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バイト編プロローグ

「ゆーう!」  いつもの弾んだ声が聞こえて振り返ると玲依がキラキラと笑顔を輝かせてこっちに駆けてきた。  風邪の一件から、玲依は前よりもっと俺に構うようになった気がする。 「なんでお前はいつもそんな元気なんだよ……」 「由宇がいるからだよ。大好きな由宇に会えるだけで俺の世界は薔薇色!」  言葉通り、玲依の笑顔は薔薇色に輝いて見えた。  その答えは予想してたのに、つい聞いてしまった……毎度のごとく真っ直ぐなセリフに恥ずかしくなり「はいはい」とそっけなく返して再び歩きだす。  玲依は当たり前のように横に並んで歩きながら、明るい表情で俺の目を覗きこんだ。 「由宇はこれからどこにいくの? 今時間ある?」 「次のコマまでレポートしようと思って。どこでやろうか迷ってるとこ」  質問に答えると、玲依は瞳を瞬かせた。 「由宇が俺に何しようとしてるか教えてくれるなんて……! 前はすぐに逃げてたのに……!」 「はっ……」  何気なく言ってしまったことに気づき口を覆う。なんだかんだ、玲依につきまとわれるのが日常になっている気がする……! 「ねえっ、レポートはカフェでもできる? 俺とお茶しない?」  好機と言わんばかりにぐいぐいとくる玲依にたじろぐ。 「ナンパみたいな言い方だな……」 「そんな軽いのじゃなくて、ガチでお茶……というかデートしたい! お願い、一緒にケーキ食べよ! 俺のケーキ!」  玲依は瞳を潤ませながら手を合わせた。いつものあのおねだり顔だ。 「お前じろじろ見てくるから嫌だ! レポートぐらいゆっくりやらせろ!」 「じゃあ俺も課題する! 由宇のことあんまり見ないようにするから! 邪魔しないから!」 「あ~~もう! その顔やめろ!」  絶対見るくせに……!  カフェに入ると、爽やかな男の店員が玲依に気づき声をかけた。 「いらっしゃいませ……って髙月か。元気そうだな」 「こんにちは、井ノ原先輩」  ……わかってるのにまた流された……  ケーキ、ケーキって連呼するせいだ。ほんとにケーキ食べたくなっただろ……あと問題はその表情!   悔しくてその綺麗な顔を睨むが、視線に気づいた玲依は嬉しそうに微笑むだけだった。余裕ぶってるのがさらに悔しい……!   「今は空いてるから、好きな席座っていいぞ。ゆっくりしていけ」 「ありがとうございます。いこ、由宇!」  気さくな先輩だな。調理科のやってるカフェだし、玲依の知り合いもけっこう働いているんだろう。  井ノ原先輩……と言われた店員にすれ違い様に軽く礼をすると、じっと見られた後にこりと微笑まれた。 「……?」  なんだろう、あの表情……? 「由宇はさ、バイトしないの?」 「唐突だな」  席につきノートパソコンの電源を入れてすぐ、玲依が話し出した。邪魔しないって言ったくせに……と眉を寄せたが玲依の屈託ない笑顔に、文句を言っても無駄だと思った。 「前はレジしてたけど合わなくて辞めた。正社員もパートのおばちゃんもいい人たちだったけど、夜遅くなるのがキツくて……晩飯作る日もあるからその日は入れないし。生活リズムに合わなかったんだよ」  ふんふん、と真面目な顔で玲依はうなづく。こんな話聞いても面白くないだろ、と思いつつもそのまま話をしてしまう。 「愛想良くするのにも疲れてたけどな……あと客もあんまりよくなかったな。毎回俺のいるレジにくるおじさんとかいたし。なんかじろじろ見られて嫌だったな」 「え!?」  変に裏返った声に驚き目線をあげると、玲依の顔は真っ青になっていた。 「そそそそそれ絶対狙われてるやつ!!」 「いや、俺男だぞ。それはないって」 「あるよ! 由宇かわいいんだから、変な人に狙われてもおかしくない! 後つけられたりしなかった!?」  玲依は眉を寄せながらぐっと身を乗り出してくる。さらっとかわいいとか言っていたが、スルーした。 「……それはされてないと思う。その頃翔太がわざわざ帰りの時間に来てくれてたし。夜道ぐらいひとりで帰れるって言っても絶対あいつは譲らなかったな」 「やっぱつけられてたんだ……」 「ん?」 「ああ、いや、さすが名越くんだなって。悔しいけど頼りになるよ。由宇を守ってくれてありがとう……」  よくわからないことをつぶやきながら、玲依は外に向かって手を合わせた。 「奨学金はあるけど自由に使える金じゃないし、バイトまたやろうかな」 「ええ……っ めちゃくちゃ心配……」 「お前までそれ言い出すのかよ」  再びパソコンに目線を戻し、書きかけのレポートを立ち上げる。  翔太にもそればっかり言われたな……バイト辞めるって言った時にはかなり安心しているように見えた。そんなに俺危なっかしいのかな……? 「あっ」  急にあがった声にまた手を止めてしまう。やっぱりこいつといるとレポートが進みやしない。 「じゃあこのカフェでバイトするのはどう?」

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