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幼なじみと難解な気持ち
「……ありがとな、翔太。こんなに面倒見てもらって……俺もう大学生なのになあ……風邪ひいて寝込むとか子どもみたいだ」
部屋に戻り、ベッドに入る。結局、食後の片付けも全部翔太がやってくれた。
「こんなときぐらい俺に甘えとけ。水飲んで早めに寝ろ」
ペットボトルの水を受け取ってひとくち飲み、翔太に返す。
「はは……翔太は俺の兄ちゃんみたいだな。同い年なのに」
ペットボトルを受け取った翔太は一瞬、動きを止めた。なんでか、ひどく悲しそうに見えた。でもそれも一瞬だけで、すぐに笑顔に戻った。
「それは楽しそうだけど、俺は怒ってばっかりになるな。由宇はけっこうだらしないとこあるから」
「げ……それはやだ……」
いつものように茶化された。
「でも、俺は兄弟じゃなくて……」
「じゃなくて?」
「こ……」
翔太はなにかの言葉を紡ぎかけたが、すぐに口を結んだ。考えるように目を逸らしたあと、笑って真っ直ぐ俺の目を見つめた。
「由宇とは対等でいたい」
「……対等? 今のままでもじゅうぶん対等だと思うけど……」
「それもそうだな」
その言葉の意味はよくわからなかった。なにかを隠されてるみたいで引っかかる。
じっと見つめ返すと翔太は話題を変えた。
「……今日、髙月と音石は来たのか?」
「えっ!? ……っと」
急にあいつらの名前を出されてドキッとしてしまい、声が裏返った。そうですって言ってるようなもんだ。
「わかりやす」
「……勘よすぎだろ」
翔太は呆れたように笑っていた。
「何もされなかったか?」
「うーん……特には……? あ、そういや七星が……」
言わずにいようと思ったけど、口を滑らせた。しまったと思い口を閉じるが、じっと見られていて引くに引けない。
「布団の中に入ってた……」
「あいつ……」
眉を寄せてため息をつく翔太に、でもほんとにそれだけだった、と説明する。
七星を庇うつもりはないけど実際たぶん何もされてないし……あいつはいろいろとぶっ壊れてそうだけど、病人に対する良識はあったんだろう。
「髙月は?」
「玲依が来たときはほとんど覚えてなくて……あ、でもあいつが作ってくれた雑炊が美味かったのは覚えてる」
「へえ……調理科なんだっけ?」
「そうそう、ケーキも美味いのに料理も美味いんだから、調理科ってすごいよなあ……」
って、めちゃくちゃ素直に褒めてしまった。美味いのはほんとだけど……どうでもいいって思ってたはずなのに……
意識してるみたいで気恥ずかしくなって布団をかぶった。
頰を赤くした玲依の顔が思い浮かんだ。昼間の記憶かもしれない。あのとき玲依となに話したんだろう……
そうしていると、ポンポンと優しく布団を叩く音と振動が伝わってきた。寝る前の子どもをあやす親かよ……と思いながらも、心地よくて気分が落ち着く。
「髙月には猫かぶらないんだな」
布団から顔を出すとベッドに頰づえをついた翔太と目が合う。
「そんなことしても無駄なんだよ……あいつは真っ直ぐすぎるから」
玲依と話してると、真っ正直すぎて気を使うことがバカみたいに思えてくる。それがあいつのいいところなのかもしれない。
「……由宇は最近……変わったよな」
「そうか……?」
だんだんと翔太の表情が曇っていくのがわかった。
「いつか由宇は……俺から離れていくんだろうな……」
顔を伏せた翔太から聞こえた声は本当に小さく、布団を叩く音でかき消されそうだった。
「何言ってんだよ……? 小さいころからずっと隣にいるんだから、これからも友達だよ。離れないって」
ああ、と小さい声が返ってきた。わずかに震えているような気がした。
普段、冷静で動じない翔太からは想像ができないほど弱々しくて、戸惑ってしまう。
「じゃあ、俺は帰るから。明日もまだしんどかったら無理せず休めよ」
かける言葉に迷ってるうちに翔太は立ち上がった。その顔と声色ははいつものものに戻っていた。
「あ、うん……ありがとな。明日はたぶん行けると思う」
「そっか、じゃあまた明日。おやすみ」
翔太が部屋の電気を消し、ドアを閉めた。
真っ暗になった部屋に時計の音が響いた。
目を閉じると、ドアを閉める直前の翔太の顔が浮かんだ。なにか言いたいことがありそうな……悲しそうな……そんな顔。
……やっぱり、所々様子がおかしかった。翔太のあんな声も言葉もはじめて聞いた。
俺に言えないようなことなんだろうか。幼なじみなのにな……そりゃ俺だって全部翔太に話すわけじゃないけど……
もしかして、言えないのは俺のせいだったりするのか……? 知らないうちに嫌な思いさせたのかもしれない。当たり前になってて気付かないだけで、俺の何気ない普段の行動が翔太を傷つけていたのかもしれない。
……気をつけないとなあ……翔太にまで気を使いたくないんだけど……
他人の気持ちなんて全部わかるわけないのに、こんなことばっかり考えてバカだな……
熱の火照りが治ってきた頭でぐるぐると悩んでいるうちに、いつのまにか眠っていた。
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