59 / 142
集客力
波乱の3人が来店してから約1時間後……
「尾瀬、7番テーブルの注文取りにいってくれ!」
「はい!」
「それ終わったら3番テーブルに水頼んだ! 俺はレジに行くから!」
……さっきからめちゃくちゃ忙しくないか……!?
と思いながら、慣れないながらも店内を駆け回っていた。
隙を見て井ノ原先輩に近づく。
「井ノ原先輩、やたら忙しいですけどいつもこんな感じですか……!?」
「いや、この時間はそうでもないはずだが、今日は特別多いな……ホール2人で回せないぞ」
そのとき、入店した女子の声が聞こえてきた。
「まだいるかな、イケメンたち」
「あっ、あの3人じゃない? 噂どおりめちゃくちゃイケメンじゃん!」
は……?
先輩と目を合わせる。まさか、と近くのテーブルの女子グループにも耳をすませる。
「ねぇ、あの中だと誰派? 私は茶髪の優しそうな人かな~」
「金髪のかわいい子!」
「真面目そうなイケメン」
その隣のテーブルでは、
「カフェにイケメンいるって友達にメッセージ送っちゃった」
「私も! 気になるから行くって返信きた」
気づけば店内は8割女子。
……この忙しさの原因、あいつらじゃねえか……
「ごちそうさま。初めて来たけど美味しかったよ。由宇くんをオカズにしてるからかなぁ」
「言い方!」
「殴るぞ」
「暴力はんたーい」
接客の合間を縫い食べ終えてからも雑談をしている、忙しさの原因であるイケメン三銃士のテーブルに乗り込む。
「お前ら!! 食い終わったなら出ろ! お前らの顔のせいで店が大混雑してんだよ!」
「まだ由宇くんを食べてませーん!」
勢いよく手を挙げる七星を翔太が無言で叩いた。玲依は
「由宇、俺たちのせいって……?」
首をかしげる3人に顔を近づけ小声で怒りをぶつける。
「テーブルの女子たちを見ろ。ほぼ全員、お前らの顔が見たくて集まってる! カフェにイケメンがいるってこの短時間で噂が広がって客がめちゃくちゃ増えて、こっちの手が足りなくなってんだよ!」
3人はひょい、と店内を見渡し、もう一度顔を集める。
「本当だ……みんなこっちをチラチラ見てる」と玲依が言い、翔太が頷く。
「これだけ見られて気づかないのか!?」
「俺たち由宇くんのことしか見てないからねぇ」
七星はそれでも楽しそうに口角をあげている。
「この2人が噂されているのは分かるが……俺は残っていいだろ」
「お前もじゅうぶんかっこいいの! 自覚持て!」
翔太は意味が分からないと言いたげに眉を寄せた。その顔もキリっとしてかっこいいんだよ……
「……仕方ない。出るぞ」
「やだよ、俺は由宇くんと離れたくない」
「俺も由宇を見ていたい!」
「我儘言うな。由宇を困らせてるだろ。ほら立て」
翔太が駄々をこねる玲依と七星の腕を引っ張っている。親……というか幼稚園の先生と子どもみたいだな……
こっちはなんとか帰ってくれそうだし、翔太に任せて接客に戻るか。と考えていると、井ノ原先輩がこちらに向かってくる姿が見えた。
「いい事思いついた!」と元気に言いながら玲依を見据えた。
「ほかのバイトが捕まらないんだったら、髙月! お前に働いてもらえばいいんだ!」
「え、俺!? ホールの経験ないですけど……」
「それでもいい、猫の手でも借りたいぐらい忙しいんだ! お前ならできるだろ!」
玲依はなぜか俺の顔を見た後、目を輝かせて自信満々に頷いた。
「やります!」
「よし、奥に予備の制服があるから着てこい! スタッフルームの空きロッカーにあるから」
「先輩のこと羨ましいって見てたんです。由宇と働けるの嬉しいなぁ!」
ウキウキしながら玲依は厨房のほうにあるスタッフルームへの扉に向かっていった。
期待を裏切らない言葉に全員が静まる中、井ノ原先輩が口を開く。
「やっぱりそう言うと思ったんだ。髙月にはたっぷり働いてもらおう」
先輩、玲依の扱いに慣れてるな……
まあ玲依ならやったことないホールでもできるんだろう、と少し安心してしまう。
「尾瀬、髙月がきたら楽になると思うから、頑張ろう!」
「はい! じゃあな、翔太、七星」
2人にはこのまま帰ってもらうのがいいだろう。玲依と一緒じゃなくても十分集客力あるし。そう思い、静かになった翔太と七星に別れを告げたんだが……
「ねぇ、おにーさん」
ここで引き下がる七星ではなかった。
ともだちにシェアしよう!