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恋敵たちのとりとめのない会話
「お待たせしました」
出来上がった料理を持ってあいつらのテーブル横に立つ。めっちゃ見つめてくるし正直近寄りたくないが、これは仕事、仕方ない。
途中3人で何か話しているっぽかったけど、翔太が抑えてくれているからか店内中には声が聞こえていなくて安心した。
メモに書いたメニュー名を読み上げ、料理を置いていく。さっさとここから退散したい。
「ねえ由宇くん。もえもえきゅん♡ ってしてほしいな。それでこのオムライスの文字は"七星大好き♡"でお願いしまーす♡」
「店が違う!」
メイドカフェでやってもらえ。それにこのオムライスには既にデミグラスソースがかかっている。
甘えた声でハートをつくる七星から目を逸らすと玲依がスッと手をあげた。
「チェキは1枚何円ですか!?」
「お前も店違う!!」
ビシッ!
……ツッコミを入れると同時に、翔太が素早く問題児2人にデコピンをした。玲依と七星のおでこから硬い音が響き、「痛っ!」「暴力反対!」と声をあげ痛みに耐えている。
「冷めるからさっさと食べろ。由宇、こいつらは俺が見とくから」
「あ、ありがと、じゃあ戻るわ」
デコピンとは思えない音したな……
*
ようやく痛みが引いてきた玲依と七星は由宇が運んだ料理に手を伸ばす。
「名越くん手加減ゼロ……」
「あーもう、マジで痛かった。俺のすべすべ真っ白なおでこが赤くなっちゃった」
七星はオムライスを口に運びながら反対の手でおでこをさする。
「デコピンで済ませてやっただけ良いと思え」
「厳しいなあ……でも負けない……!」
玲依がそう呟き、食器の音だけが響く沈黙が訪れた。
が、七星はすぐに口に含んだオムライスを飲み込み顔をあげる。
「翔太くんは由宇くんになにかご注文♡しないの?」
「由宇がうまくやれてるならそれでいい」
翔太は少しだけ由宇に視線を移したが、2人に気づかれないようすぐに戻した。
「なにその余裕……!?」
「チッ……幼なじみの余裕ってやつね。ムカつく。聞いて損した」
玲依と七星は澄ました態度の幼なじみに怒りを向けるが、翔太は気にもしない。
「黙って飯も食べられないのか」
「いーじゃん、ライバル同士仲良く談笑でもしようよ。ね~玲依くん」
玲依は紅茶の注がれたティーカップをそっと置く。ころころと表情を変える七星を疑り深く睨む。
「怪しい……なにか企んでるだろ」
七星は手を口もとに当ててわざとらしく驚く仕草を見せた。翔太も少しだけ目を見開く。
「わかっちゃった? 真っ正直なバカだと思ってたけど案外人のこと見てるんだねえ」
「は、俺のことバカだと思ってたの!? もしかして名越くんも!?」
「意外だなと思った」
「バカだって思ってるじゃん!」
俺だっていろいろ考えてるんだから!と文句を言いながら玲依は注文したケーキを食べ進めた。
「名越くんはここに来た時よくそれ食べてるよね。好きなの?」
ふと疑問になり翔太が食べている、グラタンにサラダがついたランチセットが玲依の目に入る。
結局話すのかよ……と七星は思いながらひとまず翔太の反応を伺う。
「……なんで知ってるんだ」
「あ、しまっ……いや俺は何も知りません」
玲依の反応があからさますぎて七星は吹き出した。
「見てたんだ~ストーカーじゃん」
「違う! 俺はカフェで俺のケーキを食べてくれる由宇を見てたの。名越くんが由宇といつも一緒にいるから目に入るだけで……!」
「そっちを言っちゃうんだ」
玲依がしまった!と目を丸くすると、翔太の周りに黒いオーラが立ち込めた。
「勝手に由宇を見るな」
「み、見るぐらいいいじゃん! 理不尽……!」
「よくない」
見るとか見ないとか、子どもみたいな言い争いをしているのが愉快で、七星は腹を抱えて笑った。
「音石はなんでオムライス?」
一息つき、今度は七星に話しかける。
「うーん、別になんでもよかったけど最近卵料理食べてないなって思って。だいたいの食事はカップ麺だから」
興味なさそうにアイスコーヒーを飲みながら淡々と語る様子に玲依は身を乗り出す。
「カップ麺が主食って!? 偏りすぎだろ! ちゃんと食べないと身体壊すよ!」
「作るのめんどくさいし。俺がいいんだからよくない? 他人の心配してどーすんの」
「そうだけど! 不摂生な食生活は調理科の血が騒いで気になる……! それなのになんで肌も髪も腹立つぐらい綺麗なんだよ意味わからない……」
「俺だからね」
ふふ、と首を傾けながら笑うと金の髪が窓から差し込む陽に照らされてさらさらと揺れた。
その姿を見せつけられた玲依は眉を寄せる。
「はあ……今はよくても将来はどうなるかわからないんだから。ちゃんと朝昼晩、好き嫌いせずにバランスよく食べることを心がけた方がいいよ」
真っ直ぐに自分を心配する瞳が七星を映す。
「……っ」
間を誤魔化すように目を逸らし、再びオムライスに手をつける。
「敵相手なのに……変なの。お人好し」
「? 気になるし普通に心配だから」
そんなこと当たり前だろ? と首をひねる玲依に拍子抜けしてしまう。
「だからそれがお人好しなんだよ。やっぱりバカじゃん。てか玲依くんさ、自分の考えたケーキ自分で食べてるの? ナルシスト?」
玲依が食べているケーキに向けて指をちょんちょんと振る。プレートにタルトとシフォンケーキ、アイスが盛りつけてある。
「お前に言われたくないよ。実習で作ったものを昼ごはんとして食べたから、これはデザート。自分のケーキを注文してるのは客観的に食べるためだ。まあ俺のケーキがいちばん美味しいけど」
堂々と胸を張る玲依に呆れた笑い声が溢れる。
「結局ナルシストってことね……」
玲依は同じテーブルに並んだオムライスとグラタンに目を向ける。
「音石も名越くんも俺のケーキ注文してないし。絶対美味しいから食べてよ。それで俺のこと認めて。由宇の隣は俺だって認めて」
「今はケーキの気分じゃない」
「甘いもの得意じゃないんだよね~」
軽く流されてショックを受けたが、玲依はそれだけではへこまない。
「くっそ……絶対いつか食べてもらうから……! 由宇だって美味しいって言ってくれてるんだから!」
ムスッとしながら勢いよくケーキを頬張る玲依の姿を七星はじっと見つめた。
「そんなに美味しいの?」
「そりゃそうだよ。……え、気になるの?」
「……」
じ……と口を結びケーキを凝視する緑の瞳。
玲依は少し視線を彷徨わせ、
「はい、食べてみれば?」
……と、ひとくち分をとったフォークを七星の目の前に突き出した。
七星はぱちぱちと瞼を揺らしフォークに向けて眉を寄せた後、ぱくんと口に入れた。
小動物に餌付けするみたいだな……と心の端で玲依は思う。
「どう?」
しかめていた顔が、咀嚼のたびに驚きと喜びを混じらせた表情に変わっていく。
ごくんと喉が鳴り、言葉が溢れ落ちた。
「……え、美味しい……」
七星の見たことない表情に目を丸くした玲依と翔太は互いに見合わせ、もう一度七星に視線を戻す。
「そんな顔するんだな……」
「ね……舌は狂ってないんだ……」
七星は口を尖らせる。
「俺のことどー思ってるわけ? 食べ物には興味ないけど美味しいものは美味しいって言うよ。これならまた食べてみよっかなって思った」
「そりゃ俺の自慢のケーキだからね。でも素直な感想、嬉しい。ありがとう」
褒められて表情を明るくした玲依が妙にキラキラしていて、七星は顔を背けて鼻を鳴らす。
「……由宇くんが美味しいって言うんならって興味が湧いただけ。ほんと玲依くんってムカつく」
「ふっふっふ。俺のこと見直したって素直に言えばいいのに」
自信満々のケーキが本当に美味しいことも、ライバル相手なのにお礼を言ったり嬉しそうにしてるところも、全部ムカつくんだよ……と七星は悔しそうに顔を歪めた。
得意げに笑う玲依は、今度は翔太にひとくち分をのせたフォークを差し出す。
「はい、名越くんも!」
「気分じゃない」
「この流れで断るの!?」
声を張り上げてツッコむ玲依に七星はまた吹き出してしまう。
「あはは! かっこつかないなあ、玲依くん!」
「あいつら、わりと仲良いんだな」
3人のテーブルから少し離れたところで井ノ原は由宇にこっそり話しかけた。それだけでも一瞬鋭い視線を感じた気がしたが……
「そう見えますかね……?」
「なんかさっき髙月が音石に、ケーキをあーんして食べさせてたぞ?」
「え? どういうことです?」
井ノ原は楽しそうに笑ったが、状況が全く浮かばない由宇の中には疑問が残るだけだった。
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