15 / 142

少しずつ、着実に

 とりとめない話をしていると、美味しそうなケーキが運ばれてきた。  玲依がいただきます、と手を合わせたのでつられて俺も手を合わせた。 「由宇はケーキの中だとやっぱりタルトがいちばん好きなの?」 「まあそうだな。あればたいていタルトを選ぶかな」  目の前のいちごタルトを食べながら答える。それと同時にあの時の玲依のケーキが頭に浮かんだ。 「……そういえばお前が作ってくれたのもタルトだったな」 「うん。由宇が美味しそうに食べるところ見てたから、そうだろうなって思って」 「こわ……」 「でも予想だったからちゃんと聞けてよかった。次のケーキもタルトをベースにして考えることにする」  玲依は手を止めてこちらに視線を向けた。 「今日も美味しそうに食べる由宇の顔が見れて嬉しい」 「……」  見られてると思うと食べづらいな…… 「まあでも……ほんとは俺の作ったケーキで喜ばせてあげたいけど……」  笑っていた玲依の顔はだんだんとむすっとした表情になっていた。  「俺のケーキだけ食べて暮らしてほしい」 「ケーキだけの食生活とか普通に無理だから。肉食わせろ」   これもしかしてこれやきもちか!? ケーキにまで……!? 「俺、料理もちゃんとできるよ!由宇の食べたいもの、作れるし……! ほんと結婚してほしい……幸せな食生活を保証します!」 「話飛びすぎだろ! 本音だだ漏れしてるし!」  玲依はそのままの顔で話を続けた。 「というかいつも名越翔太と一緒に食べに来てて……あれけっこう妬くんだよなあ……くそ……羨ましい……」  玲依は大きないちごを頬張った。 「翔太はただの幼なじみだって。別に妬かなくても……」 「むむ……」  玲依はぶつぶつと翔太への嫉妬を口にしている。だから食堂で会ったとき翔太に敵対心むき出しだったのか。  うーん……このまま翔太にも迷惑かけると申し訳ないし……  でもあのとき翔太も翔太でだいぶ怒ってたな? 翔太が怒る必要はないと思うけど……  ケーキを食べ終えた玲依はまだ拗ねているのか、机に頭をふせた。 「はぁ、かっこわる……俺もこんなに妬くなんて思ってなかったし……自分でびっくりしてるというか……」  俺の前ではいつもにこにこしてるから、ふてくされているところは初めて見た。 「お前もそんなこと思うんだな。意外。いつも余裕ぶってるのに」 「由宇のことになると余裕がなくなるんだよ……かっこいいとこ見せたいんだけどね」  玲依は少しだけ頭を上げて不安そうに俺を見つめた。その表情はやっぱり犬みたいで、どうも笑ってしまう。 「えっ……由宇、なんで笑ってるの!?」 「いや、なんか感情むき出しの玲依おもしろくて」 「おもしろいの!? かっこいいって思ってほしいのに!!」    あんまり他人と深く関わらず生きてきた。他人に対して感情を大きく持ちすぎないようにしてきたし、持たれないようにもしてた。  振り回されて、裏切られたとき、気持ちが冷めたとき、後がつらいだけだから。  ……そう思っていたのに。  妬かれるなんて初めてで、少し嬉しいと思ってしまった。  なんでなのかわからないけど。    その後もチケットを使い切るまでいろんな店に行った。ケーキやパフェ、パンケーキ……腹いっぱいになるまで食べて、いつのまにか日が暮れていた。 「由宇、ほんとよく食べるね。丸1日ずっと食べてたし」 「甘いものは別腹だろ?」 「今日、甘いものしか食べてないけどね」  話をしているうちに家が見えてきた。別に送らなくてもいいって言ったのに玲依は結局ここまで来た。断っても無理にでもついてくるのはわかってたから、押し返すのは諦めた。 「今日はありがとう。1日由宇と一緒にいれて楽しかった。次のケーキの案も浮かんだし」  一緒にいて、玲依がどれだけ真剣にケーキを作っているのかわかった気がする。これだけ熱心にうちこめるものがあるのが少し羨ましい。 「また新しいケーキ作るのか?」 「ケーキを考えるの、楽しいからね」 「それと、由宇に喜んでもらいたい。……完成したら、また食べてくれる?」 「……いいよ。お前のケーキ美味いから」  伺うように眉を下げていた玲依は、俺の言葉にまた笑みを浮かべた。その瞬間に玲依が飛びついてくる。しまったと思ったころには遅かった。 「やった! 俺頑張るね!」 「だから抱きつくのやめろ!!」  ここ、家の前だぞ!! でも離そうとしても離れない。やっぱりこいつ力が強い。 「新しい目標ができたよ」 「目標?」  抱きしめられていて玲依の顔は見えない。でもその声は決意がこもっていた。 「由宇の胃袋をつかむこと」 「こっわ……」  やっぱりこいつはやばいやつだ。

ともだちにシェアしよう!