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調理科の先輩たち

「……はあ、どうりで最近の髙月が浮足立っていたわけだ。お前が髙月のなあ……なるほど」  納得した志倉先輩は、俺の足先から頭まで順に見た。玲依もにこにこと頷いている。 「ち、違いますから……」 「そう、勘違いしちゃダメだよ、厨房のおにーさん。玲依くんのじゃない、由宇くんは俺のだから」 「いーや、由宇と付き合うのは俺だから!」  訂正するのもだるいな。今日はもう疲れた。 「なかなかめんどくせぇ関係だな……海先輩、こいつらによく付き合えたな」 「ずっとこんな感じだからわりと慣れるぞ。で、忙しくしたのはこいつらだけど、すっごい働いてくれたお礼にこいつらになんか食わせてやりたいんだ。頼む、志倉!」  ぱん!と顔の前で手を合わせた井ノ原先輩を目にし、志倉先輩は最高に顔を歪めた。 「それをオレが作れと……!? まだ働かせる気かよ。あんたも普通に料理できるんだしあんたが作れば……」 「シフト終わったあとの志倉のまかない楽しみにしてんだよ! 自分で作るよりも俺はお前の作ってくれた料理が食べたいんだよ~!」 「そりゃあどうも……あんためちゃくちゃ美味そうに食べるから、楽しみにしてることぐらい知ってる……って、絆されないからな!」  こんなに疲れている人に頼むなんて、井ノ原先輩は脳筋の鬼なのかもしれない。さすがに作ってもらうのは罪悪感なんだけど……これ帰るべきなのか……でも話が途切れる気配なくて言うタイミングがない……! 「ここのメニュー食わせてやりたいんだよ、俺の奢りだからさぁ」 「さっきも奢りだってケーキ引っ張り出してたでしょうが。……あ、そういやそんときなんかホールの方騒がしかったけど、結局なんだったんだ?」  志倉先輩の指摘に、懸命にお願いポーズをして話していた井ノ原先輩も一瞬言葉に詰まる。それは……と玲依の方に視線を彷徨わせると、申し訳なさそうに玲依は口を開いた。 「えっと、俺のこと悪く言ってる人たちがいて……短髪の人と、焦げ茶の髪の……名前は分からないんですけどたぶん三年の先輩だったと」 「ああ、そりゃ小松と伊田だな。オレが言うのもなんだけど、あいつら僻みっぽいんだよ。災難だったな」 「あの時いないと思ったら、玲依くんもどっかで聞いてたの?」  七星が玲依の顔を覗き込む。玲依は頷いたあと、 「そのことで、音石と名越くんに改めてちゃんと言いたいんだ」  真っ直ぐと七星と翔太に向き合った。 「ありがとう。あの人たちを止めてくれて、あの場を収めてくれて。俺、いつもの癖でそのまま放置しようとしてたんだ。それだときっと他のお客さんにも迷惑がかかってた。だから、本当にありがとう」  真摯な声とともに、玲依は深くお辞儀をした。 「べーつに。玲依くんのためじゃないし。俺だってああいう経験あるし、コソコソ悪口言ってる奴らにムカついただけ」 「俺も髙月のためにやったんじゃない。騒がしくなったら困るから止めた。お前はもう少し穏便に済ませろ」 「翔太くんだってキレてたくせに~」  刺々しい七星とため息混じりな翔太。  顔をあげた玲依は面白くなさそうな表情をしていた。 「そんなあしらい方する……!? 本気で感謝してるんだよ、嫌味とかじゃないから」 「……知ってる。玲依くんバカ正直だもんね」  毎回のごとく揶揄しているが、少し声が揺れているような……玲依も違和感に気づいたみたいだった。 「音石、照れてる? ちょっと顔赤い」 「俺も思った」 「はぁ!? んなわけないでしょ、玲依くんに言われて嬉しいわけないじゃん。お礼は由宇くんからだけでじゅーぶん!」  食ってかかる訂正に、苦笑いの玲依と目を合わせる。 「お礼言われ慣れてない感じなのかな……」 「かもな。ひねくれてるし」 「チッ……由宇くんと意気投合しないでよ、ムカつくなぁ……ふん、まあでも、感謝してね。ひとつ貸しにしておいてあげる」 「うわ……その貸し、ロクなことにならなさそうで嫌だ……」  玲依から目を背け、「そういうわけで」と、咳払いとともに仕切りなおした七星は志倉先輩の方を向き、妖しさを含んだ笑みを見せた。 「あの人たち、帰る頃には生まれ変わったみたいに明るい顔してたよ。これからは心入れ替えるだろうから、同じクラスなら見てみてね」 「あいつらが……明るい顔……!? 話がいまいち読めないんだが……お前ら何したんだ?」 「説明ばっかりになっちゃってすみません。ええと……」  俺たちはそのときの出来事を掻い摘んで話した。  ――数分後。厨房には志倉先輩の笑い声が響いた。 「あっはっは!! なんっだそりゃ! あいつらにそんなこと言ったのか、傑作!!」  腹を抱えながら、調理台をバンバンと叩いている。 「こいつらおもしろいだろー」 「マジでウケたわ。よく言い負かした。しかも笑顔にさせて帰らせるなんて、お前らやるなあ」  井ノ原先輩は少し自慢げだ。ようやく笑いが収まってきた志倉先輩は、目尻を拭った。 「散々笑わせてもらった礼だ。やる気も出てきた。なんでも作ってやるよ、なんにする?」  脱いでいたコック帽を被り直しながら、さっそくフライパンを用意している。井ノ原先輩は「さすがぁ」と手を叩いた。ほんとにいいのかな、と様子を見ていると、七星が何の遠慮もなく手を挙げた。 「じゃあお寿司! ステーキはないって言われちゃったから」 「「寿司ネタもおいてねぇよ!」」  二人の先輩のツッコミが綺麗にハモった。

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