29 / 142

無理しないで*side玲依

 "尾瀬くん熱があって家に帰ったみたい"  "お見舞い、行ってあげたら?"  芽依からのメッセージを見た途端に体が動いていた。心配で心配でたまらなくて、残りの講義なんて放って講義室を出た。今日が実習じゃなくてよかったと心の端で思う。  駆け足で階段を降りながら由宇に電話をかけてみたけど、繋がらない。寝てるのかもしれないし、あんまりかけたら邪魔かな……  とにかく、由宇の家に向かおう。由宇からしたら迷惑かもしれないけど……それでも、座ってなんかいられない。  大学を出るとすぐ近くのスーパーが目に入った。ちょうど昼時だ。昼ごはん……食べたかな、由宇……  両手に買い物袋を握りしめ、由宇の家へ走る。あれもこれもって買ってたらすごい量になったし遅くなってしまった。  由宇の家は1回行ったから覚えてる。あの時、行きたいって言ってよかった……! 由宇は迷惑そうにしてたけど。  この角を右だ……  その先に、見知った後ろ姿が見えた。あれは…… 「宇多くん!?」 「あっ……玲依さん?」  高校の制服を着た宇多くんが振り返った。礼にあわせて俺も挨拶を返す。 「もしかして由宇のお見舞いに?」  俺が持っているスーパーの袋をチラッと見ながら、首をかしげている。 「うん、由宇が心配で……宇多くん、学校は?」  隣を歩きながら、学校帰りにしては時間が早くないか?と思った。 「今日はテスト終わりで午後は部活だけだったから」 「そうなんだ」  淡々とした答えが返ってくる。  なるほど、今はお昼だし部活を休んだってことか。あんまり感情の起伏がないけど、由宇のこと心配なんだろうな…… 「体調悪いから夜ごはんは買って帰れって由宇から連絡があったんだ。家の中で倒れてたりしないか確認しようと思って」 「倒れ……!?」  熱で倒れるって!? そんなにひどいのか!?   声が裏返った俺を気にもとめず宇多くんは続ける。 「よくあるんだ。倒れるまで熱あるのに気づかなくて……学校で倒れるたびに翔太くんが連れて帰ってくれたんだっけ」 「くそっ……」  自然に文句が口から出ていた。ここでも名越くんの名前が出てくるのか……! 幼なじみだもんな、そりゃそうだよな!! 仕方ないけど……あ~~悔しい!!  悶々と考えていると宇多くんがジッと見ているのに気がつく。 「あっ、いや、宇多くんに言ったわけじゃなくて……」  そうだ、宇多くんに言ってないんだった! 最初は言おうとしたけど由宇は黙っててほしいみたいだったし……弟からしたらあんまし良く思わないかもしれないし、今は言わない方がいいか……!? ゆくゆくは恋人になるんだけど…… 「隠さなくていいよ、知ってるから」 「え?」  どう誤魔化そうか思考を巡らせていたときに宇多くんの声が届いた。意味をすぐに理解できなくて反射的に聞き返していた。 「玲依さんが由宇を好きなこと」 「ええ!? なん、なんで!?」 「見てたらわかるよ……」  気づいてないとでも思った?と言わんばかりの呆れ顔だ。俺は今とても間抜けな顔になっているだろう。 「うわ……恥ずかし……」  自分だけで騒いでて恥ずかしい。顔を覆いたかったけど、買い物袋で両手は塞がっている。 「翔太くんもだけど、由宇のどこがいいのかわからない」 「そっちも知ってるんだ……」 「ふたりともわかりやすいんだよ」  察しがいいな……それだけ由宇のことをよく見てるのかな。どこがいいのかわからないって言ってるけど、きっと宇多くんは由宇のいいところを山ほど知ってるんだろう。 「宇多くんって由宇のことすごく好きなんだね」 「どう解釈したらそうなるの? 俺は別に由宇のことなんてどうでもいいし……」  宇多くんは顔を伏せた。  ……照れてるのかな?  話をしているうちに由宇の家が見えた。 「ただいま……って」  鍵を開けた宇多くんが足を止め、ため息をつく。後ろから覗くと、 「由宇!?」 「やっぱり……」  玄関先に由宇が倒れていた。  靴を放り出して駆け寄り、由宇の真っ赤な顔に触れる。 「ずいぶん熱が高いな……」  震えているし、息をするのもつらそうだ。 「……たぶん翔太くんに頼りたくなくてひとりで帰ってきたんだ」  起きろ、と宇多くんが呼びかけても目を覚ます気配はない。引きずってでも部屋に運ぼうとしている。 「俺が部屋まで運ぶよ」 「……ありがとう、玲依さん」  抱えると、服の上からでも体温が伝わってくる。 「俺は飲み物用意して持っていく」  頷き、由宇を部屋に運んだ。  ベッドに寝かせても苦しそうに息をしている。こんなにもつらそうなのに、俺にはなにもできない。助けてあげられない。  頼りたくなくてひとりで帰ってきた……  由宇は他人に心を開かない。だから頼ることも苦手なんだろう。頼らずにひとりで無理をしてしまうんだ。 「無理しないで、俺のことも頼ってよ……」  由宇の柔らかい髪に触れた。届かないのはわかっていても、想いは口から溢れていた。

ともだちにシェアしよう!