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14’−1:御子柴涼馬のどうしようもない厄日 1
「涼馬はお土産なにがいい?」
「……んあ?」
いつものようにばーちゃんと二人で晩飯を食ってる時だった。唐突にそう尋ねられ、俺は煮物の大根を口に運び損ねる。
「箱根だからやっぱり黒たまご? かまぼこもいいわよね。あ、でもやっぱり若い子はスイーツがいいのかしら」
「え、待って、なんの話? ばーちゃん、箱根行くの?」
すると、向かい合っていた円らな瞳がぱちぱちと瞬いた。
「あら、葉子か操さんに聞いてない? 町内会の旅行に誘われてね、来週の土日に一泊二日で行ってくるのよ」
「へー。膝、大丈夫?」
「最近、鍼灸院に通っててね。結構良くなったのよ。明日も本当は涼馬と一緒に、島田さんのところへ行きたかったけれど……旅行があるから無理はしないでおくわ。よろしくお伝えしてね」
「はいはーい」
安請負しつつ、俺は今度こそ大根を食おうとする。
……が、あることに気づき、箸がまた止まった。
「あれ。来週って確か、かーちゃんと親父も出張じゃなかったっけ」
「そうなのよ。だから涼馬一人になっちゃうの。……あ、クロードはいるわね」
などと呑気に付け足すばーちゃんをよそに、俺は大根を取り落とした。
来週の土日——家に誰もいない、だと?
「まぁ、高校生だもの。大丈夫よね」
「あ、うん、それは……」
「カレー作っておくから。それ食べてね」
曖昧に頷きながら、再び大根を持ち上げて咀嚼する。ばーちゃんの煮物はいつも出汁が染みててうまい。けど、今はその味がよく分からない。
「……あー、あのさ。家に同じクラスの奴、呼んでもいい?」
「あら。あらあらあら、まさか」
「いやいや、違う。男子だから。水無瀬っての。……ほら、こいつ!」
スマホで水無瀬の写真を表示する。二枚もってるうちの一枚で、撮らせてとねだり、なんとか手に入れた。屋上で、引きつった不器用な笑みを浮かべている。俺のとっておきである。
ちなみにもう一枚は転た寝しているところを無許可で撮った。これはちょっと本人にも見せられない。
ばーちゃんはスマホを覗き込んで、ぽんと手を打った。
「ああ、これが噂の水無瀬くん。ふふ、涼馬ったら春頃、ずっとこの子の話してたわよねえ」
「そ……そうだっけ?」
「最近、聞かなくなったからどうしてるのかなって思ってたけど。でもちゃんと仲良しさんだったのね」
「ははは……」
ばーちゃんが嬉しそうに言うのに、後ろめたい俺は乾いた笑いで誤魔化した。ばーちゃん、ごめん。色々ごめん。
「私はいいけど、ちゃんと葉子と操さんにも言っておくのよ」
「うん、分かった」
俺は煮物のにんじんを二個いっぺんに頬張った。そうしないと顔がにやけそうだった。あの天野の一件以来、学校じゃ何もできなくなった。キスだって保健室の時が最後だ。それがうまくいけば二人きり、しかも泊まりで。
……いや、でも待てよ。
これ、どうやって言う?
今度の土日、家に誰もいないから泊まりに来いって……。露骨じゃね? めちゃくちゃ直接的じゃね?
いや、変に意識するな。いつものようにさらっと言えばいい。ちょっと冗談めかして、からかうように。そしたら水無瀬はきっと顔を真っ赤にして、でも予定が空いてれば頷いてくれる……はず……。くれるよな。え、つか、断られたら精神的に死ぬんだけど。
やば、難易度高いかも……。俺は弱気の虫を喉へ押し込むように、白飯をかきこんだ。何も知らないばーちゃんが「よく噛んで食べなきゃダメよ」と俺をたしなめた。
翌日の土曜日は久しぶりに水無瀬と出かけた。
シマさんのところへ顔を出し、これからどうしようか迷っている時に、水無瀬が「新しいスニーカーが欲しい」と言い出した。水無瀬はいつも同じブランドのスニーカーを履いている。星のマークが有名なシリーズで、今日は白のハイカットだった。
てっきりそこの店に行きたいのかと思いきや、水無瀬は不意に俺の足元を見やった。
「御子柴のはどこのやつ?」
聞けば、格好良くて気になるのだと言う。いいのかよ、もしここのやつ買ったらおそろいだけど? いや、別にスニーカーのブランドが被ることは変じゃない。それに俺はむしろ嬉しいし。
ちょうどすぐ近くに店があったので、買いに行くかと誘えば、水無瀬はこくんと頷いた。
「うん、行く」
自覚があるかどうかは分からないが、目は柔らかく細められ、口元には淡い笑みが浮かんでいた。その素直な言葉と仕草が、俺の胸を突き刺した。痛みをこらえるべく、目の前にそびえる大きなビルを見上げる。
……最近、水無瀬が無防備で困る。前はもっとつんけんしていて、それが可愛くもあったのだが。今では結構態度や言葉で好意を示してくれるし、あと気を許されているのがはっきり分かる。
今じゃないだろうか、と頭の中の計算高い部分が提案する。もちろん来週の土日のことだ。今言えば、同じ調子で「うん、行く」と言ってくれるんじゃ……?
「——あのさ、水無瀬。全然、話違うんだけど」
「え? お、おう」
「その、なんだ……ええと……」
まずい、変に口ごもってしまった。こうなると後が続かない。俺は戦略的撤退を余儀なくされた。
「……ごめん、また後で言う」
え、俺ってこんなにヘタレだっけか? 俺が密かにショックを受けていると気づきもせず、水無瀬はしきりに首を捻っていた。
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