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忍びこむのはお手の物*side七星

 由宇くんと話してから数日後、俺はもう超ご機嫌だった。生きてきた中でいちばんの幸福だ。  毎朝通ってる縁結び神社の神主さんにもめちゃくちゃ笑顔で挨拶したしね……好きな人と会えたんです!ありがとうございます!ってお礼まで言ったし……  今日も由宇くんに話しかけに行こう、またコーヒーを入れてあげるのもいいな、と鼻歌まじりに妄想を膨らませながら大学内を歩いていると、こっちに向かって猛スピードで走ってくる男がいた。 「……ってあれは」  焦った表情で俺に見向きもせず横を通り過ぎていったのは見間違うことなく、恋のライバルである玲依くんだった。 「おーい、玲依くん、いったいどこに……ってもう行っちゃった」  小さくなる背中に呼びかけても声は届かなかった。  俺に気づかず、あんなに焦って走ってく理由なんてひとつしかない、由宇くんだ。 「よし……」  玲依くんの行った方向に向かって足を進めた。  まあ予想通り、玲依くんは由宇くんの家に入っていった。由宇くんの弟くんぽい人と。  由宇くんの家はもちろん知っている。気づかれないように後つけてたからね。  玲依くんはスーパーで買い物してたし、おそらく由宇くんは風邪引いて熱を出したってことかな……  うーん……急な人間関係の変化(主に俺)のせいって可能性はあるなあ……無理させすぎたかもしれない。  俺は由宇くんの家を見上げた。  ごめんね、由宇くん。  でも俺はもう気持ちを止めれないんだ。玲依くんみたいにゆっくり距離を詰めるなんて無理。10年もかかって、これ以上我慢なんてできないもん……  そう思ってインターホンを押そうとしたとき、気づいた。  今行ったら由宇くんとふたりきりになれない……! 玲依くんをひとりにするのも癪だけど、俺だって誰にも邪魔されたくない……!  たぶん熱出したのは俺のせいだし、由宇くんを看病してあげたい! 俺が行ったら悪化するかもしれないけど、俺が会いたいから会う。  ーー数時間後。  玲依くんが帰ったのを確認して、由宇くんの家のインターホンを押した。  由宇くんに会うまで10年かかったんだ。数時間待つぐらいたやすい。 「……どちら様ですか?」  チェーンのかかったドアから顔を覗かせた男の子は由宇くんにそっくりの目をしていた。 「おお、正面から見ると由宇くんに似てるなぁ……君は由宇くんの弟くん?」 「そうですが……え、由宇の知り合いですか……?」  やっぱりそうか。弟くんがいたなんて知らなかったな。高校生ぐらいってとこか。  でも思いっきり警戒されてる……俺別に怪しい見た目してないと思うんだけどなあ……まあ金髪の大学生なんてチャラく見えるか。由宇くんの友達にいなさそうだもんな。  とにかく、家に入れてもらわないと話にならない。俺は笑顔で優しく弟くんに話しかけた。 「俺は音石七星。由宇くんの……友達だよ。お見舞いに来たんだ」  今のところは……そういうことにしておこう。  ここが由宇くんの家……!  友達なら……と家に入れてくれた弟くんの後を歩きながら家の中を見渡した。  小学校のころは放課後に遊ぶような仲じゃなかったからなあ……  階段を上ってすぐの部屋の前で弟くんは足を止めた。 「今は寝てると思うんですけど……起こします?」  ドアを指さし、俺と目を合わせる。ここまで来て不審者扱いされるわけにはいかない。やましい気持ちは隠して、爽やかに笑った。 「ううん、いいよ。由宇くんが起きるの待つから」 「そうですか、じゃあ俺は部屋にいるので……ごゆっくり」 「はーい、ありがとね」  礼をして弟くんは隣の部屋に入っていった。手を振るのをやめ、目の前のドアに視線を戻す。  由宇くんの……部屋……!!  夢にまで見た由宇くんの部屋……こ、興奮してきた……ゴクリと唾を飲み、由宇くんを起こさないようゆっくりとドアを開けた。  めちゃくちゃ由宇くんの匂いがする……当たり前だけど!   けっこう片付いてるな……もっと物が広がってればあさりやすいのに……と、キョロキョロ部屋を見渡す。  いや、それよりも本人だ……物をあさるのは後にしよう。  人ひとりぶん膨らんだベッドから寝息が聞こえる。覗き込むと、由宇くんが赤い顔で眠っていた。 「由宇くん……♡」  寝顔もかわいい……由宇くんの全部がかわいい……今すぐキスして襲って食べちゃいたい……  心臓がどくどくと大きく鳴った。  寝てるんならバレないんじゃないか……?  赤い顔して寝てる好きな人を見て欲情しないやつはいない。  ほぼ無意識で手のひらをだんだんと由宇くんの頰に近づける。指先が触れた瞬間、ハッと理性に引き戻された。  ……さすがに、熱で苦しんでいる由宇くんを襲うのはなあ……たぶん俺のせいで風邪引いたのに、悪化させたらそれどころじゃない……  手を引っ込め、床に座って由宇くんの寝顔をじっと見つめた。  こんなに無防備なのに、またお預けかあ……恋に障害は付きものってことか……  布団の中あったかそう……隣で寝たいなあ……  見つめている間も由宇くんは咳をして重い声をあげながら寝返りをした。  苦しそう…… 「俺が抱きしめてあげるね……」  風邪のときって不安になるもん、ぎゅってしてあげたら落ち着くかもしれない。  10年も我慢したんだ。これぐらいなら、許されるよね。  どうしようもない感情に言い訳をしながら、俺は自分の欲を優先させた。  1人用のベッドは狭かった。落ちないように、眠る由宇くんに身体を寄せた。 「ふふ……」  あったかくて、いい匂い……  せっかく由宇くんと再会できたのに、思い通りにならないことがたくさんある。でもそれよりも、抱きしめれるぐらい近くに由宇くんがいることがなによりも嬉しい。 「大好き……」  苦しそうに眠る由宇くんを安心させるように、優しく抱きしめた。

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