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【番外】猫耳パニック!?①
「由宇くーん! 今日は猫の日なんだって。そういうことで、猫ちゃんになっちゃう薬をプレゼント♡」
「どういうわけ!?」
2月22日は猫の日と広まったのはいつ頃だろうか。その文化は根付き、ネットの世界では猫ちゃんの写真で溢れかえる日となっていた。
それに目をつけた七星は、ファンタジーな薬を開発してしまった……というお話のはじまり。
大学構内、中庭にて。
七星は手に持った小瓶を由宇の目の前で振る。中身は太陽の反射によってピンクにも水色にも見える、いかにも怪しい液体が揺れていた。由宇の隣にいる玲依も声を張り上げる。
「音石! 由宇に変なことしようとするな! ……で、猫ちゃんになるってどういう感じになるの?」
「え、気になるとこ、そこ……?」
「ふふん、教えてあげよう。完全に猫になるんじゃなくて、猫耳としっぽがつく。それと語尾に「にゃん」をつけて話すようになる」
「いちばん恥ずかしいパターンじゃねえか!」
玲依の視線が宙を泳ぎ、考える間を置いて、顔を覆った。興奮した息が漏れている。
「めちゃくちゃ見たすぎる……かわいい……」
「想像してるだろ! やめろ!すんな!」
「玲依くんて、欲を隠さないから気持ち悪いよね~ と、いうことで」
七星はニヤリと笑って小瓶の蓋を開ける。由宇は顔を引き攣らせた。
「俺を邪魔するものはいなくなった。さあ飲んで、由宇くん♡」
「ぜっったい嫌だ!」
じりじりと詰められる距離。由宇は一歩一歩後ろへ下がる。その時、まだ赤い頰をした玲依が割り込んだ。
「見たいけど、由宇が嫌がってるからダメ! 由宇の猫耳見たいけど、見たいけど!」
「どんだけ見たいんだよ!」
「出たよ、俺を悪者にして王子様気取り。結局さあ、玲依くんは見たいが何割なわけ?」
「見たい、8割」
しん……と、冷たい風が吹いた。真剣な面持ちで答えた玲依を、由宇と七星は唖然と見つめた。
「いや、9割かも……」
そこまでだと思ってなかった。聞いた七星でさえもドン引きしながら首を振った。
「由宇くん、やっぱり俺にした方がいいよ。玲依くんやばいって」
「まじでこいつ……」
由宇は呆れと苛立ちを織り交ぜながら頭を抱えた。玲依はその手を取る。欲望に塗れているが、なにぶん顔が良いため王子様のような笑顔だった。そして七星に向かって宣言した。
「でもこの残りの1割で音石を止めるから! ほら、没収!」
「させるか、変態。あんたに由宇くんの猫耳見せたら何するかわかんないもん。俺一人で楽しむんだ♡」
「そっちこそ何するかわからないだろ!」
小瓶を巡って取っ組み合いが始まる。玲依の伸ばす手を七星が素早い動きでかわしていた、が……
「あっ」
玲依の指がちょうど引っかかり、七星の腕から小瓶が吹っ飛んだ。バシャン!と音を立てて、その小瓶はちょうど由宇の頭上に降りかかった。
「……マッズ!薬品の味じゃねえか!」
「由宇くん飲んだ!?」
「由宇、飲んじゃった……?」
「はっ……」
取っ組み合っていた玲依と七星が、ずいっと近づく。由宇は、やってしまった、と青くなっていく。
「飲んだっていうか、微妙に口に入った、だけ……にゃ」
由宇がハッと手で口を覆うのと同時に、玲依と七星が顔を見合わせる。
「にゃ、って言った」
「言ったね」
もう一度由宇に視線を戻すと、いつのまにか猫耳としっぽがついていた。二人の視線に釣られ、頭に手を乗せるとふわふわの猫耳。後ろを振り向き、動くしっぽを掴む。
「……にゃんだこれ!?!?」
「さすが俺、成功だ! ばっちりだよ由宇くん♡ かっわいい♡」
「にゃー! 撮るにゃ、近づくにゃあ!」
バシャバシャとスマホのシャッター音が響く。由宇は急いで七星から逃げ、中庭に佇む大きな木の後ろに隠れて様子を伺う。その姿さえ猫みたいだ。七星はさらに胸をきゅんきゅんさせながら、猫をあやすように近づく。
「語尾まで完璧……こんなにかわいいネコちゃんは保護しないと♡」
「助けろにゃ、玲依!」
そういえば先ほどから玲依の反応が全くないことに、玲依を呼んでから気づく。
玲依は地面にバッタリと五体投地していた。
「玲依が!」
「死んでる……」
「無理、尊い、かわいいがすぎてキャパがオバる……もうダメだ……今日だけ音石のこと神と呼ばせて、ありがとうございます……」
ボソボソと呟きながら手を合わせている。
さらにドン引きした由宇と七星には再び冷えきった風が駆け抜けた。
「あれは放っておいて、俺と遊ぼう?」
「やだよ! にゃにゃせ!早く戻せ!」
「にゃにゃせ……」
かわいい呼び方に心臓を撃ち抜かれ、七星のネジが外れた。どこからともなく現れた、由宇用の首輪が七星の手に握られている。
「はぁ……それは反則でしょ……もう限界……♡ はやく二人っきりになろう、俺の猫ちゃん……♡」
「やばいスイッチ入れちゃったにゃ! 玲依なんとかしろ!」
玲依は尊さでやられた身体を踏ん張って起き上がった。が、木からひょこっと顔を覗かせている由宇を見て、膝から崩れ落ちた。
「その呼び方ずるくない!? 名前に"な"が入ってないと成立しないじゃん、音石だけずるいでしょ~!! あーかわいい!!」
「変態しかいないのかここ!!」
手に負えない。人に見られるのは嫌だけど、こいつらに捕まってあれこれされるよりはマシだ。全速力で走って、家まで帰る。それしかない。
と、由宇が隙を見て走り出そうとした時……
「おい」
白衣の首もとを掴まれ、七星が猫みたいに持ち上げられた。由宇のボディーガードである、翔太がタイミングよく現れた。
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