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【番外】由宇の誕生日④

「――で、晩ごはんを作ってくれるのはわかったけど、お前らも一緒に食べるってことだろ? それまでこの家で何する気だ?」 「そこは抜かりなく!」  声を張り上げた玲依がキッチンへと向かい、冷蔵庫を遠慮なく開けた。人の家の冷蔵庫を……  リビングの真ん中のテーブルまで運ばれたのは、白くてでかいケーキの箱。 「ケーキ!」  誕生日にはケーキを食べたい、と思っていたところに出てきたケーキの箱に、ぱたぱたと近寄る。満面の笑みを浮かべる玲依と目を合わせる。 「開けて、由宇」  どんなケーキが入っているかわからないケーキの箱ほど楽しみなものはない。うん、と頷き、うきうきしながら側面を開け、そっとスライドしてケーキを取り出す。  そのケーキは、見たことがないぐらい綺麗なものだった。 「う、わぁ……!!」  思わず感嘆の声が漏れる。よくあるホールケーキよりひと回り大きい。タルトの上に乗った宝石のように輝くたくさんの色とりどりの果物。端っこには控えめながらも丁寧に絞られた生クリーム。それを彩る芸術品みたいにすごい形のチョコ。なのに、真ん中には「由宇Happybirthday」と書かれたチョコプレート。  玲依が作ったんだとすぐにわかった。 「俺も由宇に喜んでほしくて頑張りました! 超自信作!」 「すっご……美味そう……! はは、でもこんなに綺麗なのにチョコプレート乗せてるからなんか……おもしろいな、ありがとう」  胸を張る玲依はさらににっこり笑い、俺の手をそっと握る。真っ直ぐに見つめられるの、慣れなくてどうしても照れてしまう。 「由宇、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう……」 「あ、うん……」  その時、玲依の背後から七星が腕を伸ばし羽交い締めにした。いや、七星のほうが体格的に小さいから抱きついたみたいになっている。 「はい、いい雰囲気はそこまで~~」 「あっ、え、ちょっと待ってよ! ほんとにいいとこなのに!」  ずるずると、玲依との距離が離れていく。そんなやり取りを、翔太はため息をつき、宇多は慣れきった表情で見つめている。  構っていたらきりがない。とりあえず記念に写真を撮って……このケーキめちゃくちゃ綺麗だなほんと。映えとかよくわからないけどこれは確実に映えだな。  宇多も隣でしげしげと見つめ、同じように写真を撮った。 「よし、写真も撮ったし腹減ったからこれ切るぞ。早く食べたい」  包丁を持ってきて、いざ切ろうと構えたのだが…… 「……これ、どうやって切ればいいんだ?」 「……あ、切ること考えてなかった」 *  ケーキを食べ終えた後は七星が、「俺からの誕生日プレゼントはこれ!」意気揚々と声を上げ、大きめのラッピングされた赤い袋を渡された。ふわふわした感触だ。 「正直、お前からのプレゼントがいちばん不安」 「も~安心してよ。さすがにこれだけ見張りがいてR18なことはしないから」  絶句した。ぞぞぞと寒気が駆け抜ける中、翔太が七星をばしん、と叩いた。あわあわと玲依が宇多の耳を塞いでいる。 「音石……宇多がいるんだぞ……」 「だから遠慮してあげたんだよ! さ、由宇くん。早く開けて♡」 「こっわ……ここで出せるものなのか……!?」  でもなんだかんだ中身は気になるので、リボンをほどき、こわごわと袋を覗き込む。  入っていたのは……黒猫のぬいぐるみだった。袋から取り出し、手に持つとふわふわとした心地のいい感触と重さだった。抱き枕にちょうど良さそうなサイズだ。 「かわいい……」 「ね、ちゃんとまともでしょ? それ、リリィに似てるなって思って」  目が青い黒猫のぬいぐるみは赤い首輪をつけている。七星が飼っている黒猫のリリィにそっくりだ。リリィはよく七星の家から抜け出して大学に遊びに来ていて、そのたびに俺を見つけて会いに来てくれる。つまりすごく俺に懐いていて、めちゃくちゃかわいい。  名前の由来が俺の誕生花の彼岸花からだったり、リリィが俺の顔を覚えてるのが七星の自室に貼られた盗撮写真のせいだったりと節々に七星の危険な面が見えるが、それは抜きにして、とにかくリリィはめちゃくちゃかわいい。 「絶対ヤバイもの持ってくると思ってたのに……!」 「意外だな」  口々に話す玲依と翔太に合わせて、宇多も首を縦に振っている。その様子に七星は顔をしかめ「そうやってすぐに俺をディスるのやめてよね」と文句を言っている。 「ありがとう、七星」  俺に選んでくれたプレゼントだ。いくら七星でも、ぬいぐるみでも、それはまあ……まあ、嬉しい。 「ふふ。改めてお誕生日おめでとう由宇くん♡ そうやって、嫌いな相手なのにちゃんとお礼を言うとこ、かわいいなあ……♡ 毎晩これを抱いて寝て、俺のことを思い出してね……♡」 「嫌だよ」  それが狙いだったかぁ、羨ましい! ……と玲依が頭を抱えている。 「あ、そういえばこの首輪は俺が後からつけたんだけど……」  七星の手がぬいぐるみに触れる。赤い首輪がカチャ、と軽い音を立てて外れた。 「これ由宇くん用だから」  緑色の瞳が楽しげに輝いた。これはまずいやつだ!と身を引いたが、七星の方がひと足早かった。首輪はまたも軽い音とともに俺の首に収まった。 「一生離さないよ、俺の猫ちゃん♡」 「うげっ……!」  寒気が背筋を伝うと同時に、翔太の手が七星の胸ぐらを掴んだ。 「懲りないな、お前は……」 「あのさぁ、まじで首締まってる。殺す気?」 「うわ……由宇の前だと七星さんがさらにひどくなるね」 「音石の首輪プレイとかCERO D(17才以上対象)ぐらいにはなるって! 宇多くん見ちゃダメ!!」 「バイ○ハザードじゃあるまいし」 「ちょ、そんなのいいからとりあえず外してくれよこれ!!」  現状いちばんまともに会話できそうな宇多に助けを求めると呆れを含んだため息をつき、 「後ろ向いて」  くるっと背を向けると首の後ろに指が触れ、すぐに首輪は外れた。「こっち向いて」の声に振り向くと、宇多は俺の持っているぬいぐるみにもう一度首輪を取り付けた。 「すぐ外れるやつじゃん。みんな慌てすぎ」 「助かったぁ……」 「ダメとわかっていても、それでも、由宇の首輪姿はどうしても興奮しちゃう……俺だって健全な男子大学生……ってあれ、いつのまにか外れてる」 「こらぁ!! 興奮すんな!!」  頬を染める玲依をべしべしと叩いていると、視界の端、無言で翔太は七星を離した。 「弟くんは冷静だね。翔太くんも見習わないと、ね?」 「……チッ」 * 「俺からはこれ」  翔太がカバンから取り出した小さくて薄い箱を受け取る。シンプルな青い包装紙に包まれている。この大きさ、軽さ…… 「開けていいか?」  翔太の頷きに同じように首を上下させ、もしかして、と期待を膨らませながら包み紙を開ける。  そこには、数ヶ月前に発売されてからずっと気になっていたアクションRPG。箱からしてゲームソフトかな、と思ったけどまさかこれだったとは! パッと顔を上げると、翔太は俺の反応を楽しむように微笑んでいた。 「これ、俺がめっちゃ気になってたやつじゃん!」 「そのシリーズやってみたいって言ってただろ。面白かったら別のも買ってみればいいんじゃないか?」 「気ぃ利くなあ~~嬉しい。ありがと、翔太!」  大きい手でがしがしと頭を撫でられた。翔太、俺のこと動物だと思ってないか……? そうしていると宇多が手元を覗き込んだ。 「あ、それ俺もやってみたい。終わったら貸して」 「ケンカすんなよ」 「この年でゲーム取り合ってケンカしたりしないって! オッケー、早めに終わらせれるようにする。あーあ……なんで夏休み今週で終わりなんだろ」 「後期の履修講義決めないとな」 「げ……苦手なんだよなぁ、選択肢多すぎて迷う」 「いろんな勉強ができるのが文学部の利点だろ。相談乗ってやるから」 「いいよね、大学生は暇そうで」  宇多の文句は気にせず、さっそくゲームソフトのナイロンを破りながら、ふと翔太に視線を戻す。 「翔太って毎年誕生日のとき、欲しいって思ってるやつ的確にくれるよなあ」 「まあな」  なんか得意げだ。  すると、七星が玲依を部屋の端に引っ張っていった。二人とも微妙な顔してた……どうとも表現できないような……端っこでなにかを話してるっぽいけどすげえ小声だから聞こえない……まあいいか。 「あれ聞いた? どんだけリサーチしてんだろうね。ムカつく」 「もうあの会話から幼なじみ特権が爆発してるよね。悔しがってもどうにもならないけど、悔しいもんは悔しい……!」 「は~~マジであいつムッツリかよ。一番やばいのどう考えても翔太くんでしょ」 「お前も人のこと言えないだろ」 「玲依くんだってド変態のくせに!」

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