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黒井先生(紫苑視点)

ッチ。 ツイていない。いつもなら、試験当日の見回り教諭にはクラス担任を持っている教諭が持ち回りでなるのに・・・。 今回、食あたりになってしまった教諭が出た為、急遽時間に余裕のあったオレが駆り出された。 それも、あの青桐の坊ちゃんのクラス。 幸いな事に、坊ちゃんは例の騒動で休みだったが・・・ 見回り中に、一人の生徒が解答欄をずれて書いてる事に気が付いてしまった。 最初は放っておこうかと思ったのだが、記入されている名前に気が付いてしまい。 そも言ってられなくなったのだ。 これだから権力の有る奴は嫌いなんだよ。 そう思いながらも、試験終了間際だが声を掛けてやる事にしたのだが・・・ はぁ・・・・。 「マジかよ。 勘弁してくれよなぁ・・・。」 準備室で、採点をしていると案の定、例の答案はクラス平均以下。 前半3問目あたりから微妙に答えがずれている。 なんの為に、声かけてやったと思ってんだよなぁ。 面倒くせぇな・・・。 コンコン 「・・・どうぞ。」 試験期間中の職員室、指導室、教科準備室への生徒の入室、立ち寄りは禁止されている。 だから、ノックの主が名乗らなく手も入室してくるのは同じ立場かそれ以上の人間。 案の定、そこに入ってきたのは学校長だった。 ・・・ああ、面倒くせぇ。 「黒井君、採点の方はどうだい?」 「ええ、大分終わりました。」 「そうか・・・。所で、今回、調子の悪い生徒がいたとか・・・?」 「・・・・調子ですか?」 「ああ、体調が悪くて本来の力が発揮できなかったらしくてなぁ・・・・」 「・・・・はぁ。」 二人の間に、長い沈黙が訪れる。 だから、権力者は嫌なんだよ。 「・・・私も、普段の授業態度などは良好な生徒と聞いております。今回その様な事情があったのならば、補講などのそれなりの対応をしたいと思っております・・・。」 我ながら模範解答の様な返答だと思ったのだが、どうやらこれは満点解答では無かったようだ。 「そう、それは良い判断だ。 けど、補講は駄目だよ。部活動に支障がでるからね。」 「・・・畏まりました。」 そう言って、学校長は準備室を出ようとした そして、部屋を出る間際、振り向きもせず黒井に伝えていった。 「ああ、この部屋。夏休み前までに、すこし片づけたらどうだい?それじゃあ、失礼するよ。」 クソっ 思い出すだけムカつく。 学園内に勤務する教職員に渡される、機密名簿。 その中に記載されている生徒は、この学園内・・・いや外でも権力の有る者。 もしくはそれに準ずる者。 佐々木翼はその名簿に新しく名前の加わった生徒だった。 そんな生徒の成績に学園が傷をつける事もしないだろうし、明らかにあの坊ちゃんの差し金だろう。 昨日、準備室に呼び出した感じだと、こいつは何も知らないんだろうけど・・・。 視界の端に、運動着に着替え準備室の片づけをしている生徒を見る。 この生徒とこれといった接点は今まで無かったし、自発的に、これからも関わる気は無かった。 そもそも、この学園の生徒と親しくなる気は無いのだが・・・。 「・・・おい。 佐々木、何してんだ?」 「あ! しお・・・先生!ちょっと床が汚れてたんで・・・。」 床に這い蹲って拭き掃除をしている翼に、思わず声を掛けてしまった。 この二日、思った以上にこの佐々木翼という生徒はまじめに掃除をしていた。 あと、こいつ。オレの事を毎回「しお・・・先生」って言い直してるな・・・。 少し考えて、にやりと何かを思いついた。 「・・・なぁ、佐々木。」 「ハイ?」 度の入ってない顔を覆い隠すような黒縁のダサい眼鏡を外し ぼさぼさで顔を隠していた髪をかき上げ 紫水晶の瞳で、翼を見る そしてあの声で・・・ 「名前で呼んでも良いんだぜ? 翼君。」 留めの笑顔 真正面から、食らった翼は思考が一瞬止まってしまった。 「!!!!!!!!!!!!」 ボン! 顔から火が出たんじゃないかって位に真っ赤になった翼はそのままその場にしゃがみこんでしまった。 「こ、腰が・・・腰が抜けた。」 「ちょ、オイ!佐々木」 「しお・・・先生。急に、何なんですか・・・。」 真っ赤になった顔を両手で押さえながら、その場に転がった翼に黒井は駆け寄り手を貸す。 「いや、佐々木が毎回、しお・・・先生って言うもんだからな。」 ちょっと揶揄ってやりたくなったんだが・・・・。 椅子に座って顔を手で扇いでる姿を見て、毒気を抜かれてしまった。 こいつが権力を振りかざした訳じゃないしな・・・。 準備室においてある冷蔵庫から、缶ジュースを取りだし。目の前においてやる。 「え? 良いんですか??」 「ああ、構わん。掃除のご褒美だ。」 「やった!! 紫苑様はやっぱツン・・・・・・・あ・・・。」 プシュっという音と共に、佐々木は自分が言った言葉にしまったという顔になった。 油の切れたブリキロボのの様に、顔をこちらに向けて ぎこちない笑みを見せた。 なんかもう。こいつにムカつくのも揶揄うのも自分が疲れそうだな・・・。 「好きに呼べ。許してやる。」 「おお!!さすが紫苑様!!」 「!!!」 そう言って、手に持っていた缶ジュースを嬉しそうに飲みはじめた。 おい! 変わり身早すぎだろ!!  ってか、お前! 尻尾と耳が見えるぞ!??! そうか・・・、こいつ犬っぽいんだな。 ってか・・・紫苑様って。紫苑先生って呼ばれるかと思ったんだがなぁ。 自分の予想の斜め上を行かれて思わず顔を緩んでしまった。 そんな滅多に見れない顔を、偶然見てしまった翼はそのまま机に沈んだのだった・・・。

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