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【番外】由宇の誕生日③

 ……目が覚めると時計は10時を指していた。ベッドから体を起こし、ひとつ伸びをする。誕生日の朝だからといってなんら変わりはない。例年、宇多に朝イチでおめでとうって言われて気づくことが多かったが、今年は違った。  昨晩、日付が変わった瞬間鬼のようにメッセージが送られてきてスマホがオーバーヒートするかと思った。玲依と七星のせいだ。玲依からはポエムみたいな文が送られてくるし、七星のは怖いしで……思い返してもため息しか出ない。  今年の誕生日は、いつになく不安だ。休日だからといって安心はできない。あの二人のことだ、何をしてくるか分からない……  そんな不安はありつつも、せっかくの誕生日。どうせなら美味しいものとケーキが食いたい。父さんも夜には帰ってくるし、宇多に付き合ってもらって買い物を済ませておこう。  ……と思ったのに宇多は部屋にいなかった。朝飯でも食べてんのか? 「宇多ーー、晩飯とケーキ買いに行こうぜ……っわぁ!?」  リビングの扉を開けた瞬間、軽快に聞こえたクラッカーの音。  反射的に目をつむり、音が収まってからそっと開くと…… 「由宇! 誕生日おめでとう!!」 「由宇くん♡ 20歳を迎える記念すべき日に俺と結婚しない?」 「うわあああ!!」  噂をすればなんとやらだ。例の問題の二人が目の前にいて、一斉に飛びかかって……! 「やめろ」  間髪入れずに聞こえた翔太の声。問題児たちは服の首根っこを掴まれ、猫みたいにぐっと後ろに引かれた。いや、リードがついた犬……? 「名越くんめ……!」 「いいかっこしやがって……!」  暴れている二人をよそに、翔太と視線をあわせる。 「助かったわ、翔太。つぶされるかと思った」 「危なかったな。誕生日おめでとう、由宇」 「はは、ありがとう」  なんかいつも通りの流れ…… 「……じゃない!! なんでお前らがここに!?」 「そりゃあもちろん……!」  翔太から解放された玲依が屈託のない笑顔を向け、俺の手を引いた。 「由宇の誕生日パーティーのため!」  リビングに一歩足を踏み入れる。昨日まで普通だったリビングは様変わりし、壁は折り紙の輪っか、カラフルな紙で作られた花で彩られていた。 「ま、まじで……誕生日パーティー……!? この年で……!?」 「年とか関係ないよ!」  予想していなかった展開に、ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、その中にいた宇多が歩み出る。 「誕生日おめでとう」 「ありがとう、宇多……って、え、これ宇多も一緒に計画してたのか!? や、そうじゃないとこんなことできないか」  宇多はこくりと頷く。それに合わせて玲依がにっこり笑う。 「だんだん計画が盛り上がっていって、サプライズでパーティーやろうって話になったんだよね。宇多くんがお父さんにも話してくれて、尾瀬家全面協力で実現しました!」 「うんうん、準備するのも楽しかったよ。由宇くんを想いながらせっせと飾りを作って……ねぇ、翔太くん?」 「え? 翔太もこれ作ったのか?」  壁の飾りを指さし、翔太に視線を向けると、気まずそうにゆっくりと口を開いた。 「俺は途中から巻き込まれて……」 「名越くんにも協力してもらわないと変なとこでバレる可能性あったからね」 「その割には張り切ってたけどねぇ~?」 「……宇多が頑張ってんだから協力しないわけないだろ。俺だって由宇を祝いたいしな」  リビングには、いつものピリピリとしたものじゃなく、なんだか和やかな空気が流れている。 「お前ら、そんな仲よかったっけ……?」  三人は顔を見合わせ、首をひねる。難しい顔で最初に口を開いたのは翔太。 「仲良くはない」 「由宇くんのためなら手を組む、って感じ?」 「そうだね。いっぱい言い争ったけど、目的は同じだったから最後には話がまとまったし……で、このサプライズ計画の始まりは宇多くんなんだよ」  ね、と玲依はイケメン感たっぷりに宇多にウインクをして話を振る。  まさか発端が自分の弟とは思わず、衝撃が走った。 「宇多が!?」  宇多はいつも全体的に冷めていて、他人に対して感情の起伏があまりない。俺のことを嫌っていないのはわかるのだが、辛辣なときもあるし……慣れてるけど。俺も素直じゃないけど、宇多も素直じゃない。  そんな宇多が、俺のためにこんな計画を……!?  宇多の言葉を待ったが、なかなか話し始めない。俺から目を逸らし、口ごもる宇多を三人がそれぞれに頑張れ!と後押ししている。状況が全くわからん。  意を決したのか、宇多が顔をあげ、口を開いた。 「その、いつも、ごはん作ってくれてありがとう。お礼に今日は俺が晩ごはん作るから」 「えっ」  思いもよらない提案に変に上擦った声が出た。 「え、宇多が、料理を作る!? お前まじで全くできないのに!? 家庭科……料理の成績ゼロなのに!?」 「失礼だな。それはほんとだけど、そこまで驚く……!?」 「料理の成績ゼロって単語、尾瀬家で浸透してるんだ……」  宇多はむっ、と口を曲げた。玲依のつぶやきに翔太が小さく頷いている。 「玲依さんに頼んで、大学の調理室を借りて教えてもらったんだ。最初はほんとに全然できなかった。でも玲依さんは諦めずに教えてくれて……七星さんと翔太くんも調理室に来てくれて、励ましてくれた。みんなに手伝ってもらって、なんとかできるようになったんだよ」 「……い、いつのまにそんなこと……」 「由宇が夏休みでムカつくぐらい悠長にゴロゴロしてる間に。おかげで全然気づかなくてやりやすかった」 「あっ、ここのところ部活が長引いて遅くなるって言ってたの、それか!?」  宇多は少し皮肉交じりに得意げに笑った。  協力していた三人は順番に宇多の頭を撫で始める。 「宇多、よく頑張ったな」 「うんうん、いつのまにか俺より料理上手くなっちゃって!」  ひとしきり撫でられた宇多は口を尖らせ、髪を手櫛で整えている。子ども扱いするな、と言いたげな表情だ。すると、玲依がパッとこちらに振り向いた。 「宇多くんね、由宇に喜んでほしくて、由宇の好物を作ってあげたいってね……」 「ちょ……玲依さん! それ秘密にしてって言ったのに!」  玲依の言葉を張り上げた声で制し、だんだんと顔が赤く染まっていっている。    俺に、喜んでほしくて……宇多が、そんなこと考えて……苦手な料理を玲依に習ってまで…… 「まじか……な、なんか恥ずいな……」  宇多が自分のことをこんなに考えてくれている。  くすぐったくて嬉しくて、俺も顔が熱くなるのを感じた。 「宇多、大きくなったな……」 「俺高校生なんだけど! 子ども扱いしないでっていつも言ってるじゃん!」  恥ずかしさのあまり、つい茶化してしまったが、そんなやりとりも三人は穏やかに見守っていた。

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