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負ける気はない
「……ほほーう。あんたらそんな感じの関係なんだ?」
しばらく黙っていた七星が口を開いた。壁にもたれかかってこちらの様子を伺っている。
「とりあえず今日のとこは由宇くんに免じて引いてあげる」
いやどういうことだよ……
俺が明らかに嫌な顔を見せても、腕を組み怪しげに笑みを浮かべている。今日のとこは……ってのが気になるな……
「もう由宇の前に現れるな」
翔太が睨み返した。隣で玲依が高速で首を縦にふっている。
「それは無理。ようやく会えたんだ、もう我慢はしない」
軽快な足取りで七星はだんだんと距離を詰めてくる。
「キッパリ断ったろ! 俺はお前のこと嫌いだって!!」
「それでも俺は由宇くんが好きだよ。いくら断られても諦めない。だから……」
強引に腕を引っ張られ、前のめりになったと同時に頬に柔らかいものが触れた。
「覚悟しててね♡」
「なっ……!?」
触れられたところから熱が広がって、だんだん顔が熱くなってくる。
俺の腕をぎゅっと掴み、緑の目を光らせる七星は獲物を捕らえるケモノそのものだ。
「お~と~い~し~!?」
玲依がめちゃくちゃ睨んでいる。うわ、般若が見える……せっかくの顔が台無しだ……
いや、翔太もだ。あの顔、相当怒ってるぞ……
「由宇くんてば、今さらほっぺぐらいで照れちゃって……もっと先のキスまでしたのに……♡」
「ん!?」「は!?」
翔太と玲依がすごい形相で同時に俺を見た。
七星は焦る俺を見ていっそう優越感に浸った顔を浮かべている。
ドタバタして忘れてたけどこいつに舌まで入れられたんだ……! 忘れたかったのに、なんでわざわざ言うんだ七星!?
「いや、あれは事故みたいなもんというか!? 七星の意識ないも同然だったし!? ノーカン!!」
マジでノーカンにしてくれ……最悪だ……
俺の必死の弁解を無視して七星は続けた。
「由宇くんの唇も唾液も、甘くて美味しかったなあ♡」
「わーー!!言うな!! それコーヒーの甘さだから!! 顔赤くしながら言うな!!」
火に油を注ぐなよ!! せっかく丸く収まる感じになってただろうが!!
見ろ、翔太と玲依がこんなに黙るのおかしいだろ!? この状況でそれ言うとかお前は死にたいのか!?
「あいつ一発殴っていいか?」
「よし、殴ろう」
翔太と玲依が腕をまわしてアップをはじめた。殺気を纏っている。
「ま、まて、そりゃ殴ってほしいのは山々だけど……なぐるのはまずい……」
暴力で解決するのはよくない。しかも格闘技やってる翔太がガチで殴ったら大事になる。いくら相手が七星でもそれだけは阻止しないと……!
「俺だってまだ、おでこにしかしたことないのに……!」
「は?」「え?」
玲依の発言に場が凍りついた。
「なんでこのタイミングで言うんだ!?」
バカなのか!? なんとか殴らない方向で収めようとしてた努力を一瞬で無駄にするなよ!! 3人で乱闘でも始めたいのか!?
「つい口が……」
「うわ~~最低」
「お前が言うな」
「とりあえずこいつも殴るか」
「翔太が殴るとシャレにならないからやめろ!! 怪我人が出る!!」
玲依の胸ぐらを掴みかけた翔太をどうどう、となだめた。完全に頭に血が上ってる。
ほんとこいつら……と、勝手にため息が出てくる。
これからこんな状態がずっと続くのか……? 俺の穏やかだった生活はどこにいったんだよ……
気が遠くなりながら肩を下げていると、翔太が俺の手をとり出口の方へ歩き出す。
「はぁ……帰るぞ、由宇」
「俺も由宇と一緒に帰りたい!」
「え~~もう帰っちゃうの?」
翔太は眉間にしわを寄せながら大きく息をついている。まだ言いたいことがありそうだが、なんとか怒りを収めてくれた。
いつもは落ち着いてるのに、たまにキレるんだよな……そりゃ友達が嫌なことされてるって思ったらキレるよな。俺もそうだ。
翔太は俺のために怒ってくれてるんだ。
「家まで送る」
……でもやっぱり過保護すぎるような気もする。
「途中まででいいって。子どもじゃないし」
「ダメだ。今日は絶対送る」
「はい……」
あ、これ絶対まだ怒ってるわ。食い気味だし圧がすごくて喉がヒュッてなった。
簡単に七星に捕まった俺が悪いんだけど…… サークル抜けてわざわざ探してくれて、面倒だったろうな…… もっと気をつけないと……
「迷惑かけてごめん……」
自然と言葉が出ていた。俺を引っ張って歩いていた翔太が足を止めた。視線を感じたけど、罪悪感で顔を見れなかった。
「……ひとつも迷惑じゃない。心配なんだ。由宇は危なっかしいから……」
優しい声だった。顔をあげようとした瞬間にまた、翔太の大きい手が頭に触れた。ぐりぐりと強めに撫でられて、翔太の表情は見えなかった。
「……ありがとう、翔太」
「あ~あ、それ見せつけ? 幼なじみの特権ってやつ? ムカつくなあ」
「名越くんにいいところ持っていかれた……!」
一連の流れを見ていたふたりがぶつぶつと文句の声をあげる。もう疲れたからツッコミがめんどくさくなってきた。いちいち反応してるとキリがない。
「それじゃあまた来てね、由宇くん♡」
「一生来ねぇよ……」
「ふふふ……あ、そうだこれ返すね」
見間違いかと思った、けど違う。七星が渡してきたのはどう見ても俺のスマホだった。
「な、え……!?」
「いつのまに取ったのって? なーいしょ。連絡先交換しといたから、いつでも連絡してね♡」
七星は自分のスマホをふりふりと振っている。慌てて確認すると、本当に登録してあった……
顔をしかめながら睨むと、七星は目を輝かせて妙に嬉しそうにしている。こっわ……
「行くぞ、由宇」
ため息をついた翔太の後に続いて部屋から出ようとしたとき、玲依が足を止めた。
「俺、音石に言いたいことあるんだ。2人は先に行ってて」
部屋に残り、手を振っている。その奥で七星は腕を組んでじろじろと疑り深く玲依を見つめている。
「……? 大丈夫か?」
ちょっと心配で声をかけたが、うんと頷いて玲依はドアを閉めた。
その目に迷いはなかった。
「あいつ、何話す気だ?」
「たぶん大丈夫」
玲依は嘘をつかない。こっちが困るぐらい真っ直ぐで、正直だ。
あの目は信じることができる。
だんだん玲依のことがわかるようになってしまった……
ふたりきりになった実験室で玲依は七星に向き合った。
「まだ俺に文句でも? それとも由宇くんには聞かれたくないこと?」
「さっきの質問の答えだけど」
「?」
どの質問だったかな……と七星が首を傾げる。
「俺も、由宇のことを自分のものにしたいって思ってるよ……だけど」
「だけど?」
先ほど玲依が返答を詰まらせた質問。揺らいでいた目は真っ直ぐに、七星を見据えている。
「由宇を手に入れるだけじゃ満足できない。俺は由宇の恋人になる。ゆっくりでもいいから、ちゃんと俺のことを知ってもらいたいし、好きになってもらいたい」
「へぇ……それがあんたの答え。ずいぶん欲深いね、俺よりも」
「負ける気はないから」
ドアは無機質な音を立てて閉まった。
主人ひとりになり、実験室は静まりかえった。遠のく足音を聞きながら、笑いが溢れてくる。
「ふーん、大したことないと思ってたけど……なかなかやるじゃん。倒しがいがあるね、髙月玲依くん……」
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