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第54話「ハルと弘也」

ピンポーン 「あれ?あいつ、鍵持ってるよな」 13時半過ぎ。 練習が早めに終わり、早々に帰宅した晴也は昼飯に近くのバーガー屋で自分と智幸の分を買った。 リビングに充満し始めたファストフードの魅惑的な香りを楽しみつつ、智幸はまだかと数分前に連絡を入れておいたのだが、彼からの返事よりも前にインターホンが押された音が家の中に鳴り響いた。 「んー?、、お?」 玄関のそばの壁に取り付けられた液晶を覗くと、外にあるカメラに映った元原弘也の姿があった。 「、、何で?」 疑問に思いながらも、そう言えば何度か家に招待したから場所は知っているな、とそのまま玄関に向かい、鍵を開けてドアを押した。 「はーい。どしたの、弘也」 「あっ、よ、よお。ごめん、なんか、来ちゃった」 部活の練習が終わった後、確かに猪田や御手洗、秋津と一緒に弘也と多田と一度合流はした。 道で数分立ち話をしてすぐに自分は高校の最寄駅に向かったが、彼らは昼食を取りに近くの蕎麦屋に向かった筈だ。 けれど、何故か弘也は目の前にいる。 「来ちゃうのはいいけど、なんか用?」 「宿題、とか?一緒にやんない?」 「え?あー、、」 晴也は考えた。 智幸のことだ。 帰ってきて2人きりになれないと分かれば弘也に手を出す可能性もある。 「、、ごめん、明日とかじゃダメ?今日これから、幼馴染み来るんだわ」 「エッ」 「え?」 あまりにもぎこちない弘也をグン、と見上げる。 走ってきたのか、ダラダラと汗をかいていた。 「どした」 「いや〜、、いや、うん。あのさ、ちょっとだけ話がしたいんだ。ちょっとでいいから」 「?、、んー、じゃあまあ、どうぞ。多分すぐ来るから本当にちょっとな」 「うん!」 晴也は一瞬考え込んでから、少し肩を落として弘也を家へ入れた。 このぎこちない会話。 相手の緊張したような焦ったような雰囲気には、何度か経験したことのある特有の、甘ったるく、重怠く、気持ちの悪いズレがあった。 (はー、、まさかだったなあ) 「お邪魔しまーす」 そんな素振り、今まで出してこなかったくせに。 「ちょっとだけしたい話し」。 つまりは告白だ、と晴也はバレないように息を吐き、項垂れながらリビングの扉を開いた。 (あいつにバレたら厄介だなあ) そんな呑気な事を考えながら。 「麦茶でいい?」 「あ、うん、」 リビングに入って一度ソファに座ったのだが、弘也は中々話を切り出さなかった。 痺れを切らした晴也は立ち上がり、素足でフローリングの上を歩いてキッチンへ入る。 麦茶は昨日、自分で作っておいた。 茶葉のパックを入れたピッチャーを冷蔵庫から取り出すと、こんがりと茶色になっている。 自分と弘也の分のコップを棚から出すと、ワークトップにトコトコと置いてピッチャーを傾けた。 「、、、」 「ウシ」 「うわッ!?」 耳元で突然聞こえた声に手元が狂い、バシャッと溢れた麦茶がシンクの方まで広がって流れていった。 「あ、ごめん」 「何だよビックリさせんなよ、、あー溢れた。お前向こう行って座って、」 「晴也、好きだ」 「、、、」 ドン、とピッチャーを置いて布巾を取ろうとした瞬間だった。 両肩を掴まれ、晴也は無理矢理弘也の方へ向かされている。 彼の方は俯いて晴也と目を合わせないけれど、確かにそれは聞こえてしまった。 「冗談、じゃないんだよね」 晴也の機嫌は分かりにくい。 喜んでいるのか、嫌がっているのか、引いているのか、驚いているのか。 ただポツリと彼自身に言い聞かせるように呟いている。 「違う、、本当にお前が好きだ」 「何でまた急に」 この甘い雰囲気が嫌いだ。 告白と言うのは毎度、告白してくる側の放つ居心地の悪い重怠い世界に引き込まれるようで気分が悪かった。 過去に何度か男からの告白を聞いた事がある晴也はこれに慣れてもいるが、毛嫌いしている感じは拭い切れない。 「お前がッ、、幼馴染みの男と飯食うって聞いて、その、どんな奴なのかって猪田に聞いたら、めっちゃ可愛がってるみたいって。最近元気ないからどうしたのかなって思ってたけど、もしかしてソイツと関係あるのかなって。やたら構ってるみたいだとか、何とか、、その、俺そう言うのの察しはいいから、もしかしてって」 「何それ。どう言うこと?」 そう聞くとやっと弘也は晴也を見つめた。 「猪田達の話しとか、友梨ちゃんとのこととか聞いた。ウシが異常にそいつに優しいって話しになって居ても立っても居られなくなったんだ。女の子相手なら諦めるけど、でも、」 「でも?」 「っ、」 ここで弘也が理解したのは、晴也が明らかに苛立っていると言うことだ。 まるで口出しするな、知ってくれるなと言うように。 「でも!!男がいけるんだったら、俺だってウシにそう言う目で見て欲しい!!チャンスがあるなら俺だってお前と付き合いたい!!彼氏になりたい、そのくらい好きなんだ!!」 「弘也、落ち着け。まず、」 「我慢出来ない!!」 「うわっ、!?」 不意打ちだった。 グッと押された身体は尻餅をつくために体勢を変え、腕を後ろに下ろしながら身体を捻る。 床との距離感が分からないと衝撃への対処のしようがないからだ。 (あー、もう!!) 心底面倒くさくなった。 倒れた身体の上には興奮した弘也が乗っかり、体重を掛けてきている。 しかしだからと言って晴也が怯むわけでも、この現状を恐れて縮こまるわけでもない。 (俺を押し倒したな、この野郎) 残念なことに、彼は根っからの男だ。 こう言う事態はムカつく以外に感想が湧かない。 怖いとかではなく、腹立たしいのだ。 「晴也ッ!!」 彼の肩を掴んで身体を床に押し付け、キスを迫る弘也。 けれどその顔面を、身長の割にやたらと大きい右手が容赦なく鷲掴みにした。 「ッ!?」 「弘也ぁ、テメェ、なに勝手にキスしようとしてんだ」 「は、晴也、好きなんだ!!はるな、」 「なあ、お前、ハルに何してんの?」 「!?」 「あ、ユキ」 ゴングの鳴る音がする。

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