23 / 52

12’:すぐにドヤる癖やめろ

「あんた、保健室でおイタとはやるじゃない」  住宅街の狭い道を器用に運転するジェーンの隣で、俺はきょとんと目を瞬かせた。 「おいたって何?」 「あらやだ、とぼけちゃって。ついてたわよ、水無瀬くんのここに」  ハンドルから片手を離し、ジェーンがとんとんと自分の首を突く。結局、おいたの意味は分からなかったが、言わんとしていることは理解した。 「あー、襟に隠れなかったかぁ。失敗、失敗」 「ほんと可愛くないわね、あんたって。ちょっとは照れたりしなさいよ」 「いや、今更?」 「ま、そっか。散々、恋愛相談に乗ってやってるものね」  見慣れた風景がヘッドライトに浮かび上がっている。家まであと少しだ。 「で、どこまで行ったの? B? Bしちゃった?」 「ビーって何?」 「うふふ、カマトトぶっちゃって」 「さっきから何言ってるのかさっぱり分かんねーんだけど」 「あ、これもしかして全部死語か? ショック……」  車が滑るように止まる。俺は運転席へ軽く手を挙げ、車を降りた。 「しっかり休みなさいよ。お医者さんにも行きなさい。後で、葉子さんか花枝さんにちゃんと確認するわよ」 「はいはーい」  背中越しに手をひらひら振ると、ジェーンの声が尚も追いかけてきた。 「それとあんたの恋人。可愛いわね」  足を止めて振り返る。俺は得意満面の笑みを浮かべた。 「だろ?」 「てめー、すぐにドヤる癖やめろ、ムカつく」  低い声で捨て台詞を吐いて、ジェーンは去って行った。  家の門をくぐると、白い毛並みのグレートピレニーズが走り寄ってくる。俺はしゃがんで首回りを撫でてやった。 「ただいま、クロ」  何故白いのにクロかというと、本名がクロードだからである。ちなみに名付けたのはピアニストだったじーちゃんで、ドビュッシーのファーストネームが由来だ。  短い石畳の向こう、家の玄関ががちゃりと開いた。ポーチライトの真下に、ショールを羽織った老婦人が立っている。俺は立ち上がり、手を振った。 「ただいま、ばーちゃん」 「おかえり、涼馬。ジェーンさんから具合悪いって聞いたけど大丈夫? 私、ご近所さんとお茶してたらすっかり遅くなっちゃって。電話に出られなかったの、ごめんね」 「へーきへーき。それより腹減った。メシなに?」 「ふふ、今夜はトゥリピツェを作ったわよ。クロアチア料理の」 「あはは、マジで何か全然分かんねー」  後ろからついてくるクロードの足音を聞きながら、俺はばーちゃんの元へと歩み寄った。

ともだちにシェアしよう!