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第47話「ユキの激白」

「はあ?」 「っ、、ごめん、ごめんなさい、ハル」 その日の夜の夕飯はカレーにした。 1番手っ取り早く作れるからだった。 晴れて付き合う事を選んだ2人は仲良くキッチンに立ってカレーを作り、たまに智幸がねだって10分おきぐらいにキスをしていた。 そして、協力して出来上がったカレーを食べている最中に智幸が発した何気ないひと言で、またこの2人は険悪になっている。 「彼女いるのに俺と付き合ったってこと??」 その原因とは、原田についての智幸の「明日、女と別れてくる」と言う台詞だった。 「違う、もう別れるって言ったから、ヒカル達に」 「違うだろ。その子にまず別れを切り出すことが最優先だよ。本当に人の気持ち考えないな。今日1日何してたんだよ」 はあ、と重たい呆れたため息を出した晴也に、彼は慌てて謝罪を繰り返す。 やっと付き合えたと言うのにこれか、と落胆しつつ、智幸らしいなとも思った。 智幸が何より晴也を最優先に考えていて彼の事しか頭にない、なんてものは晴也自身がよくわかっている事なのだ。 カレーはもうすぐ食べ終わる。 「お前と付き合ってくれるなんて絶対いい子だ。本当にきちんと謝って、向こうが納得行くまで話し合って来い」 「うん」 「ちゃんと話聞くんだよ。傷付けるなよ。どうせろくな付き合い方してなかったんだろ」 「、、、多分」 「多分じゃない。その辺ちゃんとしないなら、今すぐ別れる」 「嫌だ!!」 ギュッとスプーンを握り締めた。 食べようとしていたカレーと白米が、智幸が晴也に借りて着ていたスウェットのズボンにボタ、と落ちる。 「あ、」 「あ」 晴也が風呂に入りに行ったのを確認して、言われた通りに智幸は2階へ上がり、また電源を切って充電させていた携帯電話を手に取った。 少しドキドキしている。 立ち込める罪悪感は原田へのものもあるが、晴也に対して不誠実だったかもしれないと不安なのだ。 連絡用のアプリを起動させると、届いているメッセージの一覧が出て来る。 やはり、1番上には原田の名前があった。 読んでいないメッセージの数は56件。 朝見た時より確実に増えている。 「、、、」 悪い事をした、とは本当に思っていた。 晴也の代わりになる、と言ってくれた日から彼女に頼り切っていたのだから。 けれど一度も晴也の代わりになった事はなかった。 智幸の中で晴也と言う存在は代えようがなく、誰も同じ位置には当てはまらない。 どんなに彼女が智幸を好きでいようと、晴也の想いに勝てる人間もいない。 「、、、もしもし」 原田の番号を押して3コール。 通話中に切り替わった画面を見つめてから携帯電話を耳に押し当て、低く声を出した。 《トモ、くん、、トモくん?トモくんだよね、大丈夫?どこにいるの?何してるの、今日帰ってくるよね?》 初め、智幸は彼女を晴也に似ていると思った。 物静かで優しく、頭が良くて品がいい。 けれど今の彼女が重なる影は、どちらかと言えば自分に近かった。 《ねえ、お願い、、お願いだから帰ってきて、お願い!!》 智幸の電話で取り乱して泣き始めたと言うよりは、連絡を待ちながらずっと泣いていたのだろう。 声は掠れて聞こえにくく、ヒステリックに抑揚がある。 「今日は行けない」 《何で!、どうして!!やだよ、他の女の子の家にいるの!?やめて、1人にしないで!!何でもするよ、えっちもゴムしなくていいし、殴っていいし、好きなもの作るよ、ねえ、、ねえ!帰ってきて!!》 それは変な話に思えた。 智幸からすれば原田の家こそ他人の家だ。今いる晴也の家や部屋こそ、自分のいるべき場所だと安心できる。 「原田、悪かった。今も、苦しめてごめんな。明日会って話しがしたい。時間くれ」 彼女からすれば、それは勝手極まりない話だった。 《何で急に他人みたいな言い方するの、、何で名前で呼んでくれないの、、1人になってもいいの!?ねえ!!やめてよそう言うの!!どうして分かってくれないの、ずっとずっとずっと、トモくんのせいで苦しいんだよ!?何で分からないの!?》 「明日、お前の家行くから。兄貴いてもいい。全部謝りたい。午前中に話しに行くから家にいてくれ。頼む」 もはや話を聞ける状態ではないのだと察した智幸は、一方的にそう話をつけた。 無論、原田は通話口の向こうで発狂したようにずっと何か言っている。声が大きすぎて途切れ途切れにしか聞こえないが、智幸の悪口のようだった。 (聞こえてねえな、これ。メッセでさっき言ったこともう一回送っておくか) 「原田。明日、会いに行くから。メッセ送っておくから見といて。嫌なら嫌って返事くれ。じゃあ、」 《何でそうなるの!?何でいつも自分勝手なの!?私のこと殴ったくせに!!嫌だって言っても無理矢理犯したくせに!!》 「、、、ごめん」 《謝って済むことじゃない!!赤ちゃんできてたらどうする気だったの!?ねえ、ねえ!!!》 「、、、」 彼は何をしたのかがハッキリと認識できるようになっていた。 だからこそ、Tシャツの胸元を掴んで、シワを作っている。 やっとそこが痛むようになったからだ。 人の痛みが分かるようになれたからだ。 「ちゃんと、謝りに行く。だから話し聞いてくれ。お前の話もちゃんと聞く」 そう言って、終わりそうのない通話を終わらせる為に終了ボタンを押した。 「、、、」 再び電源を切り、晴也のベッドの上に放る。 ベッドのふちに腰掛けていた彼はそのまま後ろに倒れ込み、見慣れた白い天井を見つめた。 ガチャ、と部屋のドアの開く音がする。 「終わったかよ」 「ハル、」 濡れた髪をタオルで拭きながら、晴也は呆れた顔でベッドに横たわる智幸を見下ろした。 「何でまた泣きそうなの」 しょげた顔をした智幸に近づいてベッドのふちに座ると、すかさずズリズリと寄ってきた図体ばかり大きく育った男は、許可もなく晴也の膝に頭を乗せた。 「俺、、色んな人傷付けてたんだ」 晴也はサラサラと髪をかき分けながら無意識に智幸の頭を撫でる。 落ち込んだ幼馴染みは彼を見上げはせず、黙って壁の方を見ていた。 晴也が何も言ってこないと分かると寝返りを打ち、晴也の腹に顔を埋めて彼の腰に腕を回した。 「ハル」 許して、と言っているのは分かるがこれに関しては晴也がいくら智幸を許しても意味がない。 原田ときちんと関係を終わらせない限り罪悪感は消えないし、彼ではなく彼女に許されるべきであり、許されないのならせめて終わらせなくてはいけない問題だ。 「過去になんて戻れないんだから、これからはちゃんと人のことも考えて生きるんだよ。光瑠くんとか、ちゃんと大事にしろ」 「うん」 泣いてはいない。 ただ、自分自身の中の罪悪感で気圧されている。 「あと、」 「?」 「その子とちゃんと別れてちゃんと終わるまで、セックスしないから」 「、、、えっ!?」 途端にガバッと智幸が身を起すが、目の前にある晴也の顔は「当然ですが」と言っているような無表情と死んだ目をしていた。 「う、うそ、、ハルと、初夜、、」 「何言ってんの?そんなテキトーな人間関係作ったのが悪いんだろ。罰としてユキが全部綺麗に終わらせるまで1回もしない」 「やだ、、嫌だ、嫌だあ、ハル!!」 縋るように抱き着くが、体幹が良い晴也は後ろ手にベッドに手をついている事もあり押し倒す事など出来なかった。 相変わらずの馬鹿力は健在なようで、今までしてきたいやらしい事の数々に確かに彼が本気で抵抗せず受け入れてくれてきたと言う意志を感じて嬉しくも思ったが、それとこれとは話が別だ。 セックスしないとはどう言う事だ。 「しーなーい」 「だって、ハル、俺の彼氏じゃないの?ちゃんと、好きって言えたらお尻の穴に入れて良いって言った!!」 「そのときと状況が違う。初めから別れてない女の子がいるなら別れてからって付け加えてた」 「嫌だ!!ハルと初夜なのに、えっちなしは嫌だ、入れたい、ハルのお尻、、ハルのお尻ぃ」 ダラリと全体重を預けて押し倒そうとするがやはり動かない。 本気で泣きそうになりながら智幸は脳内をフル回転させていた。 何とか初夜で晴也を抱きたいが為だ。 「ハルとセックス、、寝てる隙に、、でもそれじゃあ無理矢理になるから嫌だ、ハルがしたいって言ってくれてするのが良い、、俺どうしたらいいの、ハルと初夜なのに」 「諦めろ。自分が悪い」 「何でそんなに冷たいの、何で酷いこと言うの」 「どちらさまですか、俺に黙って女の子と付き合っていながら俺に告白してきたのは」 「う、、、」 何度かそう言うやり取りを繰り返し、結局全部言い負かされた智幸は黙って風呂に入りに1階へ降りて行った。 「馬鹿だなあ」 晴也は呆れながらワシャワシャと髪を拭き、一度1階へ降りてドライヤーをかけて乾かすと、きちんと智幸が風呂に入っているかチラリと浴室のドアを見つめる。 湯船に浸かっているのか、すりガラス越しでも肌色は見えなかった。 「ユキー」 「、、ん、なに?」 湯船に入ったままドアに手を伸ばし、ガラリと開けて少しだけできた隙間から智幸が脱衣所を覗き込む。 「2階にいるから、髪ちゃんと乾かしてからおいで」 「ん」 嬉しそうに笑う智幸を見て、晴也は脱衣所から出て階段を上がった。

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