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【番外】黒猫を追いかけて①
ーーチリン、と鈴の音が聞こえた。
大学の敷地内を玲依と歩いていたときだった。
足を止めて音が聞こえた茂みを見つめると、ガサガサと揺れた。そこから、真っ黒な猫が出てきた。
「……ねこ?」
「猫だね……? こんなとこになんで?」
黒猫は俺を見るなり真っ先に足にすり寄ってきた。ちょこちょこと足下を動き回るので身うごきがとれない。
足下でゴロゴロと喉をならして、水色の瞳で俺を見上げてにゃあん、と鳴いた。赤い首輪には小さな鈴がついていた。
「え、めちゃくちゃ由宇に懐いてる……まさか隠し子……? 俺の方は見向きもしないし……」
「変な言い方すんな! 知らない猫だ! ほら、首輪してるし。誰かの飼い猫だろ」
しゃがんで手を広げると、ためらいなく胸元に飛び込んできた。撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じた。かわいい……
それにしても警戒心なさすぎじゃないか? 猫ってこんな感じだっけ?
「わ、ちょっ そんな舐めるなって!」
黒猫は俺の首にすり寄ったあと、頬を舐めた。しかも全然止めようとしない。ザラザラとした舌がなんともくすぐったい。
ふと玲依を見ると、しゃがみこんで頭を抱えていた。なにかをぶつぶつとつぶやいている。どう見ても不審者だ。
「羨ましすぎる……猫……そこかわって……」
「猫にまで嫉妬すんのかよ」
「俺も由宇を舐めまわしたい……」
通常運転……
とりあえず玲依を無視して、首を舐めていた黒猫を持ち上げ目を見つめる。
「お前、どこから来たんだ? 飼い主は?」
聞いても喋れるわけはない。返事をするみたいに、にゃあとないた。
「うーん……どうしよう、れ……」
玲依にも意見をもらおうと思って目線を移した。……が、真っ赤な顔で口もとを押さえながら震えていた。
「うっ……羨ましいけど、猫とたわむれる由宇、国宝級……!! 尊すぎてしんど……永遠に見れる……あっ、しゃ、写真撮らせて! お願い! 後生大事にします……!」
「やめろ」
コンクリートを叩いて土下座するイケメンって絵面、相当やばいぞ……
よかったな、今誰も見てなくて……
「ん?」
黒猫に目線を戻すと、首輪に小さく英字が書かれているのに気がついた。
「Lily……リリィっていうのか、お前」
「にゃあ」
「そっか~~当たりか」
「猫と喋ってる……かっわい……」
腕に抱き、顎を撫でるとまた喉をならした。
ちゃんと返事した……賢い猫だな。でもこんなとこにいるなんて、近所の家の猫が迷い込んできたのか……?
この大学広いからな……出たくてもなかなか出られないのかもしれない。木に登って降りれなくなったみたいな……そんな感じで。
なんでこんなに俺に懐いてるのかわからないけど。
「その子……由宇に似てる……?」
「は?」
玲依は顔を覆った指の隙間から俺と猫を見比べている。
ほんとか……?と思いながら腕に頭をすり寄せている猫をじっと見る。
「自分じゃよくわからないな……?」
「やっぱ似てるよ。……雰囲気かな? 由宇って猫みたいだし」
玲依は笑いながら俺を見つめている。
俺が猫に似てる……?
「あっ!」
突然リリィが顔を上げ、俺の腕から飛び出した。少し歩いてはこちらを振り返っている。ついてこいって言ってるみたいだ。
「……どうする? 由宇」
少し考えたが、やっぱり心配だ。
「ついていこう。飼い主のところに無事に帰ってもらいたい」
「うん。大学内は自転車も通るし、危ないしね」
俺と玲依は、少し先を悠々と歩く黒猫を追いかけた。
リリィはそのまま大学敷地内の奥へ奥へと歩いた。
進む方向には見覚えのある建物が……
玲依と顔を見合わせた。
「ねぇ由宇、ここ……」
「ああ、七星の……」
忘れるはずがない。目の前には、あの、老朽化した理学部1号館の建物があった。5階には七星の部屋がある。
リリィはしっぽを揺らして鈴を鳴らしながら軽快に階段を上がっていく。
……嫌な予感がめちゃくちゃする。拘束されたあの悪夢が蘇る。気が重い、足が進まない。
「由宇、追いかけるのやめよっか……?」
「……」
理学部っていうぐらいだから、危険な薬品とかもたくさんあるんだろう。間違えて舐めたりしたら大変なことになる。
「七星のことは嫌だけど……やっぱりリリィが心配だ……」
「……じゃあ、追いかけよう! 大丈夫。音石に何かされても、由宇は俺が守るから!」
ぎゅ、と手を握られる。笑顔が眩しい……なんでこいつの周りはいつもキラキラしたものが飛んでるんだ……?
男が男に守られるのも変な話だ。
まあでも、ひとりでいるよりは幾分安全だろう。
ハイハイ、と軽く返事をして手を離した。
お礼は恥ずかしくて言えなかった。
階段をどんどん上り、リリィが立ち止まったのは、案の定……例の部屋だった。
部屋の前に座り、主人を呼びかけるように上機嫌でないた。
まさか、と思いながら部屋の前で固まっていると、その声に応じてドアがゆっくりと開いた。
「も~~またついてきてたの? リリィ……」
部屋の主人はリリィ、と名前を呼びながら黒猫を部屋に招きいれる。目線を下に向けていた七星は人の気配に気づいたのか顔をあげた。
「って、由宇くん!?」
控えめに開かれていたドアはバァン!と勢いよく音を立てた。
「もしかしてこの猫って……」
「由宇くん、俺に会いに来てくれたの?♡」
「ちがう!」
七星と俺の間に玲依が割り込んだ。
「俺もいるから。音石の好きなようにはさせない!」
「ハイハイ、玲依くんのことも見えてるって」
七星は退屈そうに舌を出したが、すぐに表情を変えた。
「……まあ立ち話もなんだし、くつろいでいかない? ちょうどレポートで詰まって休憩しようと思ってたんだ~~」
俺が顔をしかめたのを気にもせず、にこにこと笑っている。
「由宇くんは嫌でも、リリィは由宇くんと一緒にいたいみたいだよ?」
そう言われて足下に目をやるのと同時に温かいものが触れる感覚がした。
リリィが顔をすり寄せていた。
「由宇が猫にも迫られてる……!? まさかこの子もライバル……っ!!」
にゃんにゃんとなきながら、しっぽを足に絡ませる。
チラチラと俺の方を見て、首もとの鈴もその動きに合わせて揺れた。
めちゃくちゃかわいい……こんなことされたらなんでも許してしまいそうだ……
「うっ……」
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