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【番外】七星の誕生日

「由宇くんみーつけた♡」 「げ、七星……」  毎日顔を合わせるたび出てくるそのセリフも嫌そうな顔を見るのも日常になってきた夏。  側の花壇にはもうすぐ咲きそうなひまわりが植えてある。早く咲かないかなぁと頭の端で思ったりしながら、歩いていた由宇くんに声をかけた。  そんな平和な、なんでもない日常だけど……今日は特別な日。大好きな人に会えて俺の機嫌は最高潮だ。……というか絶対会いたかったから探したんだけど。 「さてここで問題です。ねぇ由宇くん、今日は何の日か知ってる?」 「今日?」  由宇くんはスマホのロック画面を見つめた。うーん、と少し考えたあと、 「7月6日……はサラダ記念日?」  それは俺でも知ってる有名な本のやつだ。 「そうそう、サラダ記念日……ってそうだけど違うよ! 由宇くんのいじわる!」 「はぁ? それ以外に何かあるか? 七夕は明日だし……」  ……いじわるなこと言ってるのは俺のほう。俺は由宇くんの困ってる顔が大好きだから、たくさんいじわるしたいんだ。  今日が何の日か、なんて由宇くんは絶対知らないもん。 「正解は……なんと!本日7月6日は俺の誕生日でーす♡」  かわいくポーズをきめると、由宇くんは動きを止めた。だんだんと顔に焦りが浮かびはじめる。 「た,誕生日ぃ……!?」 「ふふ♡ 誕生日プレゼントは……」  後ずさる由宇くんの手をぎゅっと握りしめて体を引き寄せる。 「もちろん由宇くんで♡ ね、俺と結婚しよう? そしたら今日は結婚記念日にもなっちゃうね……」 「そうくると思ったよ! 嫌だ、無理! お断りだ!」  由宇くんは強く言い放ち、呆気なく手は振り解かれた。つれないなあ、とため息をつく。 「俺も由宇くんが断ることは予想済み。だから今年は別のにするよ。今年はね」 「強調したな……ということは来年もあるのかよ……」  心底嫌そうな由宇くんにもちろん、と笑顔で付け加える。 「それでプレゼントなんだけど、えっと……」  な、なんか……改まると急にドキドキしてきた……! 好きとか結婚なんて言葉は滑るように口から出るのに……そっか、いつもは断られるってわかってるからだ。開き直りみたいなね……  ゴホン、と咳払いをして呼吸を整える。 「誕生日おめでとうって、言ってほしい……」 「えっ それだけ……!?」  俺がこんなこと言うなんて思ってなかったんだろう。疑いの目でじろじろと見ている。  自分でもこんな欲の小さい願い、俺らしくないと思うよ。 「もちろん本音は由宇くんが欲しい。リボンでぐるぐるって巻いてやりたい。でも由宇くんはまだ俺のになってくれる気はないでしょ?」  由宇くんはぶんぶんと首を縦に振る。「一生ないから」と付け加えながら。 「誕生日プレゼントって自分から強請るもんか?」 「いーじゃん強請っても、誕生日なんだし! どうしても由宇くんからプレゼントが欲しいの!」  縋りつくように由宇くんの瞳を見つめた。 「大きいものを強請って何も貰えないより、小さくてもいいから何かがほしい。だから……お願い、由宇くん。おめでとうって言って……」    たくさん悩んで、いちばん小さくて由宇くんが許してくれそうなことを選んだ。物じゃなくてもいい、たったひと言、その言葉だけでいいから。   「まあ、そのぐらいなら……」 「!」  由宇くんは言葉を詰まらせた後、少し照れてうつむき気味に俺と目を合わせた。嬉しくて飛びつきそうになる身体を抑えて見つめ返すと、ドクドクと胸の奥が熱くなっていく。 「……誕生日おめでとう。七星」 「……っ」  ずっと欲しかった言葉。  由宇くんと離れてから10年間、誕生日になるたびに由宇くんがそばにいてくれたらって思ってた。プレゼントを貰ってごちそうを食べて、楽しい誕生日のはずなのに、冷たい心の奥はそんなの要らないから由宇くんと会わせてって願ってた。  生まれた日を好きな人に祝ってもらいたかった。 「これでいいだろ」 「うん……!」  声が少し震えた。今こうして目の前でおめでとうって言ってくれる由宇くんがいる。諦めなくてよかった…… 「嬉しい。ありがとう、由宇くん。20年間でいちばんの誕生日プレゼントだよ」 「大げさだな……」  由宇くんは、優しい。俺がこんだけ嫌なことしても完全に突き放したりしない。  そんなところが愛しくて、同時に弱いところだと思う。 「目覚ましにして毎日聴くね♡」 『……誕生日おめでとう。七星』  ポケットから取り出したボイスレコーダーを再生してみせると由宇くんの顔はみるみると青ざめていく。 「!? お、おまえ……それ……っ!」 「素直で、押しに弱くて、流されやすくて、わかりやすくて、でも照れ屋で……そんなところが全部かわいくて、大好きだよ♡」  舌を出して笑ってみせると、由宇くんは顔を赤くさせて怒りながらボイスレコーダーに手を伸ばす。 「こら!消せ! 七星!」  表情がコロコロ変わるところも魅力だよなぁ……! 怒って大振りになってるから由宇くんの手は容易に避けれる。誕生日お祝いボイスを何度も再生しながらその手をかわし続けた。 「何回も聞かすな!恥ずかしい! 消せって!」 「消さなーい♡ ふふ、由宇くんのその顔もだーい好き♡ もっと困らせたくなっちゃう!」  息を切らしながら俺を恨めしそうに見上げる由宇くんの顔といったら……! 「お前が妙にしおらしくしてたから言ってやったのに! 騙したな!もう一生言わないから!」  目を見開いて由宇くんの言葉の意味を咀嚼する。まさか…… 「俺のこと心配してくれたの……?」 「別に、そういうわけじゃ…….」    うそうそ、本当に? 期待してもいい?   呼吸が整ってきた由宇くんは決まりが悪そうに顔を背けた。 「~~っ 由宇くん♡♡」 「ちょ、抱きつくな! あっつい!」  嬉しすぎておかしくなりそう!   ほんとにあっつい。夏だからなのか、俺の体温があついのかわからない。でも離れたくなくて、抵抗する由宇くんをさらにぎゅっと抱きしめた。 「俺、騙してないよ。由宇くんのお人好しにつけこんだけど……自信なくて弱気になってたのは本当。由宇くんに断られたらどうしよって、最近そればっかり考えてた」  言ってもらうためにどんな手でも使ってやろうと思った。でも、無理矢理言わすよりも由宇くんの意思で言って欲しかった。  だから断られたらほんとにへこむし、その時は泣き寝入りしようとしてたぐらい……不安だったんだ。  耳もとでゆっくり話すと由宇くんは返事ともいえない声をだし、大人しくなった。  抱きつく腕を緩め、由宇くんと目を合わせる。赤くなった顔には戸惑いが見えた。  俺のこと嫌いなんだったら拒絶でもなんでもすればいいのに、そんな顔するから…… 「何回だって言うよ。ありがとう由宇くん。おめでとうって言ってくれて……ほんとにほんとに俺すっごく嬉しい……!」 「う……」    雰囲気に飲まれてぼーっとしている由宇くんの赤い唇にそっと近づく。  ハッと息を飲む音が聞こえ、由宇くんは強く口を引き結んだ。 「……隙あり!」 「おっと!」  大事なボイスレコーダーめがけて俺のポケットに手を伸ばした由宇くんをするりとかわした。 「くっそ……いけると思ったのに、ひらひら避けやがって!」 「ふふーん! そう簡単には奪わせないよ。俺もけっこう油断してたし、タイミングはよかったけどねぇ……あーあ、もうちょっとでキスできるとこだったのに残念」  由宇くんは悔しそうに顔を歪めた。  ……名残惜しいけどそろそろ終わりにしないと、翔太くんや玲依くんに見つかる。その前に退散しないとね。 「ごめんね、由宇くん。ずっと話してたいけど、今はもうおしまい。このボイスレコーダーのバックアップをとるまで誰にも捕まるわけにいかないから……じゃあね!」 「あっ、くそ! 逃げ足はやいな!?」  軽くピースを決めて、由宇くんを振り切る。少し離れたところで振り返ると、由宇くんはその場で肩を落としていた。俺を追いかける気力はまでは残ってないのか……俺としてはこのまま追いかけっこしてもいいんだけどね。  すうっと息を吸い、離れた由宇くんに呼びかける。 「来年のプレゼントはキスがいいなぁ!」 「ぜっっったい嫌だ!」  当たり前に返される言葉に自然と笑みがこぼれる。由宇くんに大きく手を振って、今にも咲こうとしているひまわりを眺めながら、軽い足取りで自分の実験室に向かった。  ふふ、10年分のおめでとうを味わないとね! 7月6日の誕生花、ひまわり。 ひまわりの花言葉は『あなただけを見つめる』

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