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【番外】黒猫を追いかけて②

 七星の部屋の仕切りの向こう側。大きいソファに俺と玲依は腰かけた。  俺の膝の上ではリリィが丸まっている。あったかくて落ち着く。それを見て玲依が唇を噛みしめてるけど、気にしないことにした。  ……結局、リリィのかわいさに天秤が傾いたわけで、もう少し七星の部屋にいることになった。 「でもなんでリリィと由宇くんが一緒にいたの?」  七星はキャスター付きのイスに足を組んで座った。 「それはこっちのセリフというか……リリィはお前の猫ってことなのか?」 「そうだよ♡」 「音石が猫飼ってるとか意外すぎる……ちゃんと飼えてるの?」  玲依が質問すると七星はため息をつき、やれやれと首をふる。 「失礼だな……俺のことどう思ってるわけ? リリィは俺に会いたくて大学について来るぐらい、俺のことが大好きなの」 「いやそれ、脱走してない……?」 「カバンの中に入ってついてきたこともあったな~~」  七星はあっけらかんと笑う。 「まあ玲依くんの言うとおり、最初は飼えないって思ったよ」  リリィを見つめながら、落ち着いた声で話はじめる。 「捨てられてたのを拾ったんだ。寒そうに凍えてたのがかわいそうで、元気になったら里親を探そうとしてた。 ……でも由宇くんになんとなく似てて……手放せなくなった」  隣で玲依がうなずきながら俺とリリィを見比べた。 「俺も由宇に似てるって思った」 「やっぱり? 玲依くんならわかってくれると思った」  こいつら、どんな話題で気合わせてるんだよ……  そんなに似てるか……? 「最初は由宇くんに会いたいのに会えないっていう心の穴を埋めるためだったけど……いつのまにかリリィのことも大好きになった。猫って罪深いねえ」 「へ、へぇ……」  腕を組み、うんうんとうなずいている。猫がかわいいってことには賛同するけど、七星はいたって普通の調子で物騒な言葉をねじ込んでくる。 「名前もね、"ゆう"ってつけようとしたけど、なんかしっくりこなくて……だって由宇くんは猫じゃないし」 「猫につける名前まで俺に関連させようとするな!!」 「音石の思考回路やばすぎるだろ。さすがに引くわ……」 「いや、あんたも大概やばいよ。自覚ないの?」  とにかく俺の名前にならなくてよかった、と胸を撫でおろす。そんなことされてたら恐ろしすぎる。  でも、なぜか七星はいっそう笑みを深くして「まあこの話には続きがあって……」と話を続けた。 「由宇くんの誕生日って9月20日でしょ?」 「そうだけど……?」  急に誕生日の話になり、首をかしげる。というかこいつは俺の誕生日まで覚えてるのか…… 「9月20日の誕生花は彼岸花。英語でRed spider lily……だからリリィって名前にしたの」  その言葉に部屋がシンと静まりかえる。 「こっっっわ!! 結局、俺関連なのかよ!!」 「危険!! 危険すぎるよこいつ!!」 「全部愛ゆえなのになあ~~」  七星は舌を出して笑った。  驚きすぎてすぐに言葉が出なかった。重すぎる。  部屋の騒ぎに膝の上で寝ていたリリィが体を起こす。起こしてごめんな、の意味を込めて撫でてやるとにゃあ、とないて再び丸まった。  いっきにリリィと呼びづらくなった。彼岸花だから赤い首輪なのか、とかどうでもいいことまで想像してしまった。  ……でも猫に罪はない。 「それにしても、ここまで由宇くんに懐いてるなんて驚いたなぁ。ほんとに初対面? 逢引とかしてない?」 「なんでお前らはそっち方面で疑うんだよ……初対面だ! リリィが茂みから出てきて、事故にあったりしないか心配で追いかけてたらこの部屋に……」  そういえば、まるで俺の顔を知ってるみたいに、目が合った瞬間にすり寄ってきた。 「この子、こっちに来いって言うみたいに案内してたよね……?」  玲依の言葉にうなずく。 「なるほど、俺に会わせようと思って連れてきてくれたのかな? 由宇くんを見て俺の好きな人ってわかったんだね~~えらいえらい」  七星の不気味に光る緑色の目が俺をとらえた。 「え、なんでそんなこと知って……」 「顔覚えてたんじゃないかな? リリィは賢いからなぁ」  リリィを撫でる手を思わず止めた。俺とリリィは初対面のはず…… 「顔……覚えて……?」  ふふ、と目を細めた七星に寒気がした。 「部屋にある由宇くんの写真で♡」 「!?!?!?」  勢いよく鳥肌が立った。玲依も絶句している。 「なっ……なん……いつのまに……!?」 「俺はいつでも由宇くんを見ていたいの♡」  冷や汗が出てくる。口をパクパクさせながら七星を見ると、いつも通りに笑っている。  何がおかしいの?と言ってるみたいに。  いや、おかしいだろ!? 俺が間違ってるみたいな雰囲気にするなよ!! 「由宇くんを手に入れるのにはまだ時間がかかりそうだし……俺は頑張って写真で我慢してるの! 恋に障害は付きものだしね!」  顔を赤くしながら頰をふくらませている。俺の方が怒りたい…… 「それとも……」  キャスター付きのイスを動かし、ちょこちょこと七星は近づいてくる。リリィがいるから逃げることができない。 「今すぐ俺のものになってくれる……?」 「無理」  目の前で七星がにっこりと微笑んだそのとき、玲依がスッと手をあげた。 「俺も由宇の写真欲しい!!」 「キレるとこそこじゃないだろ!!」 「やだよ、俺の秘蔵の隠し撮りコレクションだもん。あんたにはあげない」 「俺の知らない由宇の写真があることが嫌なんだよ!」  俺を挟んで口喧嘩が巻き起こる。よそでやってくれ…… 「そんなこと言って……玲依くんだって撮ってるでしょ?」 「まあ……」  は? と、玲依を見るとあからさまに目を逸らした。 「勝手に撮るな!!」 「ご、ごめん! 出来心で、っていうか無意識で……! いつのまにかカメラロールは由宇でいっぱいになってるんだよ……!!」 「それ絶対連写してるだろ!!」 「あはは! 黙っとけばいいのに、正直すぎるのも損だねぇ」  こうなるのをわかっていたかのように七星が笑い声をあげる。いつのまにか写真を撮られてるなんてプライバシーもあったもんじゃない。 「ねえ、玲依くんも写真使ってるんでしょ?」  七星に聞かれても玲依はえーと……いや、その……と目をそらす。 「おい、使うって……何に……」 「そりゃあもちろん……ね♡」  ーー察してしまった。  口に手を当てて頬を染める七星と言い淀む玲依。これが全てを物語っている。 「やっぱ何も言うな」  これ以上聞くのはやめよう、玲依が喋りだしたらきっと全部言う。考えないことにしよう。脳が情報をシャットダウンした。  ……話題を変えよう。  そう思い、もうひとつ疑問に思っていたことを聞いた。 「なあ、リリィはこんなことまでついてきて、危険じゃないのか?」  七星の家は知らないけど、ここまで来る間に車も自転車も通るし、この部屋には薬品もいっぱいある。 「それは大丈夫。リリィ、危険なものや嫌なものには絶対触らないし、近づこうとしないから」  その証拠に……と、ニヤリと笑って七星は玲依を指さした。 「玲依くんには全く近づかないでしょ?」 「はっ……」  玲依は目を開いて、俺の膝の上で喉をならすリリィを睨んだ。 「やっぱりこの子もライバルってことかぁ!!」  その声に体を起こしたリリィは玲依に向かってにゃぁんとないた後もう一度、定位置となった膝の上に丸まった。 「らっ……ライバル宣言された……! 由宇は俺のものだって言ってんの……!?」 「言ってるねえ」 「かわいいやつだな、リリィ」  よしよし、と頭をなでる。  肩を震わせる玲依を見て七星は愉快そうに笑う。  七星の写真のせいだけど、猫に好かれるのは素直に嬉しいな。かわいいし。 「いくらなんでも猫相手に嫉妬すんなって……」 「そうだけど……」  怒る玲依をなだめるが、眉をあげた玲依はリリィと俺を見比べて、指をさした。 「猫は手強いよ!! ほら、今だって由宇の膝の上を独占してるんだよ! 俺だってひざまくらしてほしいもん! ずるい!」 「はいはい……」  通常運転だな……もう慣れた…… 「音石はいいの? リリィに由宇を取られても……!」 「由宇くんがリリィのことを好きになってくれたら、必然的に俺のところに来ることになるじゃん。そしたら一緒の家に住むんだ♡」  七星は両手をあわせて、ふふ、と微笑んだ。妄想が激しすぎる。 「それはない、話が飛躍しすぎ!」 「だからリリィには頑張って由宇くんを虜にしてほしいんだよ」  ね~~っ! と丸まっているリリィに話しかけている。 「負けない……! 猫にも音石にも負けないから!」  玲依は強く拳を掲げた。  その宣言を聞いているのか聞いていないのか……リリィはしっぽをぱたぱたと動かし、俺の膝の上で静かに眠っていた。 【黒猫を追いかけて 完】

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