82 / 142

【番外】由宇の誕生日⑤

 なんだかんだ過ごしていたら夕方になり、エプロンをつけた宇多と玲依がキッチンに立った。手を洗い、食材を取り出し、宇多は野菜を切り始めた。 「メインは宇多くんが作って、俺はスープとかサラダを作るね」  玲依は料理番組みたいに解説しながら鍋を用意している。あくまでも宇多の補助の役割らしい。キッチンは二人の作業スペースを確保するのがやっとなので、俺と翔太と七星はリビングテーブルについた。  が、どうしても気になってキッチンを覗き込んだ。 「宇多が包丁をちゃんと使えてる……」 「玲依さんが必死に教えてくれたからね」 「最初はハラハラして、子ども用の包丁を別の調理室から取ってきて使ってもらってたけど……宇多くんの努力の成果だよ」  宇多にここまで教える玲依の根気も相当だと思うけどな……関心しながら二人の手捌きをじっと見ていると宇多が手を止めてじろっと睨んできた。 「集中できないから黙って座ってて」 「……はぁい」  大人しく座ると、七星が笑顔でスマホを取り出した。 「じゃあ待ってる間にリリィの写真と動画見る? 由宇くんのためにいっぱい撮ってきたんだぁ♡」 「見る!」 「俺にも見せろ」 「翔太くん興味ないでしょ! 割り込んでこないでよ!」 「ああ……あっちも楽しそう……音石め……」 「翔太くんがいるから大丈夫だって。本番で失敗したくないから俺から目離さないで」 「そういうとこかわいいよね宇多くん……尾瀬家の血筋……?」 *  しばらくして、食欲をそそる匂いがリビング中に広がった。テーブルには所狭しと豪勢な料理が並びはじめた。宇多が作った、グラタンとハンバーグは1人分ずつ分けられ、ローストビーフは真ん中にどんと置かれた。綺麗に薄く切ったのは玲依だろう。 「すげぇ……こんな豪華な食事初めてかも……」 「本番でヘマしなくてよかったよかった」 「そうだな」  七星と翔太が次々と並ぶ料理を見てひと安心している中、どれも美味そうで、目移りしてしまう。  コップを用意しながら宇多は得意げに胸を張った。 「そりゃこれだけ頑張ったからね」 「最初はエビフライもある予定だったけど、さすがに揚げ物は危なっかしくて断念したんだ。時間もあんまりなかったしね」  玲依はコンソメスープとサラダを運びながら眉を下げて笑った。 「いや、こんだけあれば十分だって!」 「あ、そうそう。まだまだ食べ盛りの男5人だし、炭水化物もいるなと思って家でパンを焼いてきました!」  玲依はキメ顔でカバンの中から袋に詰められた大量の小さなパンを取り出した。 「パンまで焼けるのかよ……」 「お菓子だけかと思いきや、俺はジャンル問わずなんでもできるよ! ……でも、ほら、ごはん派もいるだろうなと思って炊飯器をお借りしてごはんも炊かせてもらいました。みんなどっち食べる?」  七星が妙にキラキラした笑顔でいちばんに手を挙げた。 「俺、ごはん!」 「そこはパンって言う流れじゃない!?」 「だって一人暮らしなのに炊飯器でごはん炊かないもん。貴重な米を味わいたいの」 「あー、はいはい。確かにね」  そう言いながらも玲依はキッチンに移動し、七星の分のごはんをよそっている。翔太はテーブルの上の食器を整えながら、 「髙月、俺も飯」 「名越くんまで……二人とも俺に興味がなさすぎだよね。いやいいんだけどさ、好みは人それぞれだし……由宇と宇多くんは?」  どう見てもがっかりしながらも、ちゃんと翔太の分のごはんをよそった玲依は、こっちの様子を伺っている。宇多と目を合わせ、玲依に視線を戻す。 「どっちも食べる。お前の作ったパン食べてみたいし」 「俺も由宇と同じで」  玲依はみるみるうちに顔を赤くさせ微笑んだ。 「やったあ! 尾瀬家……俺を喜ばせる天才だよ……このパン全部あげるから、余ったら明日の朝ごはんにでもしてね!」  話しているうちに料理は全てテーブルに並べられた。イスにつき、みんなで手を合わせた。  そのあとで視線は全て俺に集まった。この場にいる全員が主催者なわけで、俺の反応を待っている。 「そんなガン見されたら食いにくいんだけど……」 「いいから、早く食べて」 「……いただきます」  緊張の面持ちで睨んでくる宇多にせかされ、目の前の熱々のグラタンをスプーンで掬うと、たっぷりのったチーズがとろりと伸びた。息を吹いて冷まし、頬張る。 「……うん、美味い!」  固唾をのんで見守っていた宇多は、パッと表情を明るくした。玲依も同じように喜び、宇多とハイタッチを交わした。  続けてハンバーグとローストビーフも口に運ぶ。 「これも、これも美味い。すごいな……」  口の中の幸福を噛みしめ、宇多の成長ぶりに感心した。宇多の料理の腕なんて目も当てられないほどだったのに、玲依との一週間の特訓でここまで伸びるなんて思わなかった。玲依の教え方が上手いのか、宇多の伸びしろがでかいのか……どっちもなのかもしれない。 「じゃあ俺もいただきまーす! ……うん、毎日このメニュー食べたけど、今日のが一番美味しいんじゃない? よかったね、弟くん」 「美味いぞ、宇多」 「由宇くんがいる相乗効果かな? お肉食べてる由宇くんかわいいねぇ」 「誰が子ども舌だって!?」 「そうは言ってないんだけど……」 「音石、黙ってろ」  俺と二人の感想を聞き、宇多はふぅ、と大きく息をついた。玲依は自分のことのように嬉しそうに喜び、宇多の手を握りしめた。   「やったね宇多くん! なんかいろいろ言ってるけど、音石と名越くんも見返せたよ!」 「はぁ、すごい緊張した……」 「……宇多、ほんとに成長したな。びっくりした。いつのまにか知らない宇多になってる」  肩をおろした宇多は、俺の言葉に顔をあげた。  翔太もハンバーグを頬張り、頷く。 「そうだな。あんなに小さかったのに……大きくなったな、宇多」 「だから、歳4つしか変わらないんだって。子ども扱いしないでよ……でも頑張ってよかった。俺もここまでできるとは思ってなかったから……玲依さんにお願いして本当によかった。ありがとう」 「どういたしまして。宇多くんの力になれて嬉しいよ。由宇の喜ぶ顔も見れたしね」  不意打ちでふんわりとした笑顔を向けられ、思わず目を背けて玲依の作ったパンを口に運んだ。これもすげぇ美味い…… 「自分で作った料理よりも、誰かが作ってくれた方が美味しく感じるの、なんでだろうな」 「俺は、気持ちがこもってるからだと思うな」  気持ち、と繰り返すと玲依は微笑む。 「食べてもらう相手に美味しく食べてほしい、喜んでほしいって想う気持ち。料理は愛情って言うけど、まさにそうだなって」 「ほんとキザだなぁ玲依くんは」 「こういうのはちゃんと伝えないと!」 「うん、玲依の言う通りかもな……」  この美味しい料理から、宇多が頑張ってくれたことが伝わってくる。玲依の作ったものが全部美味しいのも……そう想って作っているからなんだろう。ん、それってつまり俺のこと……ああもう!ちがうちがう、変なこと考えるな!  熱くなってきた体温を誤魔化そうとローストビーフを口に詰め込む。その間も玲依の視線が降り注いでいるが、見ない見ない……!  宇多はこくりと頷き、俺の顔をじっと見た。 「……俺も、そう思う。もう散々恥ずかしいこと言ったし、この際だから言うけど……俺は由宇の料理好き。美味しいって思って、食べてる」 「え」  宇多の口から出たとは思えない素直な褒め言葉に固まる。  「いつもそんなこと言わないのに……」 「正直な玲依さんに影響されただけ。もう終わり。もう言わない」  宇多はほんのり顔を染めながらグラタンを口に含み黙り込んだ。  なんだそれ、急に言われたらこっちまで恥ずかしいだろうが……! 「うっ……やりとりかわいすぎない……!? 心臓に悪い……え、名越くんはこの供給をずっと浴びてたの……!? 羨ましすぎて狂う……」  胸を押さえて悶えだす玲依を「うるさい」とあしらった翔太はこっちを向いて笑った。 「俺も由宇の飯、好きだぞ」 「翔太まで……もう恥ずかしいからいいって! いや、まあ、嬉しいけどさ……」 「ちょっとぉ……?」  そのとき、珍しく大人しくなっていた七星が勢いよく翔太を指さした。 「黙って聞いてれば……どう聞いても俺たちへの幼なじみマウントじゃん! 調子乗んないで!」 「あ?」 「そうだそうだ! 俺は由宇の料理食べたことないのに!」  一瞬で険悪な雰囲気に……ゆっくり飯食わせろよ……  ため息をついていると、話に乗り込んできた玲依がこっちに体を乗り出す。 「由宇! 俺も由宇の作った料理食べたい!」 「料理上手いやつに素人の料理食わせたくねえよ! 拷問か!」 「ええっ! さっき気持ちが大事って話だったじゃん……!」 「じゃあ俺にはいいよね? 由宇くんの作ったお味噌汁が毎日飲みたいなぁ……♡」 「音石ぃ! どさくさに紛れてプロポーズしないで!」  結局こうなるのか……こうなると構っても疲れるだけだ。翔太が俺の家、しかも夜ということを配慮して控えめに問題児を𠮟りつける声を聞きながら、目の前のごちそうを食べ進める。  宇多もすでに慣れきっていて、俺と同じように呆れながら料理を口に運んでいる。 「そうだ。父さんの分の料理も取っておかないとな。宇多が作ったって知ったらびっくりするぞ」 「それならもう取っておいたから。テーブルの上のやつは全部食べていいよ」 「おお、準備いいな。珍しい」 「馬鹿にしないで。そんぐらい気が付くから」  俺たちの会話に聞き耳を立てるように騒がしい三人もだんだんと静かになっていた。 「あっ、玲依に料理教えてもらったということは、もしかして、今度から宇多も料理当番やってくれるのか? それなら俺も……」  楽できるな、って言おうとしたところで宇多は勢いよく首を横に振った。 「俺ができるのは、ほんとにこれだけ」 「えっ?」  反射的に玲依に目線を向けると、玲依は苦笑した。 「あはは……さすがに1週間で基礎全部を教える余裕はなくて……ここに並んでる料理だけは作れるように、特訓したんだ」 「そういうこと。ずーっとローストビーフ、ハンバーグ、グラタンでよければ作れるよ」 「それは……飽きるな……」  たとえ好きなものだとしても、ずっとはきつい。たまに食べるから美味しさを感じるもんだ。 「玲依さんがよければ、これからも少しずつ教えてほしいな」 「うん、喜んで!」 「だから、俺が慣れるまでは……これからも料理当番、よろしく」 「はいはい……美味いって思ってくれてるなら、これからも頑張ってやるよ」  いつものように少し上から目線で頼まれて、仕方ないなと息をついた。まあ、これも宇多なりの甘え方なんだろう。  家族って、近すぎて、こんな風に正直に自分の想いと感謝を伝えることなんて恥ずかしいと思ってた。でも宇多はちゃんと形にしてくれた。それなら俺も……恥を少し捨てて弟の世話を焼いてやるか……明日の晩飯は宇多の好きなメニューをつくってやろうかな、と宇多の料理を頬張りながら考えた。  今年の誕生日……どうなるかと思ったし、最初は不安だったけど……  こんな騒がしい誕生日も悪くないな。 【由宇の誕生日編 完】

ともだちにシェアしよう!