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来てくれて、ありがとう
ーー俺は今、修羅場に居合わせている。
部屋に入ってきた声は翔太と玲依だ。俺を探してきてくれたんだ。助かった……!!
と、思ったのもつかの間……仕切りの向こうで会話は始まった。
七星が離れたので、ソファから体を起こした。
鎖の距離は長くない。声が出せない代わりに鎖の音で場所を教えようとして立ち上がったけど、向こうの雰囲気がどんどん重苦しくなっていく。
なんとなく音を出すどころじゃない雰囲気を感じて、もう一度そっとソファに座った。
そっちの声丸聞こえですが……!?
でもどうしても気になって聞き耳を立ててしまう。いや、手は縛られてるから聞きたくなくても聞こえるんだけど。
ピリピリした空気が見えなくても伝わってくる。
翔太は声色からしてめちゃくちゃ怒ってるし、玲依と七星は互いに煽りまくっている。
とんだ修羅場。しかも揉め事の原因は俺だ。ずっと思ってるけど何度だって言おう。
どうして俺なんだ……!?
ハッ…… 待てよ、七星のことだ。俺はここにいないとか嘘ついて2人を騙す可能性だってある。
そうなったらやばい……! やっと助かる兆しが見えたのに……!!
頼む……翔太、玲依。なんとかこの修羅場を制してくれ……!!
俺は心の中で手を合わせた。
玲依の恥ずかしいセリフや七星の翔太に対しての意味深な会話に頭を悩ませていると突然、負けを認める七星の声が響いた。
「今日は翔太くんの勝ちにしてあげる。由宇くんは奥にいるよ」
勝訴……! これで帰れる……!
心の中でガッツポーズをした。七星がこんなにあっさりと引くなんて思ってなかった。翔太ありがとう!
「全部聞いてたよね、由宇くん?」
「!?」
七星が仕切りの向こうから俺に話しかけてきた。急に矛先が俺に向いた驚きで体を動かしてしまい、鎖が音を立てた。
「うっ……まさか由宇が聞いてたとは……またかっこわるいとこ見せちゃっ……」
足音と同時に、翔太と玲依が仕切りの向こうから勢いよく顔を覗かせた。
「えッ……!?」
「頑張ってここまでたどり着いたふたりにご褒美! 興奮するでしょ?拘束された由宇くん♡」
何故か固まる2人の後ろから声を弾ませた七星も顔を出す。
「~~~~ッ!!」
見せ物にすんな!!と七星に抗議したが塞がれた口からはこもった声が出るだけだった。
首輪に鎖に手錠に……こんなことされてたのを見られるのが恥ずかしすぎる。穴があったら入りたいとはこれのことだ。
固まっていた玲依が顔を真っ赤にしながらそっと手を上げた。
「ごめん由宇、正直めちゃくちゃ興奮した」
はぁ!? そこ正直に言わなくてもいいだろ……!?
「えっ、正直すぎない……? さっきまで俺のことあんなに煽ってきたのに……キャラ変わりすぎじゃない?」
「由宇の前では嘘つきたくないんだよ!」
……七星がドン引きする気持ちはわかる。
もういいから早くこれ取ってくれないか?
「俺はしてない」
「あっ!? 名越くんの裏切り者!!」
「ダウトダウト! ぜ~ったい興奮してたよね」
「だよな!」
「……」
翔太は騒ぐ他2人を無視して俺の口元のガムテープを取ってくれた。
「由宇、遅くなってごめんな」
「翔太ぁ……!」
翔太の暖かい手が頭に触れると、全身の緊張がほぐれていくみたいだ。いつもは子ども扱いするなと怒るところだが、今はすごく安心する。
「怪我してないか?」
「ああ、なんとか……」
手錠と首輪の鍵を外してくれた。やっと自由になった体を伸ばしていると、翔太の手が俺の首元に伸びてくる。
「……っ」
翔太がこんなところを触ることなんてないから、驚きで少しだけ体が反応してしまう。
恥ずかしさで目を逸らした。
「少し赤くなってるな……」
「だ、だいじょうぶだって……」
翔太は赤くなったところをさすっている。笑って誤魔化したけど、優しく触れられる刺激と距離の近さに妙にドキドキしてしまう。
「あーあ、また翔太くんの好感度が上がる展開になってるし」
「な、名越くんばっかりずるい!」
玲依がバタバタと駆けてきて、俺の両手を握った。ずっと拳を握りしめていたのか、手は少し汗ばんでいた。
「由宇!俺も頑張ったよ!」
「……俺を見て興奮したくせに」
「めっちゃ怒っていらっしゃる……ごめんって……」
玲依はしゅんと肩を落として反省している。垂れた耳としっぽが見えた。
「あと、お前は恥ずかしいことばっかり言って……! 聞いてるこっちも恥ずかしくなるだろ!」
「それは必死だったから……でも由宇が無事で本当によかった……」
声を震わせながら、玲依は頬を緩ませた。握る手がさらに強くなる。
またこの顔だ……目を合わせられなくてどうしても逸らしてしまう。
「そうだな。今回は髙月の協力がないとここまで来れなかったかもしれない。助かった、ありがとう」
玲依は翔太と目を合わせて口をぽかんと開けた。ぱちぱちと目を瞬かせている。
「名越くんにお礼言われるとは思わなかった……」
翔太は少しだけ口角をあげた。この2人、前はピリピリして怖い顔で話してたのに、ちょっと和やかになってる……気がする。ギスギスされるよりはいいけど。
玲依は俺のこと心配してくれて、翔太と必死で探してくれた。玲依を見てたらわかる。自分が恥ずかしいからって文句ばっかり言ってたらダメだ。
「……玲依が頑張ってくれたことはわかってるよ」
自分の気持ちを正直に話すのは難しいし、恥ずかしい。
でも、ちゃんと伝えないといけない。
「来てくれてありがとう、玲依」
「……っ」
玲依の目がいっそう潤んだ。涙がこぼれるんじゃないかと思うぐらい……
「ゆ、由宇~~~~っ!!」
「うわっ!?」
俺に飛びかかる寸前だった玲依の首ねっこを翔太が捕まえた。
「認めてはないからな」
「くそ……っ! やっぱり名越くんには負けられない……!」
……和やかになったのか……?
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