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【番外】由宇の誕生日①

 大学の調理室……の中でも製菓用器具が各種取り揃えられた製菓用調理室のひと区画にある試食室。ひとりきりの部屋、そこに俺、髙月玲依はいた。  調理服に身を包み、パイプ椅子に腰をかけ、ケーキの案をまとめているノートを机に広げた。  ――そう、一週間後に迫るのは愛しの由宇の誕生日。  この世に由宇が誕生した素晴らしき日……国民の祝日にすべきだと思う。今年はほんとに休日なんだけど!  休日だから学校ないし会えない? そんなのは全く問題ではない。押しかける気満々だからだ。門前払いでもいい、会えるだけで構わない。とにかく当日に会って誕生日プレゼントを渡すんだ! 「この、1ヵ月前から考えに考え抜いた誕生日ケーキ……! きっと由宇は喜んでくれるはず! そしてそのままいい感じの雰囲気に……!」 「玲依くんのそういうとこ、清々しいほど気持ち悪いな~」  すぐ左隣から聞こえた声に飛び上がる。 「音石!?!? いつから、ってか聞いてた!?」  いつのまにか当たり前のように隣に座る金髪緑目の美形は、お馴染みの音石七星。クォーターの血なのか、綺麗と可愛らしいを合わせたとんでもない容姿。なのに人を煽ることが趣味の、メーターぶっ壊れこじらせ危険人物。 「聞いてた聞いてた。というより全部漏れてるんだよ。恥ずかしい心の声がぜーんぶねぇ」 「ぐっ……」  音石は綺麗な顔を妖しく歪めて、楽しそうに笑った。こんなやつに全部聞かれていたなんて……! 「てかここ、調理室だぞ! どうやって入ったんだよ!」 「普通にドアから。玲依くんの間抜けな顔が窓の外から見えてねぇ、面白そうだと思って来ちゃった。気づかなかったのはそっち」  恨めしく睨んでも、ご機嫌にひらひらと手を振っている。 「まだ大学は夏休み中なのに……!」 「残念、俺は自分の実験室に住んでるようなもんなんだよね」  まだ全然暑い時期なのに、実験室からそのまま来たのか白衣を羽織っている。  音石は見た目に似合わず理学部の中でも成績優秀らしく、専用の研究室を持っていて、そこで好き勝手している。  今日は由宇の誕生日ケーキの試作をしようと調理室の使用許可までもらったのに、とんだ邪魔者が入った……! 「ほうほう、この由宇くんへの誕生日ケーキをこれから作るところなんだねぇ」  音石が広げたノートを覗き込む。 「あーもう……誤魔化すのも無駄だな。そうだよ、今からこれを試作するんだよ。忙しいから帰れ」 「俺が味見してあげるよ」 「だーめ! これは由宇にいちばんに食べてもらうんだから! 俺以外に味見はさせない! そもそも甘いもの苦手だって言ってたくせに……!」 「玲依くんのケーキなら食べれるから。あんたのケーキは美味しい」 「……ふ、ふふん。そりゃ当たり前だろ。俺の作ったケーキなんだから!」 「だからぁ、食べたいなぁ~~?」  緑色のキラキラした瞳がずいっと近づき、ハッとする。この目は、危険なやつだ! 「……どさくさに紛れて由宇へのケーキを食べようとしてるな!? 騙されるかぁ!」 「ちぇー、玲依くんの楽しみを奪ってやろうと思ったのにな」  舌を出して笑う姿は可愛らしいのに、言ってることは悪魔みたいだ。のせられるところだった。やっぱり音石は信用してはいけない、と改めて身に刻んだ。 「まぁ、美味しいってのはほんとだよ」 「それはありがたく受け取る。でもそれとこれとは話が別。このケーキは食べさせないから!」  むむむ……と睨みあっていると、机の上に置いていたスマホの画面が光った。メッセージが来たのか、と反射的に手に取ると…… 「……え、宇多くんから?」  思わず声を上げた。  由宇の弟の宇多くん。何回か顔を合わせたり一緒にゲームしたりした仲だ。この前由宇が熱を出したとき、一応と思って連絡先を交換したものの、そのまま特に連絡することなく過ごしていたんだけど……  初めて会話が始まったトークルームには、 『こんにちは、玲依さん。お願いがあって連絡しました』 『もしよかったら俺に料理を教えてほしいです』  と、綴られていた。  いつもはタメ口なのに……いやタメ口なのが距離感近くてかわいいんだけど、メッセージだからなのか何故か敬語だ。いや問題はそこじゃなくて、 「……? なんで料理を教えてほしいんだろう」 「どれどれ?」 「人のスマホ勝手に見るなよ!」 『こんにちは、宇多くん。それは喜んで教えるけど、どうして?』  すぐに既読がついたが、返信には少し間があった。 『由宇の誕生日に、ごちそうつくってやりたいから』 『です』 「ンン”ッ……!!!!」  変な声出た。なに、かわいすぎる。え~~……めちゃくちゃかわいい……家族愛尊い……涙出てきた……  ちょっと涙ぐんでいると、スマホ画面と俺を見比べて音石がドン引きしていた。 『喜んで教えるよ!!』 『ありがとうございます』 『いつなら大丈夫そう? 玲依さんに合わせます』 『あ、でも平日のお昼は難しいんですけど』  そうか、宇多くんは高校生だからもう学校始まってるのか。どうしようかな……由宇の誕生日までに…… 『俺は夏休み期間だからいつでも大丈夫だけど』 『今日の放課後とかはどう?』 『俺、今ちょうど大学の調理室にいるんだ。ここなら器具も揃ってるし、やりやすいと思うよ』 『俺も使っていいんですか。それなら、ぜひお願いします』 『家は由宇がゴロゴロしているので練習しづらくて……』  由宇……ゲームでもしているのかな。かわいいな……  ほっこりとしつつも画面をタップした。 『じゃあ決まりだね。何時ぐらいに来れそう?』 『16時ぐらいには行けるかと……』 『了解。食材買っておくから、何を作りたいか教えてくれる?』  今はお昼。それまでには余裕で間に合うな。宇多くんは昼休みにメッセージを送ってくれたんだろうな。 『え、材料費』 『高校生に負担させるわけにいかないよ、それに俺も由宇の誕生日を祝いたい気持ちは同じだから。気にしないで』 『ほんとうにありがとうございます。今度お礼します』 『それで、作りたいものなんですが……』  ――で、大学近くのスーパーに買い出しに来たけど…… 「玲依くん、卵あったよ」 「それうずらの卵だよ! なんでそうなるんだよ!」 「だってどれかわかんないし。適当にとってきたんだけど」 「これからフライ作ろうとしてるのに鶏じゃない卵持ってくるやつはいないよ! 鶏卵、10個入りだ」 「はいはい……」  なぜか、音石もついてきている。手伝うとか言い出して無理やりついてきた。じゃあ少しは役に立ってもらうかと、食材を持ってくるよう頼むが、ことごとく違う。もはやツッコミ待ちなのかと疑ってしまう。逆に時間がかかって仕方ない…… 「はい、次は?」  やっと希望通りの鶏卵10個入りをカゴに入れた音石は満足げに、次の指示を待っている。 「もう手伝わなくていいよ……じっとしてろ……」 「あはは、玲依くんなんか疲れてる?」 「誰のせいだよ……!」

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