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第16話 「最初で最後の最大のワガママ」
どうしよう。
勇者と。エルと別れ、俺は魔王城に戻ってきた。
部屋に戻る途中、リドに顔が真っ赤だと指摘されたけど適当にごまかしたような気がする。正直、頭の中がふわふわしてて何を話したか覚えてない。
だって勇者が、俺の名前呼んだんだもん。勇者の名前を、エルの名前を呼んじゃったんだもん。そんなの落ち着けるわけがない。
なんで俺、ちゃんと魔王として気持ち切り替えられなかったんだ。こんなことがみんなにバレたら大変なのに。こんな裏切り行為、許されるはずないのに。
俺の、一之瀬伊織としての気持ちが勝ってしまった。
ずっと憧れてた相手が目の前に、現実になって現れたんだ。こんな状況で理性なんてあってないようなものだろ。
嬉しかったんだ。物凄く、嬉しくて仕方なかったんだ。エルが、俺を、一之瀬伊織を必要としてくれたことがどうしようもなく。
ずっと我慢していた涙がさっきから止まらない。胸がぎゅっと締め付けられる感覚で息が苦しくなる。
俺はベッドに突っ伏したまま、シーツに涙を零し続けた。
今だけ。エルが違う街に行くことになったら、ちゃんと切り替えないと。
じゃないと、俺は本当に魔王としてやれなくなる。リドたちを裏切りたくない。
俺は戦わなきゃいけない。アイツが勇者である限り、それは変わらないんだ。
「……ごめん、みんな」
少しだけ、許してほしい。
俺に、もう少しだけ一之瀬伊織でいられる時間をください。
勇者にはこの魔王城まで来てくれなきゃ困るんだ。勇者を倒すことで、俺はこの世界を統べる。この世界の希望を断つことで、魔物達の安全を守るんだ。
それくらいしないと、きっと人間達は魔物を退治することを止めない。それは100年の歴史で分かってることだ。
勇者という希望があるから、人間達は自分達の方が優位だと思ってる。だから倒さなきゃいけない。
俺は、クラッドは、全てを平等にしたいんだ。
異種族で争うことの無意味さを、知らしめなきゃいけない。
だから今だけ。
それに、エルには勇者でいてもらいたい。そうじゃなきゃ、アイツはまた昔みたいに虐げられる生活に戻ってしまうかもしれない。
勇者である、という肩書がアイツを今生かしてる。
アイツは、悲惨な顔を持っていても、人を守りたいって思っているんだ。そういうところが、人間達の希望に繋がっているんだろう。
カッコいいな、勇者は。
本当に、カッコいい。
マジで何なの、あの人。あんな目で見られて断れるかよ。ズルいだろ、あれ。俺がどれだけ勇者のこと好きだと思ってるんだよ。あんな風に言われたら何でも言うこと聞いちゃいそうになる。
あのキリッとした蒼い瞳。イケメンは卑怯だな。声も心地良い低音で頭の中は痺れるかと思った。ゲームでは有名声優がキャラクターボイス当ててるけど、実際に聞く声はちょっと違うように感じたな。もう最高にカッコいいことに変わりないんだけど。
ヤバいな。落ち着いたらオタクモード全開になる。俺、ゲームにハマってから今まで見たことなかった二次創作とか手を出しちゃったりして、ネットでイラスト投稿サイトとかSNSとかでメッチャ漁ってたんだぞ。
一目見れるだけで十分だったのに、まさか話し相手になるなんて思いもしなかった。
短期間だけとはいえ、俺の心臓持つかな。
エルが洞窟に来たら分かるように、あの場所に感知の魔法もかけておいた。
俺らだけが分かる、秘密の空間。
リドたちは俺の行動を特に気にする様子はない。クラッドであったときも結構自由にしていたっぽいから、何しても詮索はしないんだろう。それはクラッドに対する信頼があってこそ。それを俺は利用しちゃってるんだな。
ゴメン、クラッド。俺、最低だよな。必死に言い訳ばかり探して、自分の都合のいいように持ってこうとしてる。
魔王としてクラッドの意志を継いだつもりだったけど、勇者に出会ってしまったことで大きく揺らいでしまった。
情けないな。カッコ悪い。エルはあんなに自分を追い詰めるほど頑張ってるのに。
でも、一緒にいたいと願ってしまった。
僅かな時間だけでもいいから、少しだけでいいから、一之瀬伊織の願いを叶えたい。
最初で最後のワガママにするから。
今だけ、エルを好きでいたい。
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