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病室(1)

病室の窓に入ってくる風から、秋の気配を感じる香りがした。 「いい香りですね。 このまま、窓開けておきますか?」 「いい、閉めてくれ。」 もう頭の包帯も外れ、退院できるのにこの我が儘御坊ちゃまは今日もベットの上で寝巻きを着て横になっていた。 と、言っても・・・ ノートパソコンを開いて、今朝も旦那様と連絡を取りあっていた。 「御坊ちゃま、そろそろ私にもここにいる理由を教えていただきたいのですが・・・」 「なんだ? そんなに向こうに帰りたいなら帰ってもいんだぞ?」 「おや・・・、なんとツレない事を仰る・・・。」 ウォルフの言葉に胸元のハンカチーフで涙を拭う真似をしながら、その声色は低く落ち着いている。 ・・・こいつ優秀なんだけど、こういう所面倒なんだよな。 横目で、見ながらため息をつく。 「そろそろ、哀れな子羊がくる頃だろ? あれを用意しておけ。」 「かしこまりました。」 ハンカチーフを出した時と同じ様にしまい、サイドボードに小瓶を用意する。 「御坊ちゃま、こちら・・・本当にお渡しになるのですか?」 「ああ、勿論。」  「そんなに上手くいきますかね?」 「別に、行かなくても良いんだよ。」 「・・・なるほど。」 ゾクリとする程、冷たい笑みを浮かべ小瓶を見つめてる、ウォルフを見てその考えに黒スーツの男も楽しくなる。 コンコンと軽いノックが病室に響く 「ようこそ。朝比奈様、お待ちしておりました。」 出迎えた黒スーツの男に一瞬素になってしまったが、すぐいつもの調子で挨拶をする。 「・・・これ、よかったらどうぞ。」 「これはこれは・・・では、今お茶を用意いたしましょう。」 「あ、僕はいらないので・・・。」 「おや・・・お召しになれない物なんでしょうか?」 「・・・体型管理してるので・・・一口でも構わなければ・・・。」 「では、ご用意してまいります。」 そう言って、黒スーツの男は病室を出て行った。 「悪いな。ここは安全だと言ってるんだけどな。」 ベットの上から、ウォルフが朝比奈に声をかける。 「あれって・・・毒味的な事か・・・?」 ニッコリと笑って答えないウォルフに背筋が凍る。 翼が居ない時のこの男の笑顔は、嘘臭い上に獲物を狩る眼をしている。 「君から、連絡を貰えて嬉しいよ。」 「ああ。僕も君の気持ちが判ったからね・・・。」 思わず、ウォルフから顔を逸らしてしまう。 自分にこんな醜い気持ちがあるなんて思わなかった。 彼を見てる、あいつを見たくない。 僕だけを見て欲しい。 なのに、彼は僕の欲しいモノをあんな訳の判らない夢なんかで手に入れた。 そんなのフェアじゃない。 「で、僕にさせたい事って?」 「ああ、それだけど・・・。」 コンコン トレイに紅茶とケーキを載せて黒スーツの男が戻ってくる。 ベットの横のテーブルに置き、朝比奈を座る様に促した。 「こちらでどうぞ。」 「あ、ありがとうございます。」 ニッコリ 笑みを浮かべて、ウォルフのベット横のサイドボードにもケーキと紅茶を置く ・・・先に、食べろと・・・。 フォークで一口。 朝比奈の買ってきた、なんでもない普通のケーキ。 いちを、美味しいと言われているお店の至って普通のケーキ。 なのに、一口食べただけなのに・・・ 持っていたフォークを落とす。 え・・・? 手が動かない? ウォルフ達の方を見るが、顔が動いた気がしない。 ベットの上で、ウォルフが笑って隣に立っていた黒スーツの男に指示を出す。 黒スーツの男が、朝比奈の体を支え紅茶を飲ませる。

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