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第17話 【勇気のカタチ】

 気付けば俺は、地面に膝を付けていた。  立ってられない。  俺は結局、何も変わってない。  目の前の壁がいなくなっただけで、俺はスタートラインで立ち止まったままだったんだ。  せっかく変われるキッカケを沢山もらったのに。  歩き出す勇気をもらったはずだったのに。  一歩踏み出したらまた壁が立ち塞がるんじゃないかって不安が消えなかった。  散々蹴られた腹が、痛くて仕方ない。 「伊織、伊織!?」  情けない。  負ける気はないって、あんなに調子乗ってたのに。  なんで俺、こんなに弱いんだ。 「……いおり? お前、もしかして一之瀬伊織か?」 「っ!」 「ククク、まさかこんなところで会うとは思わなかったな。しかもお前が魔王って、クク、ハハハハ!!」  加治が腹を抱えて笑ってる。  そうだろうな。お前にはおかしいだろうな。  ずっといじめていた相手が、この世界では魔王だったんだ。そして今、その亡骸を使ってお前はここにいる。  ああ。最悪だ。  動けない。 「……加治って、もしかして?」  蓮が小さな声で呟いた。  俺は顔を縦に振った。そうか、名前くらいは知ってるか。 「お前、死に損なったんだろ? それなのにまたここにいるってことは自殺でもしたのか? そうだよな。お前みたいな奴が生きてたって仕方ないもんなぁ」 「……っ」 「せっかくお前みたいな奴に利用価値を与えてやったのに、なんで俺が退学になんかならなきゃいけないんだよ。おかげで毎日毎日監視されて更生だ何だって言われなきゃいけねーんだよ! てめえみたいな弱い奴はいじめられて当然だろ! 何も言わずにウジウジしてる方が悪いんだからな!」  痛い。  腹も、頭も、体中が痛い。  加治の言葉が槍みたいに降ってくる。  俺が悪いのか。  俺が生きてるから、悪いのか。  なんで、俺が悪いんだよ。そんなのおかしいじゃんか。  何も言わなかったのが悪いのか。  抵抗できない俺の弱さが悪いのか。  俺が。  俺が。 「ふざけんなよ」  頭上から聞こえてきた声に、俺は顔を上げた。  加治の汚い笑い声を一蹴する、強くて迷いのない声が響く。 「伊織は弱くない。そうやって相手を傷付けることでしか自分を守ることしか出来ないお前の方がずっと弱い」 「はぁ?」 「それともお前は暴力を奮うことが強さだと思ってるのか。暴力と暴言だけで相手をねじ伏せることが強さの証明だとでも言うのか? カッコ悪いよ」  蓮の声が、俺に降り注いでくる。  強くて優しい声。  いつも俺に勇気をくれる声だ。 「……んだと。お前なんてこの剣がなければ何も出来ないんだろ!」 「勇者の力が神剣に与えられただけのものだと思ってるなら間違っている。それとも、お前は俺を目の前にして気付けないのか」  蓮の力が溢れてる。俺の吸収する力が追い付いていない。  それに、怒ってる。  物凄く、顔が怖い。  勇者がなんて顔してるんだ。子供が泣くぞ。 「っくそ、さっきからうぜーこと言いやがって……この世界で今最強なのは俺だ! どいつもこいつもふざけやがって!」  加治が蓮に向かって手に持っていた神剣を振りかざした。  蓮はそれを避けることはせず、そのまま攻撃を受けた。 「っ!?」  加治の攻撃は弾かれた。  蓮の体に神剣が当たらなかった。  当然か。その剣は勇者の物。神剣は勇者を傷付けることはしない。 「剣が欲しいならくれてやる。ただ、ガグンラーズは返してもらう」  蓮が手を翳すと、加治の持っていた神剣から光が放たれた。それは蓮の手にしていた剣に吸収されて、一気に輝きを増した。  そうか。神剣は神様の加護を受けた剣。一つの物に依存するんじゃないんだ。 「なっ……くそ!」 「自分で最強とか言ってて恥ずかしくないか。向こうで居心地悪くなったからってこの世界に逃げてただけのくせに」 「うるせぇ! お前に何が分かる!」 「分かるわけないだろ。人を平気で傷付けるような奴」 「俺だけじゃないだろ! いじめなんてどこにでもある! 俺だけが悪いんじゃない!」 「ああ。お前だけが、じゃない。お前も悪いんだよ。いいから伊織に謝れよ」 「はぁ!? なんでコイツに謝る必要があるんだよ! コイツだって何も言わなかった! 自分の立場を受け入れてたってだけだろうか! それに結局死ななかったんだから別にいいだろ!」  受け入れてた。  そうかもしれないな。  俺は勇気がなくて、立ち向かうことが出来なかった。  我慢することが最善だと思っていたんだ。  でも、本気で受け入れたんじゃない。逃げたかった。やめてって大声出して言いたかったよ。  ある意味、逃げ出すキッカケをくれたのはお前だったのかもしれないな。  電車に轢かれる瞬間。俺は確かに死んだんだ。  俺はもう、沢山のキッカケを貰ったんだ。 「蓮。パスを解除する」 「え?」 「魔王を倒せるのは、勇者だけだろ」 「ああ、任せて」  パチンと指を鳴らし、蓮と繋いでいたパスを解く。  俺の中に溜め込んでいた勇者の魔力が全て蓮の元へと戻っていく。  その魔力量に地面が揺れる。  自ら勇者の敵になるなんて、バカな奴だな。 「加治。俺は確かに弱かったよ。何も言わなかった。ずっと我慢することが正しいと思ってた。でも、違ったんだ」 「……っ」 「今の俺に本当に必要な勇気は、立ち向かうことだけじゃない。誰かに手を伸ばすことだった」  俺は蓮の手を握った。  そう。一人でいる必要なんかない。たった一つの勇気が俺を変えてくれる。 「お前も考えろ。そんな生き方じゃ、誰も助けてくれない」 「誰が助けなんか……!」 「人の物ばかり奪って自分の力だと思い込むな。勇者の剣も、その体も、全部借り物じゃないか。誰かがやってるから、みんながやってるから。そんなの理由にならないんだよ! お前の意志で、お前の言葉で語れ!」 「っ!」 「俺は選んだ! もう逃げない! お前からも、絶対に逃げたりしない!」  俺は走り出した。  加治の体に近付き、手を伸ばす。  返せ。  その体は。 「|俺とクラッド《俺達》のものだ!!」  加治の頭を掴み、動きを封じた。  元々、この体に入るべきでない魂が入ってる。  だったら、俺が追い出す。その体に入っていいのは、この俺だけなんだ。 「ぐ、あ、ああああああ!」 「蓮!」 「ああ!」  加治の魂がこの体からズレたその瞬間、蓮が加治の体を貫いた。  魂が切り離され、体が崩れていく。  残されたのは、ボロボロの布と骨だけだった。

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