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【番外】翔太の誕生日①
土曜日のお昼すぎ。由宇と弟の宇多は、人の多い大型ショッピングモールを朝からあっちこっちに移動していた。お目当てのものが見当たらず顔をしかめる由宇と、それに付き合わされている宇多はげんなりとしながら空いていた休憩用のソファに腰掛けた。
「さっさと決めてよ。もう歩き回るの疲れたんだけど」
「だって全然ピンと来ないんだよ。なんかほかに、いいものないかな……」
来たる1月17日は幼なじみの翔太の誕生日。
由宇は例年のごとく思い悩んでいた。日頃お世話になっている翔太にはちゃんとした誕生日プレゼントをあげると決めている。だから事前に聞くのだが、返ってくる答えは……
“特にない”
毎年同じ。翔太には物欲が全くなかった。
「あー……もうわかんなくなってきた。今回は1ヵ月前に聞いて、1週間前にもう1回聞くっていう、2段構えだったのに。毎年毎年『由宇がくれるんならなんでもいい』って……無欲すぎるだろ」
「ああ……」
翔太の由宇への好意を知っている宇多は、そのやりとりが容易に想像できた。由宇に対しての翔太の態度は他人から見れば一目瞭然だった。
「なんでもいいって言ってるんだからなんでもいいじゃん。翔太くんなら何あげても喜ぶでしょ」
「俺はちゃんと納得するものをあげたいんだよ。とにかく、他の店も見てみるぞ!」
すくっと立ち上がった由宇に合わせて宇多も重い腰をあげる。
「てかなんで毎年俺も付き合わないといけないの? いいかげんひとりで決めてよ」
「客観的な意見がほしいんだよ!」
(翔太くん……毎年こうやって由宇が自分のために悩むのを楽しみにしてるんだろうな)
「無欲ではないよな……」
「なんか言った? あ、次はあの店見てみよう」
由宇が指さして入っていったのは文房具屋だった。ショッピングモールの中にあるものの、その空間だけシックな色の壁と床になっていて、落ち着きがある。
「大学生になったら文房具ほとんど使わなくなったって言ってなかった?」
「そうだけど、オシャレな店だし、なんかかっこいいのあるかもだろ」
「なんかかっこいいって何……? 表現が曖昧すぎ。だから決まらないんだよ」
宇多の辛辣なツッコミにも慣れっこの由宇は「ハイハイ」と流しながら、棚を順に見ていく。手前の棚にはお馴染みの文房具たちが色とりどりに並んでいる。店の奥にはショーケースが何個かあり、その中のボールペンやシャーペンには手が出ないほどの値段がつけられている。
その並びの中、とある物が目に止まった。
「万年筆か……」
「これにするの? めちゃくちゃ高いよ。買える?」
「や、ちょっと万超えるのはキツいな……うーん……」
「プレゼント用ですか?」
音もなく背後から話しかけられ、兄弟はびくりと同時に振り返る。優しそうな雰囲気の男性店員がにこにこと、営業スマイルなのか見分けのつかない笑みを浮かべて立っていた。
「はは、そんな感じです。幼なじみの誕生日プレゼントで悩んでて」
由宇も似たり寄ったりの作り笑いを浮かべる。店員は由宇と宇多の間からショーケースを覗き込んだ。
「万年筆にされますか? ご希望のものがありましたらお取りしますが……」
「いいかもなあ、って思ったんですけど、ちょっと……予算的に、あれで」
値段が高い!と店員の前ではっきり言うことはできず、ほんのりぼかしながら目線を彷徨わせると、店員は笑みを崩さず「では」と切り返した。
「万年筆でしたらピンキリなので、もう少しお値段の安い物もございますよ。ご覧になりますか?」
ピンキリという、いかにもな俗語が店員から出てきて、親近感を感じた由宇は「お願いします」と笑うのだった。
*
そして翔太の誕生日当日。寒い朝にわざわざ1限目からある講義に内心腹を立てつつ、コートとマフラーを身に纏い、由宇は家を出た。もちろん翔太へのプレゼントをリュックの中に入れて。
(いつ渡そうかな……会ってすぐ、おめでとうって言いながら渡そう。すぐのほうが照れずに済むはず。プレゼント渡すのってけっこう小っ恥ずかしいよなあ。ほんと慣れない)
頭の中でシミュレーションをしながら、大学への道のりを歩いていると、往来の人の中に翔太の後ろ姿を見つけた。
「翔太!」
由宇の声に瞬時に振り返った翔太からは自然と笑みがこぼれる。由宇はこれが通常だと思っているが、尾瀬兄弟以外に向けられる表情とはまるで別物だ。でもその笑顔も今日は一段と深いような。
「由宇、おはよう」
「おはよ! 誕生日おめでと!」
「ありがと。あのさ、今日#家__うち__#に飯食べに来ないか? 宇多と一緒に」
「えっ」
出会ってすぐの意外な提案に、由宇はプレゼントを渡すという行動が頭から飛んでいった。
「そりゃ嬉しいけど、家族水入らずなのに俺らが行って邪魔じゃね? せっかくの誕生日なのに」
翔太の母親は祝い事が好きなので、毎年息子と旦那の誕生日にはいつもより数倍も張り切って料理を作っている。翔太の家族とも仲がいい由宇はそれを知っていた。自分に母親がいないため、今は吹っ切れているものの昔は羨ましく思ったこともあった。
「最近忙しくて俺の家来てないだろ? 久しぶりに母さんも父さんも由宇と宇多に会いたがってて」
「そうなんだ。じゃあお邪魔しようかな。翔太の母さんの飯好きなんだよなー!」
「その感想を欲しがってる」
「翔太は料理の感想とかあんま言わないからなあ。おっけ、いっぱい言うわ。あ、宇多にメッセージ送っとこう」
「うん、俺も母さんに言っとく」
メッセージを送り、夜のごちそうを思い浮かべながら翔太と話していると、大学に到着した。
翔太へのプレゼントをすっかり渡しそびれていることに由宇が気づいたのは、講義室でリュックを開けてからだった。
(早めに渡そうと思ってたのに、完全にタイミング逃した! 大学だといろんな人に見られてさらに恥ずかしいし、夜に渡すしかねえ……!)
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