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疲労困憊

 閉店時間の午後7時過ぎ。  最後のお客さんを見送り、ドアに鍵をかけたところで井ノ原先輩の快活な声が、俺たちだけになった店内によく響いた。 「よーし、お疲れ様! とりあえず今やってる仕事にキリついたら、レジ前に集合!」 「お、終わったぁ……!」 「尾瀬。体験だってのにこんなに働いてもらって悪かったな。疲れたろ」 「正直めちゃくちゃ疲れました……いや、でもこんな力尽きるくらい働いたことないので、貴重な体験でした……」 「そう思ってもらえたならよかった。俺はレジ回り片づけるから、尾瀬と名越は休んでていいぞ」  これだけ働いてなんであんなに元気なんだろう……すごすぎる……やっぱり慣れか?  急に脱力感が襲い、レジ前のイスに腰をかける。レジから出てきた翔太は俺の前に立った。涼しい顔をしていて、全然元気そうだ。 「由宇、大丈夫か?」 「翔太はピンピンしてんな……体力あるもんなあ」 「体は大丈夫だけど、精神的には擦り切れた」  顔をしかめて、ため息をついている。  翔太は俺みたいに気を使って話すのが苦手だから、たとえレジでの会話だけでも疲れただろう。 「なんか、巻き込んじゃってごめんな」 「いいよ。まあ巻き込んだのは音石だけど、一日由宇のこと見ておけたしな」 「……そんなに心配だった?」  目の前の翔太を見上げると、いつものようにぽんぽんと頭を撫でられた。 「ただでさえ初めての接客なんだし、由宇は危なっかしいから」 「何回も聞いたよそれ……初めてにしてはよくやったと今日は自分を褒めてやりたい」 「そうだな」  さらにガシガシと撫でられた。やっぱり子ども扱いなんだよなぁ……  そうしていると、いつの間にか井ノ原先輩が翔太の後ろから顔をだした。 「おう、ほんとに初めてとは思えないくらいバッチリだったぞ、尾瀬。俺も撫でてやろう! よしよし!」 「ちょ……先輩の撫で方強すぎなんですって……!」  撫でられまくった頭を整えていると、全部のテーブルを拭き終えた玲依と七星もレジの前にやってきた。 「お疲れ様でした! 由宇、疲れてるね。大丈夫?」 「なんとか……」 「お疲れさまぁ……さすがの俺も疲れちゃった。由宇くん、元気ちょーだい?」 「マジで無理。吸い取るな」 「ざんねん……」  いつも余裕そうな七星の顔にも疲労が浮かんでいた。はぁ……と深く息をつきながら俺の隣に座った。それに比べて玲依は俺の前に立って、にこにこといつも通り微笑んでいる。 「玲依は元気そうだな……」 「調理実習で丸一日立ちっぱなしなんてこといっぱいあるからね。それに……」 「それに?」  妙な溜めに首をひねると、玲依は熱っぽい瞳で真っすぐと俺を見つめた。 「アドレナリンがものすごくて、今日は寝られないかも……」 「は?」  これだけ働いたのに寝られないとか、何を言っているんだこいつは……そんな玲依の顔はほんのりと赤くなっている。 「何に興奮してんの、このド変態」 「音石に言われたくないけど!? ちょ、名越くんもそんなに睨まないでよ!」  玲依がひとりであわあわとしていると、片付けをしていた井ノ原先輩がこちらに呼びかけた。 「髙月と名越、まだ動けそうだしちょっとレジ閉め手伝ってくれ」 「あ、はーい」  玲依と翔太は井ノ原先輩に続いてレジに入っていった。その背中に疲れは微塵も見えなかった。   「あ、レジ横の焼き菓子もだいぶ売れましたね。明日先生に補充のこと言っておきます」 「助かる。名越がいたから購買意欲促進されたかな~」 「俺は特に何もしていませんが……買っていく人はけっこういました」 「いるだけで売れていくとか何……? 負けてられない……」 「髙月、お前はこれ以上イケメンになるつもりか?」 「由宇に振り向いてもらえるまで、いや振り向いてもらってからも、俺はもっともっとかっこいい男になります!」 「うわ、今日の売り上げ、すごいことになってんぞ! 計算する前から最高売り上げ更新してるってわかる!」 「やりましたね先輩!」 「しかも名越、レジ打ちのミスなしじゃん!」 「よかったです。昔、スーパーのレジやっていたので。そこはお釣りは自動で出るやつでしたけど」 「お前ハイスペックだなあ。あ、髙月悔しそうにしてる」  レジの方から賑やかな会話が聞こえてくる。途絶える感じは全くなかった。 「あの三人、まだ動けてあんな喋れるの……? 体力ゴリラ……」 「それな……」  今回は七星とも同意見だ。疲れ切った俺たちはイスにもたれかかりながら、そんな三人を呆れと感心の表情で待っていた……

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