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双子はそっくり
「はい、こちらのお席にどうぞ」
投げやりに二人掛けのテーブルに案内した。座ってからも二人はずっと微笑ましく見てくる。すごく居心地が悪い。
「じゃ、俺はこれで……注文決まったら俺じゃない人を呼んでくれ」
「なんでー? もっと話そうよ、恋バナしようよ」
「私にももっと詳しく事情を聞かせてほしいな」
「そういうんじゃないって言ったろ! 別に話すことはないって」
他のお客さんの手前、荒い言葉づかいを聞かれるわけにはいかない。それでもからかってくる二人に小声で文句を言っていると、近くのテーブルで注文を取り終えた七星と目が合う。
素早く手招きすると、いっきに表情を明るく変えて軽い足取りでやってきた。
「どうしたの、由宇くん♡ 困ってるの? 俺が由宇くんを救う王子様になってあげようか?」
「うん、困ってる。だからここは頼んだ。この注文は俺が厨房に持っていくから!」
「ええっ、それだけ? 全く心がこもってないよ! もっとかわいく頼んでほしいのにぃ……!」
この際、七星でもいい。あの二人は俺の手には負えない。引き留める七星の声を背中で聞きながら、俺は早歩きでその場を離れた。
*
「はぁ、つれないなぁ……でもせっかく由宇くんに頼まれたから……ちょっとくらい頑張るか……」
肩を落として独り言をつぶやいた七星は、見るからにがっかりしながら「ここは頼んだ」と任されたテーブルの二人組を見据えた。
「……ん? あれ、玲依くんの双子の妹ちゃんじゃん」
好奇心に駆られ、七星の瞳は輝きを取り戻した。
「玲依の知り合い? あっ、その金髪に緑の目……もしかしなくても音石くん!?」
「うわっ、この子めちゃくちゃ美形! お人形さんみたい! かわいいのにかっこいい、黄金バランス……!?」
同時に指をさされた七星は怪しげな笑みを浮かべ、執事のような礼を見せ、顔をあげる。
「どうもはじめまして、玲依くんの恋のライバルの音石七星だよ。近くで見るとほんとに玲依くんにそっくりだなぁ……妹ちゃんとは一回話してみたいと思ってたんだよね」
「わあ、玲依が言ってた通りムカつくほど綺麗な顔してる! ……ってどうして私のこと知ってるの?」
「敵のことは知っておかないとね?」
「うわ……聞いてたとおりやばい人だ……」
不敵に笑う七星とドン引きしている芽依を交互に見比べた花乃は、話に割って入った。
「待って、話が見えないんだけど、芽依、この金髪イケメンくんとはどういう関係なの!? 芽依のストーカーとかではないよね!?」
「えーと、どう言えばいいんだろう」
危機感を感じた花乃によって芽依は勢いよく手を掴まれた。説明に迷い首をひねっていると、七星が話を引き継いだ。
「あんたが誰か知らないけど、教えてあげる。俺はね、さっきあんたらと話してた、由宇くんのことがずーっと前から好きなんだ。10年も前からずっと想い続けてるの。なのに玲依くんも由宇くんのことが好きなの。玲依くんは邪魔なんだよ」
「ほう……」
棘のある物言い、笑いながらもエメラルド色の奥に隠れた激情。
あまりある恋心を察した花乃は頷きながら、綺麗な顔の中に渦巻く欲望、蠱惑的なその笑顔をじっと見つめていた。
「由宇くんと結婚するのはこの俺だから。以後お見知りおきを♡」
それでも怯むことなく、芽依は堂々と宣言した。
「いーや、尾瀬くんと結ばれるのは玲依だから! いくら音石くんがヘタレでバカな玲依よりハイスペックで頭良くて戦略的だとしても玲依は負けないから!」
「言いかかってくるなんて、生意気な妹ちゃんだねぇ……」
そんなところまで玲依くんとそっくりなのか、と呆れていると、芽依の背後から噂の人物が顔を覗かせた。
「め~~い! さりげなく俺をディスるのやめろ!」
「玲依! 聞いてたの!」
「芽依の声がすると思って来てみれば……誰がヘタレでバカだって?」
玲依は口を尖らせながらも、おぼんに乗せて持ってきたお冷をテーブルに置く。その姿に七星はクスクスと声をあげた。
「妹ちゃんの言う通りだと思うけど? ヘタレでバカ正直でお人好しの玲依くん?」
「増やすな!」
「芽依の隣に髙月くんが……! それに音石くんも加わって……美麗すぎて後光で目潰れるわ……!」
眩しそうに手をかざしながら目を細める花乃に玲依は笑いかける。
「花乃ちゃん久しぶり、相変わらずだね」
「ごめんなさい、挨拶もせずに。お久しぶり、髙月くん」
「いつも芽依の面倒見ててくれてありがとう。騒がしくて大変だよね」
「ううん、そこがかわいいから」
「それほどでもあるなあ」
褒められたのか微妙な話だが、気にせず芽依は得意げだ。
芽依を揶揄ってやろうと思っていたのに、玲依の割り込みにより阻害された七星はおもしろくなさそうに肩をすくめた。
「あーあ、せっかく楽しくおしゃべりしてたのに、邪魔されちゃった」
「お前と楽しく喋れるとは思えないけど」
七星は、ふふ、と妖しげに笑った。
(せっかく由宇くんに頼まれたけど、興醒めしちゃった。どうせ由宇くんはこっち見てくれてないし、もういいや)
「妹ちゃんとおねーさん、また話そうね」
かわいらしく小首をかしげて手を振り、七星は去っていった。
「ほんとなんなんだあいつは……芽依、変なこと吹き込まれてない?」
芽依はふるふると首を横に振る。
「玲依にだいたい話聞いてたけど、音石くんて……なんか迫力?すごいね。顔めっちゃ綺麗なのに、腹の中真っ黒そう」
「わかる。あいつは言動が意味わからないし、不気味。だから俺が由宇を守らないと」
「尾瀬くんの前だとかわいい感じの雰囲気だったけどなあ」
「由宇の前ではかわいこぶってるんだよ……」
双子の話を聞きながら、花乃は口元に手を当て、眉を寄せた。
「今ふと思ったんだけど……音石くんの後ろ姿、どこかで見たことがあるような気がして……」
「音石くん、理学部らしいし服飾学部と校舎近いからじゃない? 金髪だし目立つでしょ」
「うーん、そう……かな?」
マイペースに話を続ける二人を見かねて、玲依はメニュー表を差し出した。
「それで、二人とも注文は決まった? だいぶ客入りは落ち着いてきたけど、それでもまだ混んでるから早めに決めて食べてほしいな」
「あ、全然決めてなかった。玲依のケーキはいつでも食べられるし、ガッツリしたもの食べようかな~」
「なんか傷つくな……ちょうどおやつ時なのに」
「はぁ……やっぱり双子並ぶと目の保養どころか毒だわ……」
「いや、俺たちに見惚れてくれるのは嬉しいけど、早く注文決めて……」
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