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いなくなった由宇①*side玲依
「疲れた……」
実習室から出ると日は落ちて空には月が輝いていた。
今日は調理科総出でカフェのレジ横で売るためのクッキーやらマドレーヌやらを焼いていた。丸一日実習室にこもって生地を混ぜていた両腕がだるい。
今日は由宇に会えなかったな……とにかく由宇を補給したい……ぎゅってしたい……
疲労がピークだから思考がおかしくなってるな。でもせめて、メッセージで会話したい……
なるべく不自然じゃない、なんかいい話題ないかな……
大学内を歩きながらメッセージ内容を考えていたとき、すれ違う女子の会話が耳に入った。
「ねえ、さっき階段ですれ違った学生、イケメンじゃなかった?」
「ああ、あれ音石くんじゃない? 金髪で白衣のほう」
「えっ、それってすごい優秀で2年生なのに研究室もらったって有名な、あの?」
「たぶんそうだよ。金髪でイケメンらしいし。隣の黒髪は見たことない人だったけど。ふたりで何するんだろうね?」
内容はよくわからなかった。まあ別の学部の子たちなんだろう。
そんなことよりも由宇に送るメッセージを……
「髙月!」
急に呼ばれて振り返ると、走ってきたのは思いがけない人物だった。
「えっ、どうしたの名越くん。俺に用でも?」
「由宇は一緒じゃないのか?」
名越くんは息を切らしていた。いつも余裕ある感じなのに、相当焦っているみたいだ。
「今日は一日中調理室にいたから由宇とは会ってないけど……そっちこそ一緒じゃないんだね」
俺に言おうか迷っているのか、返答に間があった。ひと呼吸おき、名越くんは慎重に口を開いた。
「……由宇がいなくなった」
「えっ!?」
その言葉に、思考が停止した。どういうことかわからなかった。
由宇がいなくなった……!?
名越くんは途切れ途切れになりながら、そのまま話しはじめる。
「あいつの弟から連絡が来て……由宇がまだ帰ってこないんだけど帰るの遅くなるって言ってた?って。講義終わって、由宇は家に帰るって言ってたんだが……」
由宇が宇多くんに連絡もなしにどこかに遊びに行くとは思えない。
「俺はサークルがあったから一緒に帰らなかった。いまの時間になっても帰ってないのはおかしい。電話もつながらないし……なにかあったのかもしれない」
名越くんの焦り方は相当だ。冗談なんかで言ってない。
息が切れてるし、大学内で由宇が行きそうなところはひと通り見たんだろう。
「事故とか……まさか誘拐……!?」
「その可能性はある」
止まっていた思考はだんだんと回転しはじめた。
こんなところで動揺して立ち止まっていても由宇は見つからない。
「昔から由宇はよく変な男に目をつけられるんだ。あいつは気づいてないけど……」
「チラッとこっち見るのやめてくれない!? 俺は本気で好きだしそんな卑怯なことしないから!」
じとっと睨まれているが、今はここで言い争ってる場合じゃない。協力しないと。
「とにかく、俺も一緒に探す!」
それを聞いて名越くんは少し笑みを浮かべた。馬鹿にされてる……!?
「……そうだな、頼むよ。今は由宇を見つけるのが最優先だ。なにか変わったことはなかったか?」
考えてみるが、今日は実習室のある建物から1歩も出ていない。
芽依にも連絡して聞いてみるか……と、スマホを取り出したとき、ふと思い当たった。
「……あっ! さっきすれ違った女の子たちが、白衣の金髪のイケメンと黒髪の人がふたりでいたって話をしてた……」
名越くんは腕を組んで考えている。
「黒髪は由宇かもしれないな。今は手がかりがゼロだからまずはそのふたり組を探そう」
うなずき、女の子たちが歩いてきた方向に向かった。
走りながら、他にも手がかりはないかと女の子たちの会話を思い出していた。
「金髪のほうの名前……そうだ、音石って言ってた。すごい優秀だって……」
俺の話を遮り、名越くんは目を見開いて声を上げた。
「音石……!?」
「知ってるの?」
「小学校のころ、いつも由宇にちょっかい出してたやつがいた。名前は音石七星。途中で引っ越したけど……確か金髪だった」
「小学校のころから金髪? ずいぶんませてるね」
「クォーターだったはずだ。だから地毛」
「へぇ……」
小学校のころってそういう時期だよなあ……素直じゃなくて、好きな子にいじわるしたり…… ん?
「……ちょっかいかけてたって、もしかして由宇のことが好きで?」
「おそらくな。そのたびに俺が追っ払ってた」
やっぱりそうなんだ……音石七星の気持ちもちょっとわかる。名越くんのガードって完璧だし、悔しかっただろうな。
「お前の聞いた話が俺の知ってるその音石だとしたら、隣にいたのは由宇で間違いないな」
名越くんは声のトーンを落とした。
「小学生のいたずらなんて些細なもんだったが、由宇への気持ちがそのままだったら、何をするかわからない。余計たちが悪くなってる可能性もある」
「……急ごう」
由宇を危険な目にあわせたくない。
絶対見つけてみせる。
「このあたりかな……」
知らない建物ばかりでどの建物にいるか検討がつかない。なるべく時間はかけたくないんだけど……
「全部探すには多すぎる。せめて音石の学部ぐらいわかれば……」
名越くんは近くにあった学内マップを見ている。俺と同じことを考えているみたいだ。
学部か……
「このあたりは……経済学部、服飾学部、理学部の建物があるみたいだな」
「音石七星は白衣を着てたって言ってた。それ、もしかして実験用の白衣……?」
「だとすると理学部だ……! ひとまずそこから探そう」
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