようにメソメソとなく智幸だ。 けれど、聞いてくることは少し違っている。 何より、行かないで、1人にしないで、と自分のワガママを言ってこない。 ただ、晴也に問うてきている。 「傷付いてないよ」 「俺がハルに勃起しても、ハルは嫌じゃない?」 「嫌じゃないよ」 優しくそう言うと、どこかホッとしたような顔をした。 昨日散々あんな事をしたのに、今更になって怖くなったのだろうか。 「ハルは、お、、俺が、、俺に、昨日みたいなことされるの、イヤ?」 「、、、」 確実に何かを確かめている。 急に始まった質問攻めに困惑しつつも晴也はそれも飲み込んだ。 誰と電話をしていたのかは知らないが、何かあったのだろう。 晴也自身が求めているものが何なのかに気が付こうと、智幸は今、必死に探し、分かろうと努力していた。

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