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油断は大敵

 時計は夜7時を迎えようとしていた。玲依はまだ帰りたくないとごねたが、芽依からの"夜ごはん、ハンバーグ"というメッセージを見てしぶしぶ腰を上げた。  対戦の結果は予想どおり俺のボロ負け。  なんでか知らないけど玲依がめちゃくちゃ強くて俺だけ一方的に負け続けた。途中からは宇多と玲依の2人対戦に切り替えた。  たくさん負けてムカついたが、白熱したゲームを見てると案外楽しい。負けたことをあっという間に忘れて、ふたりの対戦を応援していた。 「今日はありがとう。由宇の家に来れて楽しかったよ」 「……俺も楽しかった」  俺の言葉に玲依はいっそう笑みを深くした。宇多の部屋を出て玄関先まで会話は続いた。 「俺も芽依とよく対戦するんだ」  こんな面してゲームとか意外だな、と思った。けど口には出さなかった。 「でも芽依も弱いから自分が勝つまでやる!って言うけど結局最後は諦めてふてくされるっていう」 「あはは、なんだそれ」 「由宇と芽依だったらいい勝負なんじゃないかな?」 「俺が弱いのバカにしてるだろ!」  ……ってつい、めちゃくちゃ普通に会話してた……こんなはずじゃなかった……  頭を抱えたくなったが、楽しかったのは本当だ。いつのまにか自分が玲依を見ていたことに気づいて慌てて目を逸らした。 「と、途中まで送ってく」  無意識にそう口にしてしまった。なんとなく、送ったほうがいいような気がした。靴を履きかけたところを玲依が止める。 「いや、ここまででいいよ。夜道に由宇を1人にするほうが心配だから。……そりゃあ俺だってもっと話したいし一緒にいたいけど」 「女じゃないんだし大丈夫だって……」 「あ、そうだ。由宇」  思い出したように玲依はスマホを取り出す。 「連絡先、交換してほしい」  こちらに向けたスマホの画面には連絡先のIDが映し出されていた。 「変なことに使う気じゃないだろうな?」 「うたぐり深いなあ……デート行くのに連絡できないと不便でしょ?」 「諦めてなかったのか!?」  もちろん、と玲依がうなずく。デートはともかく、連絡先を教えないといつまでも居座りそうな気がした。 「仕方ないな……」  QRコードの画面を玲依に差し出した。俺が応じるとは思ってなかったのか、玲依の目が大きく見開かれた。 「え!? いいの!?」 「驚くなよ! お前が言い出したんだろ!」  玲依は目を輝かせた。連絡先ぐらいで大げさだな……  でも、こいつの素直に嬉しそうな顔を見たらまあいいか……と思ってしまう自分がいた。流されてるな…… 「夜遅くに電話とかかけてくるなよ。あとメッセージ大量に送ってくるなよ」 「わかった」 「まあ……ちょっとぐらいならいいけど」  さらに玲依の目がキラキラと光る。また変な感情を口走ってしまった。  やっぱりそれはダメだと言おうとしたけど、俺よりも先に玲依の言葉が響いた。 「たくさん我慢したからこれぐらいは許してほしいな」 「は?」  どういう意味だ、と考えている間に玲依の影が俺にかぶさる。  気づいたときには、柔らかい感触がおでこに触れていた。それが玲依の唇だと気づくのに時間はかからなかった。 「っ!?」  驚いて無意識に飛びのいていた。  感触が残るおでこに手を当てた。顔がみるみる熱くなってくる。 「なっ……き、……っ!?」 「おでこにしただけで赤くなってる……由宇かわいい……やっぱり抱きしめるのも追加していい?」  手を広げながらだんだんと距離を詰められる。  捕まったらひとたまりもない、その腕から逃れることができなくなってしまう……そんな気がした。 「だっ……ダメだダメだ!! さっさと帰れ!!」 「由宇は怒ってもかわいいなあ……それじゃあまたね!」  玲依は満面の笑みを浮かべて手を振っていた。  バタンと音を立ててドアが閉まる。まるで台風のように去っていった。  俺は玲依が帰ったあとの玄関を見つめながらそのまま座りこんだ。  完全に油断した……!! あの流れでキスされるなんて思ってもみないわ!!  心臓がバクバクしている。いやこれはドキドキじゃなくてバクバクだから……恋愛とかじゃなく……  また同じような問答を繰り返してしまった。あいつに関わると振り回されたり、流されたりしていつもの俺じゃなくなってしまう。  疲れた……  他人が家に来るの、こんなに疲れることだったか……? いや、最近はほとんど来た覚えないな……面倒で呼んでないからな。翔太はよく来るけど慣れてるし。  いろいろ考えていると、やっと顔の火照りがおさまってきた。  ああ、そうだ。とりあえず宇多にお礼言っとこう。玲依の相手してくれてありがとうって……なんだかんだゲームするのは楽しかったし……  そう思いながら立ち上がり、宇多の部屋に向かった。

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