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10−5:チョコレート・カプリチオ 5

「——ハルくん、そのマフラーなに?」  学童の出入り口まで出てきた美海が開口一番そう言った。  白いもこもこのセーターに赤と黒のタータンチェックスカート、その下には足首にリボンのついたお気に入りのタイツ。藤色のランドセルに、学校指定の黄色い帽子。どこからどう見ても小学生なのに、女の子は本当に目聡い。  学童の先生に挨拶し、連れ立って小学校の校門を出る。繋いだ手がぐいっと引っ張られた。 「そのマフラーなに?」  駄目押しである。俺は観念して答えた。 「もらった」 「バレンタインだから?」 「いや、ちょっと前に……」 「うそ。そんなの持ってなかったじゃん」 「持ってたよ」 「誰からもらったの?」 「美海の知らない人」 「カノジョ?」 「ち、違うって」  美海は腕を目一杯伸ばして、マフラーに触れた。 「本気だよ、その人。じゃないとカシミアなんてくれないよ。カシミア、知ってる?」 「お兄ちゃんを馬鹿にするんじゃありません……」 「そっか、ハルくんにも。そっかぁ」  俺は思わず閉口した。母さんの言い方にそっくりだ。  気の短い冬の日が沈み切る前に、マンションへ辿り着く。  美海は手洗いうがいをすると、荷物を自分の部屋に置きに行き、その後はリビングでくつろぎ始めた。  俺も着替えて、台所に立ったところで、自分の失策に気づく。 「あー、買い物すんの忘れた……」 「れーしょくないの?」  録画したアニメを見ていた美海が、ソファ越しに振り返る。俺は冷凍庫の中を確認した。 「ハンバーグかなぁ」 「あっ、美海それ大好き。決まりっ」 「はいはい」  お歳暮でもらった、虎の子だったけど……今日の残り体力ではやむなし。俺はエプロンを着て、野菜室からレタスを取り出し、手で千切ってサラダを作り始めた。 「ハルくんのことが好きな子気になるなぁ。でもどうしてチョコあげなかったんだろ?」 「……そんなことより、昨日、俺が必死で作ったチョコはどうなった?」 「美海も作った!」 「塩入れたくせに。ベタな間違いして……」 「作り直したもん。みんな美味しいっていってくれたもん」 「そりゃ良かった」  サラダを三人分作って、皿にラップをかけてしまう。冷蔵庫にはでかい板チョコが保存されていた。失敗すると見越して多めに買っておいた、その余りものだ。  その横に生クリームの紙パックが置いてあるのが目に入った。時々、パスタソースなんかに使うのだが…… 「あっ」 「どしたの?」 「チョコって使ってもいいか?」 「何つくるの、デザート!?」 「あー、えと、そう。材料余ってるから」 「やったー、ハルくん大好きっ」  また調子のいいことを。俺はソファの上で弾む美海を一瞥した後、スマホでレシピを検索し始めた。簡単でなるべく早く作れるやつ。今日、間に合うやつ。 「……うん、いけそう」  俺はエプロンの紐を締め直すと、パーカーの袖をまくった。さっきまであった疲労感はどこかへ吹き飛んでいた。

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