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君がいてくれるから
陽が落ちかけお客さんの混み具合もずいぶんと落ち着いたころ、棘のある声が耳についた。
「ここのケーキ、2年の髙月のメニューばっかり採用されてるの、ずるくねぇ?」
端のテーブルで二人組の男がメニューを眺めながら会話をしていた。思わず、死角になるように壁に隠れた。
「それな。しかもあいつ、すっげぇイケメンだし。恵まれすぎ」
「審査員に気に入られてるとしか思えないよな」
「顔で勝負してるんだろ。調理科なら味で勝負しろよな~まあ、あいつのケーキ食ったことないけど」
なんだその勝手な決めつけ!!
玲依がどれだけ真剣にケーキのこと考えてるのか、なんも知らないくせに!! そんなでかい口叩く前にケーキを食ってから言えよ!!
周りに聞こえないようにだが、確実に馬鹿にした笑い声が聞こえる。怒りがふつふつと湧き上がる中、井ノ原先輩と話したことを思い出した。
『あの見た目だから疑われたり、憎まれたり、勘違いされることも多いんだろうな……』
この失礼な客たちがその例だ。
腹が立つ。努力している人が認められず、気づかれない。そんなの理不尽だ。言い返してやりたい。でも……
俺が出て行ったところであの人たちにとっては部外者だ。上手く言わないと余計に玲依に恨みを積もらせてしまうかもしれない。そんなことが頭を巡って足が動かない。
その時、優しく肩に手を置かれた。俺を落ち着かせるように、ゆっくりと。
振り向くと玲依が立っていた。いつからいたのかわからないが、玲依にもあの客の声が聞こえているはずだ。
「いいよ、由宇。勝手に言わせておけば」
「でも……!」
玲依は悲しそうに、諦めたように笑っていた。
「たぶん調理科の先輩だ。大丈夫、ああやって言われるの慣れてるから。由宇は気にしないで」
手に持つおぼんをぐっと握りしめる。
俺には文句を言いにいく度胸はない。玲依のことを何も知らない人たちに好き勝手言われても、なにひとつ言い返せないのが悔しい。腹立たしいのはそんな自分だ。
「慣れるわけない」
「……え?」
「いっつも馬鹿正直なくせに、こういうときだけ隠しやがって。俺も他人を嫌な気分にさせないように、自分のことは我慢してる。俺だってそうするのは慣れたよ、でもだからって心が傷つかないわけじゃない。だからお前が悔しくて悲しいのを隠してるのも俺にはわかる」
「由宇……」
「俺は悔しい。お前は正々堂々やっているのに、ズルだって思われるなんて納得いかない」
どうしようもないモヤモヤを押し殺しながら口を曲げると、玲依が変に喉を鳴らした。は?と顔を上げると、玲依は嬉しそうに顔を染めていた。さっきまでの悲しそうな雰囲気はどこにいったんだ。
「めちゃくちゃ好き……」
「なんで!? いまそんな話はしてな……」
「俺、由宇の優しいところが大好き。ありがとう、俺のために怒ってくれて」
真っすぐ見つめてくる瞳から逸らし、首を振る。
「優しくなんかないって言っただろ。腹を立てるだけで結局、お前のことを悪く言ってるやつらに何も言い返せない」
そうだ。『俺が出て行ったところで』なんて言い訳して、本当は自分に悪口が向いてくるかもしれないって、怖くて守っているんだ。最低だ。
「ううん、そうやって俺のために怒ってくれるところが優しいんだよ」
「あんなこと言われてたら、誰だって怒るだろ。お前は本当にそれでいいのかよ」
「……そうだね……俺も腹は立つけど……ああやって思いこんでいる人に説明したところで、信じてもらえないだろうって気持ちのほうが強いかな。昔から言われ続けてるし、無駄だって諦めてる。でも、ちゃんとわかってくれる人がいるから、俺は大丈夫」
玲依は温かい眼差しで俺を見つめた。
「……俺は、今日のバイトでお前のケーキを食べて幸せそうに笑ってるお客さんをたくさん見た」
あの先輩たちには何も言えなくても、自分の気持ちを言うのが恥ずかしくても、これだけは玲依に伝えたい。
「文句言う奴もいるかもしれない。でもそれ以上にお前は努力してるってこと、ケーキを食べたらわかるし、お前のケーキで喜んでる人の方が絶対多い!」
玲依は整った顔に驚きを広げていたが、俺は夢中で一息に言い切った。
「だから……あんなのに負けるな! 他人に何言われようが、俺は玲依のケーキを楽しみにしてる!」
「……!」
とにかく励ますために必死で、思いっきり全部をぶちまけた。小刻みに震えながら目を潤ませて全身で喜んでいる玲依の様子で、相当恥ずかしいことを言ってしまったことに気づく。
「えーと、俺だけじゃなくて、ここのお客さんみんな楽しみにしてるし! 俺は理不尽なのが嫌だっただけで……! あ、いや、まあ本心なんだけど、お前のケーキが美味いって話で……!」
「……う、ん」
玲依はさらに真っ赤になった顔を覆い、黙ってしまった。手のひらの隙間から荒い息が漏れている。
「ちょっ……なんか話せよ! 余計恥ずかしいだろ!」
いっつもぎゃあぎゃあ騒いで、抱きついたり手握ったりしてくるくせに! なんでこんな時は黙るんだよ!
マジで固まってしまっている玲依の二の腕をばしばしと叩いていると、のっそりと顔をあげた。赤くなった目尻から今にも涙がこぼれそうになっていた。
「なっ……泣くほど効いてる……!?」
「めちゃくちゃとんでもなく嬉しすぎて爆発四散しそう……どうしよう……床転げまわる……」
「それはやめろ」
「ありがとう……由宇からそんな言葉がもらえるなんて……すっごく嬉しい。怒ってくれた由宇には申し訳ないけど、逆にあの先輩たちに感謝しちゃった……」
涙をぬぐい、玲依は照れくさそうに頬をかいて首を傾けた。なんだか気が抜けてしまった。恥ずかしいけど、こんなことがない限り言えないし、玲依は嬉しそうだし、言ってよかったかな。
「緊張感ないな。あれだけ悪口言われてたのに……まあ、伝わったんならいいけど」
「うん、伝わったよ。めちゃくちゃ元気でた! 由宇が俺のことをわかってくれてる。それだけでいくらでも頑張れるよ」
すっかり元気を取り戻したのか、いつものように、ぎゅっと手を握られた。そのまま体を引き寄せられる。
「これからも俺のこと見ていてね、由宇……!」
「ちっ、近い近い! ここ店! 人いるから!」
「人がいないところなら、いいってこと……!?」
「そういう意味じゃねーよ!!」
雰囲気流されそうになり、慌てて押しのけて周りを見渡す。小さい声だったから幸い見られてはなかったみたいだ。よかった……とホッとしていると、いちばん近くの席の女性客二人組と目があった。二人は同時に親指を立て「がんばれ」と口を動かして微笑んだ。
いやっ……何を!? てかやっぱり聞こえてたのか!?
「あんたたちさ、陰でそんな愚痴愚痴言ってて虚しくならないの?」
「なっ……なんだよお前!」
その声は玲依の陰口を言っていたテーブルから聞こえた。
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