7 / 142

惚れた相手は男でした*side玲依

「翔太、この新作のケーキめちゃくちゃ美味い! やっぱりここのケーキはどれも美味いな~! ほら、お前もひとくち食べてみろよ!」  左の斜め前、少し離れた席からその声は聞こえた。その男が目を輝かせて食べているのは俺が考案したいちばんの自信作のケーキだ。  目が離せない。  その瞬間、時が止まったみたいだった。 「……髙月、もう閉店の時間だぞ」 「えっ、もうそんな時間ですか」  おぼんで頭を叩かれた痛みで我に返った。 気づけば外は暗くなっていて、店内を見渡すと客は誰一人残っていない。  俺に声をかけた井ノ原先輩が呆れ顔で立っている。このカフェでは調理科の学生がメニュー作りから調理、提供まで全てをやっている。  新作のケーキ作りに悩んだ俺は比較的仲がいい井ノ原先輩に頼んでカフェの1席を貸してもらっていた。 「新作ケーキの案は浮かんだのか? お前、途中から抜け殻みたいにぼーっとしてたぞ? まるで恋する女の子みたいな……」 「こ、い……」 「?」 「それだ! 絶対!」  あの子のことが頭から離れない。もっと知りたい。すぐそばで俺のケーキを食べるところを見たい。  これがきっと恋なんだ。 「いや、待てよ……」 「??」  相手は男。確実に男。男が男を好きになるなんて……  そもそも俺は女にもまともに恋したことない……言い寄ってくる相手はみんな俺の顔目当て。そんなの飽き飽きしてたからな……  この気持ちは本当に恋なのか……? 「ありがとうございました、先輩。また席借りにきます」 「お、おう……?」 「あいつ、相当ケーキに悩んでるんだな……?」  気持ちが落ち着かなくて、俺はその日急いで家まで帰った。両親が出張中なので芽依と自分の晩飯を作りながら、ずっとあの子のことを考えていた。 「れ~い! ちょっと、私の話聞いてる!?」 「聞いてなかった」 「そんなハッキリ言う? 来週金曜提出の上山先生のレポートがほんと難しくてさあ……ってまた聞いてない~~!!!」  芽依に話しかけられているのも気づかないぐらい気持ちは虚ろだった。  なんだこの気持ちは……?  次の日から、昨日のあの子を探すことを始めた。とにかくもう一度会いたい。あの子のことを知りたい。  知ればこの気持ちが何なのかわかるかもしれない。  とりあえず大学内を片っ端から見て回ったが、見つかるわけがない。この大学は学生数も広さも相当なものだった。  こうなったら、カフェで待ち伏せるしかない……  毎日1席を独占するのはさすがに悪い気がするので、カフェの近くのベンチに座って新作を考えながらひたすら待った。講義にはちゃんと出たが、それ以外の時間はずっと。  我ながらとんでもない執着だ。ここまでやるなんて自分でも思ってなかった。ここまで本気になったことは……ケーキ作り以外になかったな。  待ち続けて1週間が経った頃、その時は来た。 「っ!」  あの子だ、間違いない。隣にいる男も同じだ。  あの子がカフェの席に着くのを確認して、俺も中に入る。また井ノ原先輩に頼んで空いている席を貸してもらうことができた。  ギリギリ声が聞こえそうな位置に座ることができた。とにかく今は少しでも多くあの子の情報が欲しい。  俺はノートを広げ、勉強するフリをしながら2人の会話だけに意識を集中した。 「由宇、お前はまたケーキか?」  ーー由宇。そう聞こえた。  それがあの子の名前か。 「ちょうどおやつの時間だしな。今日はこのチョコケーキにしようかな」  名前が知れただけでも良い収穫だ。これで少し近づけた気がした。  しかも今日も俺のケーキを食べてくれるみたいだ。嬉しくて思わずニヤけそうになったが、怪しい人になるので我慢した。 「翔太は終わったか? 金曜提出の上山先生のレポート……難しくてよくわかんねーんだよなあ」 「終わったけど……教えてやろうか? 教えるというかアドバイス程度だけど。あとはちゃんと自分で考えろ」 「やった。ありがと翔太」 (……ん?)  金曜日提出の課題……上山先生……  どこかで聞いた内容だ。  あっ……そうだ芽依だ! 芽依が言っていた内容と同じだ。ということは、俺と同い年で芽依と同じ学科で同じ講義を受けている……!  待ち続けた甲斐があった。これは大きい。 「芽依、明日講義あるか? 入れ替わってほしいんだけど」  家に帰ってすぐ芽依に頼んだ。 「いきなりどしたの? 最近全然入れ替わってなかったけど、女装したい気分にでもなった?」 「違う、知りたいことがあるんだ。芽依と同じ学科に由宇って名前の男はいるか?」  ソファに座った芽依が腕を組んで少し考える。 「う~ん……? 学科全体になると人数多くて顔と名前一致してない人もいるしわかんないな……」 「そうか……やっぱり確かめたいから入れ替わってほしい」 「玲依がそこまで興味を持つなんて……恋でもしちゃった? 一目惚れ?」  妙に勘がいい妹をじっと見る。双子なんだし俺のいつもと違う様子に勘づいてもおかしくない。というかいつかはバレるだろう。  これから何度か入れ替わったりする可能性もあるし、毎回言い訳を考えるのも面倒だし、言うしかないな……  俺はこうなった経緯を説明した。 「……と、いう訳だ。あの子を見たときから気持ちがおかしい。でもこれが恋なのかどうかは俺にはわからないんだよ。だからそれを確かめたい」 「それ絶対恋でしょ、一目惚れだよ。てかけっこうヤバめなことしてて引いた」 「相手は男だぞ……? 芽依は変だと思わないのか?」 「別にいいんじゃない? 好きになったその気持ちは本物だし、おかしくないでしょ」  気持ちは、本物…… 「っていうか、らしくないんじゃない? 玲依はそんなこと気にしないでしょ? いつも自分の気持ちに真っ直ぐじゃん」  芽依が俺の背中を強めに叩く。 「……そうだな。ありがとう、芽依」 「まさか玲依が恋するなんて思わなかった。おもしろいから協力してあげる」  芽依に話して確信した。俺は由宇が好きだ。こんなに人を好きになることはもう一生ない。だから絶対、由宇を俺のものにしたい。  次の日以降、俺が空きコマで芽依から許可が出た講義は芽依の格好で講義を受けた。 芽依からの条件は講義のノートをちゃんと取ること、芽依が戸惑わないよう無駄に交友関係を増やさないこと、変な噂を立てないこと。  つまり、この格好で由宇に接触することはできないということだ。  毎回声がギリギリ聞こえる範囲、相手にバレないようなるべく死角に座り、会話や様子を見る。そんな日が続いた。  それでも同じ講義室にいるだけでなかなか情報を得ることはできた。  名前は尾瀬由宇。サークルには入ってない。バイトは今はやめている。 いつも隣にいるのは幼なじみの名越翔太。  ずっと由宇のことを見ていて気がついた。 由宇は名越翔太と行動しているんだと思っていたけど、違っていた。友達は多い方だし男女分け隔てなく接している。でもそこにおかしな点があった。  名越翔太だけといるときと他の人といるときで態度が違う。  他の人相手の時は壁をひとつ隔てたように見えた。カフェでの無邪気な笑顔や言葉がほとんど見えない。計算された表情と言葉使い。  他人に心を開きたくない。傷つけて、恨みを買って、嫌われたくない。そうしているようだ。  俺に対してそんなことはさせたくない。素直な由宇を見せてほしい。甘えてほしい。  俺が好きになった由宇はそのままの由宇だから。  告白しよう、このケーキが完成したら。由宇にこれを食べてもらおう。君のために作ったって、伝えるんだ。  そう決意した。真っ直ぐに気持ちを伝えれば、きっと想いは伝わる。  由宇に出会ってから約2ヶ月が経ち、新作のケーキはカフェのメニューに無事採用された。 「名越くん……これ、尾瀬由宇くんに渡してほしいんだけど」 「? 由宇に……? というかお前誰だ?」 「後からきっとわかるよ」  告白の方法には迷った。古典的だけど手紙で呼び出すことにした。  名越翔太に頼んだのはちょっとした牽制と宣戦布告だ。いつまでもあいつに由宇の隣を譲っておく気はない。  由宇にはその気持ち、気づかれてないかもだけど俺にはバレバレだからな。  17時が近くなり、俺はそわそわと中庭を歩き回っていた。 (めちゃくちゃ緊張する……吐きそう……そういや人生でこんなに緊張したことないな……人間は極限まで緊張すると吐き気がしてくるんだな……)  名越翔太に封筒を渡すまでは告白する勇気も自信もあったのに、その時が近づくにつれて緊張で押しつぶされそうになった。  いや、ここまできて引きはしない。  一世一代の大勝負だ! 「……この封筒の差出人って……」  17時、その時は来た。 「君に一目惚れした。俺の恋人になってくれ!」  ここから、俺と君の物語を始めよう。

ともだちにシェアしよう!