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訪れる波乱

 カランコロン、と入店の音が鳴り、振り返った瞬間に視界が金色に染まった。 「いらっしゃいま……せ!?」 「由宇くん♡」 「うわっ七星! 飛びかかってくんな! こける!」 「ご注文は由宇くんでお願いしまーす♡」  勢いよく抱きつかれてもがいていると、その後ろから顔を出した翔太がいとも簡単に七星を剥がした。 「由宇に迷惑かけるな」 「こらぁ音石! 目を離した隙にこれだから……」  さらに後ろから顔を出した玲依とバッチリ目が合う。玲依の顔が真っ赤になるのに時間はいらなかった。 「う、わっ……ウェイター服の由宇、想像の何億倍もかわいい……! やば、一生見れる……」  さっきケーキのことでちょっと見直したと思ったらこれだ…… 「お前ら……」  さっきまで落ち着いていた店内が急に騒がしくなった。主に玲依と七星のせいで。自然とため息が出る。  来ると思ってたわ……  玲依と翔太には言ってたから来るのはわかる、でもなんで七星までいるんだよ。どこで聞いてたんだよ……  いや、それよりも! 「なんで3人一緒に来てんだよ!? てっきり別々に来るのかと……」  翔太は気まずそうに表情を歪め、つぶやいた。 「……利害の一致だ」 「は?」 「そうそう、誰かが抜けがけしないように互いに見張ってるわけ。ねっ翔太くん」  したり顔で七星は翔太を揶揄っている。  どういうことだよ…… 「ね、由宇、写真撮ってもいい?」  そわそわとスマホを構えた玲依のシャツの首を七星は思いっきり掴んだ。 「抜けがけ禁止だって言ってんだろ。さ~~玲依くん、席に行こうねぇ」 「さっき由宇に抱きついたのはどこの誰ですか~!? ちょっ、苦しい! 首しまってる!」 「由宇くん、空いてる席座ってもいい?」 「あ、うん」 「ありがと♡」  意外にも常識的に席を聞かれて拍子抜けした。  七星はにっこりと笑いながら、騒ぐ玲依を窓ぎわの席まで引きずっていった。  店内の視線はすでに2人に集まっている。あいつら目立つんだよな…… 「由宇」  翔太に声をかけられ、目線を合わせる。 「順調か?」 「うん。教えてくれる先輩は優しいし、けっこう楽しくやれてる」 「ならよかった。頑張れよ。あいつらは俺がなんとかするから」  メニューを見ながら、さっそく何か言い争いをしている問題児2人の声が聞こえる。 「……はは……頼んだ」  波乱の予感しかしない…… * 「こんにちは、井ノ原先輩」 「よう髙月。尾瀬の様子見にきたんだな」  井ノ原は持ってきたお冷とおしぼりを手際良くテーブルに置いていく。 「由宇の様子はどうですか?」 「尾瀬は愛想も手際も物わかりもよくて教えがいがあるな。1日限定じゃ惜しい。このまま働いてもらいたいな……っと…… 髙月、このすっげえ睨んでくるイケメン2人はなんなんだ」  自分に集まった威圧を感じた井ノ原は玲依に助けを求めた。 「ああ、この2人は由宇を褒めても貶しても何言っても睨んでくるので、気にしないのが吉です」 「すげえ厄介だな」 「名越くん、音石。由宇に接客教えてくれてる井ノ原先輩だよ」  2人の性格にもだんだんと慣れてきた玲依は、顔をしかめる井ノ原を気にせず紹介をし始める。  先ほど由宇が言っていた"優しい先輩"という話を思い出し、翔太はぺこりと礼をした。 「由宇の幼なじみの名越です。由宇がお世話になります」 「いやいや、こちらこそ。そっか、幼なじみか~尾瀬のこと心配なんだな」 「幼なじみずるい……」 「それは仕方ねーだろ。頑張れ」  一応玲依を応援している井ノ原は頰を膨らませる玲依の背中を叩いてやる。  そんなやりとりを無言で見つめた七星は鋭い目を井ノ原に向けながら、口角をあげた。 「ねえ、おにーさん……まさか由宇くんのこと好きになってないですよね? これ以上邪魔者が増えるのは困るなあ。由宇くんは俺のなんで」 「うわ……綺麗な顔して毒々しいなお前」  頰を両手で包み、かわいく首をかしげる七星の目は笑ってなかった。 「綺麗な花には棘があるってやつです♡ 俺は音石七星。よろしくお願いしますね、おにーさん」 「どこが花だよ。さり気なく俺のとか言いやがって。こいつ、やばいやつなので気をつけてください」  せわしないやりとりに井ノ原はふぅ、と息をつく。 「うん、お前らの関係が拗れてるってことはわかった……あ、尾瀬が困ってるから行ってくるわ。注文のときまた呼んでくれ」  由宇の方にあっという間に駆けていく背中。3人はただ無言で見つめることしかできなかった。 「……やっぱいいなぁ、一緒に働くの」  誰に言うでもなく、玲依の想いが溢れた。

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