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1日体験?
「それなら俺も見張れる……いや眺めれるし」
「言い直しても怖いぞ……」
名案を思いついたと笑顔で手をぽん、と叩いている。
「変なやつに目つけられないように牽制できるし、追い払える! 知り合いもいるから見張りやすいし忍びやすい! そう、このカフェなら!」
「どっちが変なやつだよ……」
調理科が運営しているこのカフェ。
詳しくは知らないが、調理科の学生がメニューを考えて料理を作り、提供しているらしい。学生がやってるのにウェイターとウェイトレスもいて普通のカフェと遜色ない。
むしろケーキに関してはここの方が美味いと思うし……って違う違う! これは玲依を褒めたんじゃなくて玲依のケーキ作りの腕を褒めたんであって……いやそもそも何考えてんだ俺は!
落ち着かない心を振り払おうと咳払いをする。
「このカフェ……って言われても、働けるのは調理科の人だけじゃないのか?」
「ここで働いてる人は調理科が雇ってる学生バイトって形になってるから、基本は調理科が多いけど他学部の人もいるよ。学部や学年が被ってないほうが空きコマも被らないからシフト調整しやすいらしいし、俺もたまに人不足で呼ばれて手伝いに厨房入ったりしてる」
「へぇ……」
けっこう意外だ。厨房もホールも全員調理科なんだと思ってた。玲依がその中で働いてるってことも。こいつ、こんなのだけど腕はいいし、助っ人で呼ばれるぐらいには信用されてるんだろう。
「由宇がここで働いてくれたら、あのウェイター服を着た由宇が見れる……!」
玲依は店員の方をチラッと見て、瞳をキラキラと輝かせながら俺に目線を合わせた。
ここのウェイターは白のシャツに黒のネクタイ、ベスト、ズボン。まさに思い浮かべるウェイター服、という格好をしている。
ちょっと見直した瞬間にこれだ。
「お前それが目的だろ」
「もう、それだけじゃないって! 由宇に合わせてシフト入れば一緒に働けるし! たぶん厨房に回されるけど……同じ空間にはいられるし、俺の作った料理を由宇に運んでもらえる……!」
キラキラと表情を明るくする玲依にため息をつく。
「結局それなのかよ……」
「でも好条件じゃない? 時給わりと高いし、夜も遅くならないよ」
「確かになあ……」
玲依の言うことはもっともだ。空きコマにシフト入れるみたいだし、夜は19時閉店だったはず……カフェにも興味あるし。
でも飲食店、しかもホールなんてやったことない。俺にできるのか……?
レポートなんて忘れてバイトのことを考えていると、快活な声が聞こえた。
「じゃあ体験してみるか?」
テーブルの横にはさっき玲依と話していた先輩立っていた。手には俺と玲依が注文したケーキがのせられたおぼんを持っている。
「……え?」
「井ノ原先輩、話聞いてたんですか?」
「お前の声よく通るからな」
突然のことに驚き、慣れた手つきでテーブルに置かれていくケーキと先輩を交互に見ていると、パチっと目があった。
「仕事内容が気になるんだったら、1日シフトに入ってみるのはどうだ? 人が少なめの時間ならゆっくり教えられるし、何かあっても俺がいればフォローできるから」
「えっ、そんなことできるんですか?」
井ノ原先輩は、にっと笑った。
「カフェの仕事をやってみたいと思うやつがいるならサポートしてやりたいからな。自分のためにもなるし」
「自分のため?」
「井ノ原先輩は調理科の4年生で、自分でカフェを経営するのが夢なんだって」
「へえ……!」
玲依の言葉に合わせて先輩は力強く頷いている。
「人に教えることも自分の経験になるし、働きやすい環境を考える機会にもなる……そういうことだ。何事も経験だと俺は思ってる。どうだ、やってみるか?」
何事も、経験……
俺はいつも先のことを心配して考えてばっかりしていた。けど、先輩がこうやって提案してくれてる。こんな機会はもうないかもしれない。
顔をあげ、先輩の瞳を見つめた。
「それなら……やってみたいです。よろしくお願いします!」
「じゃあ決まりだな」
「井ノ原先輩、さっすが! ありがとうございます!」
「もっと褒めとけ」
玲依は拍手しながら先輩を称えている。その喜びはどうせ俺のウェイター服目的なんだろう……
「そういえばお前の名前聞いてなかったな」
「尾瀬由宇です」
「尾瀬な、シフト調整するから連絡先教えてくれ」
先輩がポケットから取り出したスマホをちらちらと振った。俺もスマホを取り出すと、玲依がすごい形相で俺たちを見ていることに気がついた。
「玲依、なんだその顔」
「俺はすっごくいろいろ作戦を練ってたんだよ! ぐいぐいいったら引かれるから、こう、自然にさりげなくって!」
「ちょ、おまえ……!」
先輩の前で!! 嫌な予感しかしない。俺の焦りも気にせず玲依はそのまま話し続ける。
「それでやっとの思いで手に入れた由宇の連絡先をすんなりゲットしてる……先輩ずるい! でも由宇の恋人になるのは俺ですから! 負けません!」
「ばかか!?」
玲依はガタッと立ち上がり、先輩に向かって堂々と宣言した。
「あの先輩これは……違くて……!」
めちゃくちゃ恥ずかしくて慌てて玲依を座らせようとしたとき、先輩は陽気に笑った。
「いーよ、誤魔化そうとしなくて。髙月の好きな相手ってお前だろ?」
「!?」
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