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恋焦がれた10年間②*side七星

「由宇くん、見いつけた」  決行の日。作戦は功をそうした。  由宇くんが帰りにひとりになる時間と場所。そこで待ち伏せた。  10年ぶりに話せて高揚した。心臓が今までにないくらい大きく脈を打った。  でも、話してみると雰囲気が変わっていた。笑顔も作り物みたいだ。10年経ってるし変わるよって由宇くんは言ってるけど、たぶんそうじゃないな。なにか変わるキッカケがあったんだ。  もっと由宇くんのことを知りたい。10年分全部。もっと話したくて、捕まえて、部屋に閉じ込めた。手錠もかけて、逃げられなくした。必死に反抗する姿もかわいくて、俺の心を揺さぶった。  この嫌がる顔は昔から変わってない。  首輪をつけて、由宇くんは怯えながらこちらを睨みつけている。俺だけを視界に映している。  最高だ……  由宇くんの青ざめた頬を撫でた。今すぐに食べたい。俺のことしか考えられなくしてやりたい。  ずっとこうしたかった、ずっとこの時を待ってたんだ……! 絶対に逃がさない。俺だけのものにしてやる。  ああでも、まだ我慢だ。もっと楽しみたい。今、その瞬間の由宇くんの感情を。だんだんと堕ちていく時間を。  興奮しすぎておかしくなる前に、コーヒーでも飲んで落ちつこうと思った。由宇くんはいらない、と言ったけど、俺が由宇くんのためにしたいから勝手にさせてもらう。  このコーヒーに何か仕込んでもいいかな……と考えたけどやめた。今は純粋な由宇くんの反応を楽しみたい。  媚薬も他のクスリも、由宇くんは側にいるんだから、いつだって与えられる。  昂ぶる興奮と情欲を抑えつけていると、いつから欲しいと思うようになったんだろう、と頭の隅で考える俺がいた。  はじめは、好きって伝えたかっただけだった。  それが今は……?   由宇くんのためにしまいこんだ砂糖とミルクを探した。由宇くんの知らないことを知ることができた。今度はすぐに出せるように目立つところに置こう。  もしかしたらココアとか、甘い飲み物が好きなのかもしれない。後で聞いてみよう。由宇くん用の飲み物を用意してあげよう。  思考を巡らせていると、急に叫び声をあげた。ただのクモなのに、震えて、相当怖がっている。  どうでもいいし放っておこうかと思ったけど、これじゃ俺を見るどころじゃないな……クモに罪はないけど、由宇くんとの時間を邪魔しないで。 「……由宇くん、もしかして?」  答えはわかってる。それでも聞いた。由宇くんは言いたくなさそうに視線を泳がせている。ああ、楽しい。 「お前のせいで……俺は今でも虫が苦手なんだ!」 「え、俺のせい?」  これは予想外だ。昔は投げたりしてたけど、まさかそれがキッカケなんだとは思わなかった。それより前から由宇くんは虫が嫌いなんだと……  気付いた時には抵抗する由宇くんを抱きしめていた。由宇くんは子ども体温なのかな……あったかい。  あのときのことはずっと後悔してた。嫌われるようなことしちゃったって。自分の気持ちに気づく前だったからなおさら。  たとえ嫌悪でも由宇くんの中に俺の記憶が残っていた。それが……息が詰まるほど嬉しい。 「正直お前のことは思い出したくなかった。ムカつくし。けど、髪と目を見たら思い出した……綺麗な色してるよな、昔から」  顔をあげて由宇くんの瞳を見つめた。訳がわからない、という顔をしている。  今の俺は真っ赤になっているだろう。 「ずるいよ……」  ずるい。  それがキッカケだったのに……思い出すじゃん。あの時のキラキラした由宇くんの目を。ドキドキと高鳴る気持ちを。  由宇くんは覚えていないんだろうけど、それがはじまりだったんだ。  やっぱり由宇くんは変わってない。あの時から。胸がいっぱいになった。  気持ちがいっぱいいっぱいでうまく言葉が出ない。心臓がうるさい。とりあえずコーヒーを飲もう。飲んで心を落ち着けるんだ。  由宇くん用のコーヒーに砂糖とミルクを混ぜた。黒と白は混ざって濁って……甘そうだなぁ……  虫を引き合いに出すと、由宇くんは渋々隣に座った。なるべく距離を取るように、身を縮めている。それがなおさら……可愛くて仕方ない……  まずいなあ……  好き、大好き 由宇くん。  食べたい、欲しい、襲いたい。  飲み込まれそうなほど真っ黒な嫉妬と独占欲。我慢しようと思っていたのに、理性と欲望が争う。コーヒーなんかで収まらない。  いつから由宇くんが欲しいと思うようになった? 好きという純粋な気持ちはどこにいったんだ?  由宇くんの赤く潤んだ唇が目に入った瞬間、俺の理性は焼き切れた。 「俺が飲ませてあげる」  もう止まれない。触れたい。  そうか、とっくにねじ曲がっていたんだ。  愛情は欲望に。後悔は嫉妬に。  由宇くんの柔らかい唇に噛み付くように触れた。   甘くて熱くてとけそう。もっと、もっと、欲しい。甘いコーヒーを飲み干した後も欲望に従うままに唇を触れ合わせた。 「はぁっ……おま……っ」  ゆっくり離れると、由宇くんは顔を真っ赤にして息を切らしていた。色っぽい吐息が聞こえて、さらに熱がのぼる。 「もう我慢できない……」  このまま全てを奪ってしまおう。目の前の愛しい人をめちゃくちゃにしてしまおう。なんで我慢なんてしてたんだろう。最初からこうすればよかったのに……  怯えてた由宇くんはなにかの覚悟を決めたようにキッと俺を睨んだ。そんなことしても無駄なのに。 「……ッいい加減……ろよバカ! ……やりす……だ!! ……っ俺を……の……か!?」  なにかを叫んでいる。なんでそんな必死で抵抗してるの……? 「さっきから話聞けって言ってるだろ! あれか!?綺麗って言ったから怒ってんのか!? そう思ったから自然と口から出たんだよ!傷つけたんなら謝る!  だから、目ぇ覚ませ!!」 「……由宇くん」  由宇くんの声が頭に響いた。  ……あれ? 俺、なにして……?  動きを止めた俺を見て、下にいる由宇くんは胸を撫で下ろした。  いつのまにか由宇くんを押し倒している。うわぁ……興奮する…… じゃない、もう少し我慢するつもりだったのに、どうして急にこんなことになってるのか。  ……そうか、暴走してたんだ、俺。  由宇くんに呼びかけられてやっと自制がきいた。 「怒ってたんじゃないのか? 綺麗って言われたのが嫌で俺に仕返ししようと……」  違う、そうじゃない。俺は首を振った。理由を言うのは恥ずかしいけど誤解されたままじゃ嫌だから……素直に言った。 「まあ正気に戻ったんならよかったよ。……とりあえず早くどいてくれ」  由宇くんは困りながらため息をついた。俺のこと心配してくれてたんだ。嬉しいなあ。  でも、これで終わり、みたいな雰囲気になってるけどまだだ。逃がさないって言ったよね?  お楽しみはこれからだ……次は何をしよう、と思ったとき、由宇くんが声を荒げた。 「昔も俺に嫌がらせしてきたよな。今こんなことをするのも、お前にとっては嫌がらせでしかなくて、嫌いなやつをいじめて楽しんでるのか?」  嫌いなやつをいじめる……? 「いくら俺のことが嫌いだからって……ここまで……首輪つけて監禁してき、キスまでするか!? さすがにやりすぎだ! そこまで嫌いなんだったら、俺に関わらなくていいだろ! 無視でもしてろよ!」  由宇くんのことが嫌い……? 「……それは誤解だよ」  なんで、由宇くん。違うよ、俺は…… 「は……? 嫌がらせじゃないんだったらなんなんだ」 「俺は由宇くんのこと嫌ってない」 「え、そこから!?」  ずっと由宇くんは誤解してたんだ……俺がちゃんと言わなかったから。あの日、伝えるって決めたのに。いざとなったら恥ずかしくて、つい目をそらしてしまう。 「もう少し別の方法があったはずなのに、小学生の俺はガキだったからなあ……好きな子にはちょっかいかけたくなるお年頃だったんだよ」 「どういう意味だ……?」  ここまで言って気づかないんだ……もう答えはひとつしかないじゃん。 「由宇くんの鈍感……」  そんなところも好きなんだけど……  触れそうなぐらい顔を近づけると、由宇くんは少し肩を揺らした。 「好きなんだ、由宇くんのことが。小学校のころからずうっと……」 「え、……っ!?」  やっと言えた。ずっと伝えたかったんだ。恥ずかしくて遅くなっちゃったけど、これが俺の気持ち。これからは何回でも伝えるよ。大好き、由宇くん。  由宇くんは顔を真っ赤に染めた。驚いてる、照れてる、動揺してる……なんて可愛いんだろう。由宇くんは今俺のことを考えて、心を揺らしている。  俺が想いを伝えるたびに由宇くんは嫌悪を浮かべた。俺を嫌ってることぐらいわかってた。そりゃあそんなことばかりしてたもん。  それでも俺を見て欲しかったんだ。  どんな表情でも、由宇くんの全部が好きなんだ。  どんなキミでも愛してあげる。    翔太くんじゃなくて、隣のあいつじゃなくて、俺だけを見て!  ……結局、由宇くんをめちゃくちゃにする前にボディーガードと王子様が助けに来ちゃったんだけど。  もっと時間がかかると思ってたのに、2人が協力してたのは計算外だった。ライバル同士なんだから別行動をするだろうって甘く見てた。……だから今回は負けを認めた。ムカつくけど。  まあ、俺の自制心もけっこうギリギリだったし。暴走もしちゃったし……これ以上は自分自身がどうなるかわからなかった。  なんにおいても過剰摂取は毒になる。思ってたよりもずっと、本物の由宇くんに触れるのは刺激が強かった。10年ぶりだし、まあ仕方ない。  また作戦を練り直そう。  でもやっと、やっと由宇くんと話せた。想いを伝えられた。会えない日々は長かったけど、これからは毎日だって由宇くんに会える。嬉しいなあ……  10年も想い続けたんだ……俺は簡単に諦めないよ。必ず俺のものにするから。  覚悟しててね、由宇くん。  ソファに染みついた由宇くんの匂いを感じながら、俺は次の誓いをつぶやいた。

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