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七星の企み
「おにーさん」と呼ばれた井ノ原先輩が爽やかな笑顔で振り返る。
七星のこの顔……嫌な予感がする……
「俺たちもお手伝いさせてもらいたいなぁ」
「は!?」
「俺……たち?」
固まった俺と翔太を横目に、井ノ原先輩に近づいていく。
「猫の手でも借りたいぐらいなんですよね? それならぜひ♡」
「確かになぁ……」
検討し始めないでください、井ノ原先輩!
「いやいや、さすがに、七星はどうかと!」
「ひどーい由宇くん。俺が役立たずってこと?」
「そういうんじゃなくて! お前がなにしでかすかわからないから嫌なんだよ!」
七星がぶっ壊れているのは百も承知。まともに働いてくれるとは思えない。
翔太も七星を止めようと、首もとの服を掴む。首根っこを掴まれた猫みたいになっている。
「さりげなく俺を巻き込もうとするな。駄々こねずにさっさと店を出るぞ」
「俺1人じゃ絶対許可してもらえないし。翔太くんが見張ってるなら俺も働いていいでしょ? 玲依くんだけいい思いするなんてずるいと思わない? だからお願い、おにーさん!」
七星は服を引っ張られながらもすがるように、考え込む先輩の袖を持つ。
いくら先輩が優秀だからって、新人4人を同時に面倒見ながら接客なんてできるわけが……
「音石の気持ちはわかった。やるからにはしっかり働いてもらうぞ」
「ええ!?」
できるのか!?
七星は緑の瞳を輝かせてバンザイをする。翔太はそんな七星を睨み、顔をしかめた。
「やったあ! ありがとうございます、おにーさん♡」
「お前なぁ……」
「あの奥の扉入って右側にスタッフルームがある。髙月に制服の場所教えてもらってくれ」
「はーい。行ってきます♡」
「接客とか向いてないんだが……」
意気揚々とした七星はうなだれる翔太を引きずりながら奥に消えていった。先が思いやられる……!
「先輩……大丈夫ですか、そんな新人増やして! 先輩が倒れないか心配なんですが!」
「俺は追い込まれて忙しくなるほど頑張れるから、大丈夫だ! よし、あいつらの顔面集客力を使って『カフェ・ルセット』史上最高売り上げを記録してやる……! よーし、ばんばん働くぞぉ!」
井ノ原先輩はガッツポーズで気合を入れながら呼ばれたテーブルに向かっていった。
薄々気づいてはいたけど、脳筋だ……
少し経ち、スタッフルームのほうからきちんと制服を着こなした三人がホールに出てきた。スタイルも顔もよくて、呆れるほど様になっている。
「名越くんの筋肉やばかった……腹筋も肩も……俺も鍛えよ……」
「俺、筋肉つきにくいんだよね~いいなあ。ちょうだい?」
「やらん。人の体をじろじろ見るな、触るな」
ちょうど手が空いていたので、翔太の腹筋を遠慮なくバシバシ叩いているところに近づく。
「ああ、翔太の筋肉すごいよな。俺もたまに触らせてもらってるし。憧れるよなぁ」
「「え?」」
玲依と七星の鋭い視線が翔太に集まった。
「まあ、鍛えてるからな」
「得意げだ!! めちゃくちゃ得意げ!! 俺たちに触られてあんなに嫌そうにしてたのにその顔何!?」
「やっぱ筋肉ちょうだい……?」
そこに、にこにこと笑いながら、でも素早く井ノ原先輩が駆けてきた。厨房へ続く通路に手招きをされ、全員で向かう。
「うん、バッチリだ。三人とも似合ってるな! 未経験なとこ悪いけど、しっかり働いてもらうからな! わかんないことは遠慮なく聞いてくれ。はい、みんな手を合わせて」
井ノ原先輩は右の手のひらを下に向け、正面に差し出した。玲依以外が首をひねる。玲依は頷き、井ノ原先輩の手に自分の右手を重ねた。
「調理科ではよくイベントごとの前にやるんだよ。気合入れみたいな感じ!」
「なるほど」
玲依の手の上に自分の手を重ねる。と、間髪入れずに七星の手が重ねられた。七星は熱っぽい視線で口角を上げた。翔太は七星を睨みながらその上に手を置いた。
井ノ原先輩は、にっ、と人懐こい笑顔を見せ、掛け声を言った。
「それじゃあ、『カフェ・ルセット』イケメン効果でバズって食堂の売り上げ越え大繁盛、そして調理科全員ビビらせてやろうぜ作戦、頑張ろー!」
「おーー!」
思わず「長!」とツッコみそうになったが、井ノ原先輩と玲依の元気いい掛け声にかき消された。重ねた手は一度下におり、勢いよく上にあげられた。
「おにーさん、見た目のわりにがめついですねえ。俺たちを利用する気満々じゃん」
「はは、お前だって手伝うってのは建前のくせに。利用してんのはそっちも同じだろ。頑張って働いてくれよ」
にこにこと笑顔で会話しているが、内容が内容で、玲依と顔を見合わせた。
こうして、カフェバイト体験は予想もしていない方向に舵を切ることになってしまった。
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