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第47話 「おかえり」

「……う、ん」  ぼんやりと、真っ白いものが見える。  ここは、どこだ。天国に来たのか。  クラッドは、どこにいる?  ゆっくりと頭を動かす。体中が重たい。おかしいな。さっきまでふわふわとした意識の中にいたのに。  呼吸、してる。手足の感覚もある。  まだハッキリとしない視界の中に、誰かの影が見える。  クラッド、なのか。 「う、ぁっ、お」  声が上手く出ない。喉が酷く乾いてる。  だけど、その掠れた声に気付いたそいつが、俺の元に駆け寄ってきた。  クラッド、じゃない。知らない人だ。 「一之瀬!? 大丈夫か、一之瀬!」  いちのせ。一之瀬、って俺の名前。  なんで、その名前。  ここは。お前は、誰だ。 「よかった、意識戻ったんだな!? 俺のこと、分かるか?」  段々と視界が鮮明になっていく。  だけど、俺の頭がおかしくなったのか。だって有り得ないものを見てる。  だって、そんなわけないのに。 「……え、る」  鮮明になったはずの視界が再び揺らいだ。  ポロポロと涙が溢れて、止まらない。  ああ、違う。エルだけど、そうじゃない。ここは、元の世界だ。一之瀬伊織の生きていた世界だ。  俺は、帰ってきたのか。クラッドが言ってたのは、そういうことだったんだ。 「分かるか、一之瀬。お前はもう、魔王でもなんでもない。こっちの世界に帰ってきたんだ。ちゃんと生きてるんだよ」 「……う、うぁ、ああぁあ!」  彼の言葉に、俺はタガが外れたように泣いた。  死んだと思っていた俺の体は、ずっとクラッドが守っていてくれたんだ。そしてまた、俺は、生かされた。クラッドが助けてくれたんだ。  俺、助けられてばかりじゃないか。そこまでしてもらう程の価値のあるやつじゃないのに。  クラッドにも、エルにも、リドにも。  俺が助けるつもりだった。救うつもりだった。守るつもりだったのに。結局、俺は何もしてやれなかった。  俺、まだクラッドにお礼を言えてないのに。 ーーー 「そういえば、お前……前に一度見たよな……」  泣き止んで落ち着いた俺は、水を飲んで喉を潤わしてから彼に聞いた。  彼。幻の水晶が見せた、もう1人のエル。  でも、コイツがなんでここにいるんだ。  よく見たら、ここはどうやら病院の個室のようだ。俺はあの事故からずっと眠っていたってことなのか。特に怪我した様子はないけど。 「やっぱりお前、俺のこと覚えてなかったんだな」 「え?」 「俺ら、同じ中学だったんだぞ。まぁ、クラス一緒になったことなかったけどさ」 「うそ……」 「同じ高校になっても結局クラス別で、接点なかったけどさ……俺はお前のこと、ずっと前から知ってたよ」  彼、鴻上蓮《こうがみれん》はこれまでの事を説明してくれた。  俺が電車の線路に突き落とされた時、すぐにコイツが助けてくれたおかげで一命を取り留めたこと。  幸い怪我もなかったけど、そのショックから俺はずっと眠っていたこと。  あの日から1ヶ月が経ったこと。  そして、蓮は幻の水晶に映されたあの日からずっと夢でエルと繋がっていたということ。 「俺も不思議だったけど、やけにリアルというか夢にしては鮮明でさ……それに見た目は違うけど、あの小さい魔王がお前だって、すぐに分かった」 「そう、なのか……」 「それに、その……」 「……?」  鴻上が言葉を濁してる。顔が真っ赤だけど、どうかした、のか。  いや、待て。夢で繋がっていたってことは、俺とエルのことをずっと見ていたってことだよな。  それはつまり、全部見てたのか。俺たちが、してるところも。 「ぜ、全部……知ってるのか?」 「まぁ、大体……? 起きたら夢精してたし……いやぁ、凄かったわ……」  恥ずかしい。改めて思うとメチャクチャ恥ずかしい。  俺、また転生したい。今度はその辺に飛んでる虫でもいいからここからいなくなりたい。 「まぁ、それはそれとして、さ……最後に、エイルディオンと話をしたんだ」 「え……あいつ、なんて?」 「……大丈夫。ちゃんと、ここにいるよ」 「ーーっ!」 「俺の中に、エイルディオンはいる。俺は、鴻上連であり、エイルディオンでもある。もう、勇者でも魔王でもない。ただの人間として、ずっとそばにいる」 「お、お前は……それでいいのかよ」 「だって、俺は最初から蓮だし、最初からエイルディオンでもあったんだ。お前が一之瀬伊織であり、クラッドでもあったように」 「……エル」 「ああ、伊織」  あのとき、蓮を見たとき思った。もっと早く出会いたかったって。  そうか。もう出会っていたんだな。気付かないだけで、そばにいてくれたんだ。  俺の、勇者。 「エル……ううん、蓮。蓮、蓮……!」 「おかえり、伊織……」 「好きだ、ずっと、ずっと……!」 「うん。俺も好きだよ、伊織。もう離さない、絶対に……」  もう、なんの力もないけれど、俺はもう逃げない。  無力でも、立ち向かってみせる。  俺を守ってくれた人たちのためにも。

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