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頼れる先輩は板挟み
三人が手伝いに入ってから、お客さんはさっきよりも増していた。カフェはわりと広い。テーブルは20、それぞれイスは4脚ある。80席もあるのに常に満席状態で、待っているお客さんがいるため、一定時間を超えたら席を立ってもらっている。
分担は主に、メニューが頭に入ってる玲依が注文を取ったり、運んだり。接客が苦手な翔太は会計をやってもらい、七星は表面上は人当たりがいいのでお客さんの案内をしてもらっている。俺と井ノ原先輩は臨機応変に全体的な対応。井ノ原先輩が的確な指示を出してくれ、新人の俺達でも困ることなくスムーズに働けた。
少し手が空き、店内を見渡していると井ノ原先輩が隣に立った。これだけ働いているのに、疲れている素振りが全くなくてさすがだな、と内心思う。
「いやぁ、こんなに席が埋まっているのは初めて見た。あいつらも尾瀬もよく働いてくれるし、助かったよ」
「ありがとうございます。あいつらの集客力すごいですね……」
噂がさらに広がっているのか、店内はほぼ女性客ばかり。
近くのテーブルで七星と女性客が話す声が聞こえた。
「お兄さん、お名前なんて言うんですかー?」
「俺? 俺は音石七星。ななせくんって呼んでくれて構わないよ、おねーさん♡」
七星が満面のスマイルを広げると、周りのテーブルまで歓声が広がる。なんか店が違う方向に……
「ご注文は何にする? シャンパンいっちゃう? 有名なやつ……なんだっけ、玲依くん」
七星は料理を運んでいる玲依を呼び止めた。
「ドンペリ?」
「そうそう、それ。ドンペリ一本入りまーす♡」
「いやここホストクラブじゃないから! お前が言うと妙にそれっぽいからダメ! 普通の接客しろ!」
玲依がつっこまなかったら耐えかねてつっこみに突撃するところだった……七星にいちいち構っていたらキリがないから気にしないのがいちばんなんだけど……!
玲依と七星の様子を見て井ノ原先輩はあっけらかんと笑った。
「思ったよりもあいつらギスギスしてないよなぁ。友達と書いてライバルと読む感じなのか?」
「そんなことより、あそこホストみたいになってますけど……」
人選間違えたかもなあ、と特に気にしている風もなく笑い飛ばしている。
「やっぱりイケメンが集まると違うな。俺はお客さんが喜んでくれるなら嬉しい。ホストはちょっと俺のやりたい方向性と違うけど……そのうち全員雇って執事カフェでも始めるかなあ。儲かりそうだろ?」
「……繁盛するとは思います。……でも、井ノ原先輩も十分かっこいいですけど」
イケメンなのもあるけど、『カフェを経営する』という、はっきりと決まった夢があるところや、そのために一生懸命働いて努力しているところがかっこいいな、と思った。
数センチだけ背の高い井ノ原先輩を見上げると、爽やかな整った顔が一瞬固まり、すぐにまた笑顔に戻った。
「俺を褒めてもなんも出ないぞ~? なんも出ないけど嬉しいからなでなでしてやろう! よしよし!」
「あはは…… や、ちょっとつよすぎません……!?」
脳が揺さぶられるぐらい強くがしがしと撫でられた。
撫でられていると、次のお客さんが入店してくる姿が見えた。同時に気づいた井ノ原先輩が手を止め、歩きだそうとしたところに、声をかける。
「俺行ってきます!」
「そっか、ありがとな」
こんなことになったのは俺のせいでもあるし、井ノ原先輩には少しでも休んでもらいたい。倒れたりなんかしたら申し訳なさすぎる。
*
「……先輩ぃ……?」
由宇が入口に向かう姿を見届けた井ノ原はドスのきいた声に振り返る。予想通り、玲依が綺麗な顔を思いっきり歪めていた。
「怖い顔すんなって!」
「顔赤くなってましたよ!?」
「褒められ慣れてないんだよ俺は……って、そこまで見てたのかよ!」
「そりゃあ、見てますよ! 俺は由宇から片時も目を離したくないんですから……寝る時間以外すべて、いや夢でも由宇を見て24時間体制で網膜に刷り込みたいんです!」
うわ……と小さく声が出てしまい、井ノ原は非常に微妙な表情で告げた。
「……だいぶやばい方向にいってるな……それ、尾瀬には絶対言うなよ。最悪口聞いてもらえないレベルだぞ」
玲依は口もとに手を当て、少し考えたあと顔をあげた。
「口滑らせてこういうこと言っちゃってドン引きされたことも幾度となくありますが……」
「あるのかよ」
「それでも愛想はつかされていないので! 完全に嫌われてはいないと思います! てかむしろけっこうイケてるんじゃ……とか! この前だって……」
「あー、尾瀬、名越と楽しそうに喋ってるぞ」
若干棒読みで井ノ原はレジの方向にくいっと親指を向けた。夢見心地で語っていた玲依はすぐに焦りだす。
「幼なじみ感がやばい、ずるい! 止めないと……(?)」
「お、次の料理できたぞ。あれ10番テーブルに運んでくれ」
玲依が飛び出そうとしたところで、厨房からホットサンドとコーヒーのセットがカウンターに並べられた。
「先輩ひどい! 俺のこと応援してるって言ってたのは嘘だったんですか!?」
「嘘じゃねえけど、今お前はここの店員だ。恋に現を抜かす前にちゃんと仕事をしてくれ」
「そんなぁ……」
しぶしぶと玲依はおぼんを持ち、どこか重い足取りで10番テーブルへと向かった。
「……幼なじみは幼なじみで、いろいろとありそうだけどなぁ」
「じゃあ、俺はなんなんでしょうね」
「うわっ!?」
突然、真隣で聞こえた声に井ノ原はのけぞる。そこには七星が自嘲気味に笑っていた。
「なんだ、いたのか音石」
「翔太くんは幼なじみ、玲依くんは由宇くんの気持ちに寄り添って、由宇くんの心の隙間を埋めようとしてる。じゃあ、俺の立場はなんなんだろうって」
「お前、ヘラヘラした態度のくせにそんな真面目なこと考えてるのか」
井ノ原は目をぱちくりさせながら七星をまじまじと見る。七星は不服そうに口を曲げた。
「おにーさんは知らないかもしれないけど、俺は理学部では相当賢いほうなんだよ。頭脳戦と心理戦が得意なんですー」
「意外。深く考えるタイプなんだな。それなら自分の得意なことをやればいいんじゃないのか? 幼なじみはなりたくてなれるもんじゃないし、髙月みたいに尾瀬の気持ちを考えてやってさ……」
「俺にはできないよ」
七星は目を伏せた。どこか泣きそうで不安定な、そんな表情だと井ノ原は感じた。
「人の気持ちとかよくわかんないし。真剣に考えたことないから。相手の欲しがってる言葉をあげるなんてできない。わからないから、無理やり引き寄せることしかできない」
(惨めだな。由宇くんに会えて、どんな手を使っても由宇くんを手に入れるって決めたのに……すぐそばにいるのに、届かない。むしろどんどん遠ざかっている気さえする)
「今まではそうだったとしても、これから考えていけばいいんじゃないか?」
七星は伏せていた視線を井ノ原に向け、蛍光灯を反射させて輝く緑の目を大きく広げた。
「……これから……?」
「そ、これから。まだ髙月と付き合ってるわけじゃないんだし、これからでも遅くはないだろ?」
井ノ原が晴れやかな笑顔を向けると、七星は馬鹿にしたような笑みで笑い返した。
「……おにーさんさあ、玲依くんのこと応援してんじゃないの? 敵に塩を送っちゃってない?」
うーん、と井ノ原は少し首を傾げた後、再び口角を上げた。
「髙月は面倒見てるかわいい後輩だからな。そりゃあうまくいってほしい。けどその前に相手の気持ちがいちばん大事だろ。尾瀬が選んだんなら、相手が髙月だろうと名越だろうとお前だろうと、俺はいいと思う」
「ふーん……」
「お前、根は悪いやつじゃなさそうだしな。なんだかんだ働いてくれてるし」
七星は目を光らせ、さっきまでとは打って変わって可愛らしく両手で頬を包んだ。
「俺が一途で純情で清廉潔白で綺麗でかっこいい、そんな男だと思ってるんですね。おにーさんは見る目があるなぁ♡」
「そこまでは思ってないぞ。俺が見る限り、性格真逆だろ。あ、見た目は綺麗だけどな」
わりと鋭くお見通しされていて、七星は小さく舌打ちしながら腕を組んだ。
「音石さ……俺にそんな事情話したってことは、相当思い悩んでるんだろ?」
「べっつに。こういうことって無関係の人のほうが話しやすいっていうじゃん。本当にそうなのかなって試しただけ」
ふん、と顔を逸らす七星の態度に、井ノ原はつい吹きだしてしまう。
「ははっ、かわいくないなぁ。じゃあそういうことにしておいてやるよ。これからも相談ぐらいならのってやるからさ。遠慮なく飯でもケーキでも食べに来いよ。そしてしっかりお金を落としていけ」
「やっぱりがめついなぁ、おにーさんは」
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