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12’:すぐにドヤる癖やめろ
「あんた、保健室でおイタとはやるじゃない」
住宅街の狭い道を器用に運転するジェーンの隣で、俺はきょとんと目を瞬かせた。
「おいたって何?」
「あらやだ、とぼけちゃって。ついてたわよ、水無瀬くんのここに」
ハンドルから片手を離し、ジェーンがとんとんと自分の首を突く。結局、おいたの意味は分からなかったが、言わんとしていることは理解した。
「あー、襟に隠れなかったかぁ。失敗、失敗」
「ほんと可愛くないわね、あんたって。ちょっとは照れたりしなさいよ」
「いや、今更?」
「ま、そっか。散々、恋愛相談に乗ってやってるものね」
見慣れた風景がヘッドライトに浮かび上がっている。家まであと少しだ。
「で、どこまで行ったの? B? Bしちゃった?」
「ビーって何?」
「うふふ、カマトトぶっちゃって」
「さっきから何言ってるのかさっぱり分かんねーんだけど」
「あ、これもしかして全部死語か? ショック……」
車が滑るように止まる。俺は運転席へ軽く手を挙げ、車を降りた。
「しっかり休みなさいよ。お医者さんにも行きなさい。後で、葉子さんか花枝さんにちゃんと確認するわよ」
「はいはーい」
背中越しに手をひらひら振ると、ジェーンの声が尚も追いかけてきた。
「それとあんたの恋人。可愛いわね」
足を止めて振り返る。俺は得意満面の笑みを浮かべた。
「だろ?」
「てめー、すぐにドヤる癖やめろ、ムカつく」
低い声で捨て台詞を吐いて、ジェーンは去って行った。
家の門をくぐると、白い毛並みのグレートピレニーズが走り寄ってくる。俺はしゃがんで首回りを撫でてやった。
「ただいま、クロ」
何故白いのにクロかというと、本名がクロードだからである。ちなみに名付けたのはピアニストだったじーちゃんで、ドビュッシーのファーストネームが由来だ。
短い石畳の向こう、家の玄関ががちゃりと開いた。ポーチライトの真下に、ショールを羽織った老婦人が立っている。俺は立ち上がり、手を振った。
「ただいま、ばーちゃん」
「おかえり、涼馬。ジェーンさんから具合悪いって聞いたけど大丈夫? 私、ご近所さんとお茶してたらすっかり遅くなっちゃって。電話に出られなかったの、ごめんね」
「へーきへーき。それより腹減った。メシなに?」
「ふふ、今夜はトゥリピツェを作ったわよ。クロアチア料理の」
「あはは、マジで何か全然分かんねー」
後ろからついてくるクロードの足音を聞きながら、俺はばーちゃんの元へと歩み寄った。
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