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【番外】猫耳パニック!?④

「ひとまず、由宇を落ち着けて寝かしつける、でいいな」と翔太が提案すると、七星も賛同する。 「そうだね。心拍数落ち着けたいし。由宇くんが寝てから存分に眺めることにする。玲依くんは使い物にならないから放っておいて……」  涙を流しながら異常な声を出して地面を転げ回っている玲依を無視して、話を進めていると…… 「おい にゃにゃせ! せっかくたのんだのに、にゃんにもにゃしかよ! はやく寄越せにゃ!」  待ちくたびれた由宇猫は、赤くした頰を膨らませて七星を睨みつけた。かわいらしい仕草に七星は胸を打たれ、またたびを差し出す。 「はい、かわいいおねだりありがとう♡」 「わーい!」 「食べたらお腹壊すかもしれないから、匂うだけだよ。舐めるのもダメだよ」 「わかったにゃあ」  受け取った由宇はまたたびを顔に擦り付けて喜んでいる。とりあえずは満足したか……と翔太は一安心した。  由宇を抱えたままベンチに戻り、さっきと同じように膝枕をしてやる。 「ほら由宇、もう寝る時間だぞ」 「まだ遊ぶにゃ!」  またたびを与えられて覚醒したのか、由宇は寝ころんだまま、またたびで遊ぶ。耳もしっぽもしきりに動いて落ち着きがない。 「さっきは寝るって言ってただろ」 「気が変わったにゃ、もっと遊びたいにゃあ」 「気まぐれだな……」 「だって猫だからにゃー」  由宇は翔太の腕に猫パンチを繰り出す。猫じゃらしのように腕を振ってやると、楽しそうに手を伸ばして腕を追いかけている。素直な分、わがままにもなっている。それも含めてかわいいのだが、翔太は動物の扱いに慣れていなかった。普段と違いすぎる事態に手を焼いていると、七星が由宇を覗き込む。 「撫でればいいんじゃないかな」  七星は由宇を怖がらせないようにそっと手を伸ばし、猫耳の裏側を撫でた。ゆっくり、落ち着かせるように。 「撫でられるたびに目閉じて気持ちよさそうにしてたからね」 「んにゃあ……」と、鳴きながら由宇はぱっちり開いていた目をとろんとさせる。しっぽの動きもゆっくりとしてきた。 「静かになった……」 「こことか、こことか……猫が撫でられるの好きなところ。どう?由宇くん」 「うん、気持ちいいにゃあ……」 「それはよかった♡」  七星は慣れた手つきで猫が撫でられて喜ぶところを順番に撫でていく。由宇もそれに身を任せている。  猫を飼っているだけのことはあるか、と、翔太が少しだけ関心したのも束の間、七星は隙を見て由宇にキスしようと顔を近づける。すぐに察知した翔太は七星の頭を掴んで阻止した。 「調子に乗るな。由宇を寝かせるために撫でるのも許してやってるんだ」 「はー、細かいんだから。ちょっとぐらいキスしてもいいじゃんね、由宇くん?」 「嫌にゃあ」 「そこは拒否るんだ!?」  理性なんてとっくに飛ばしていると思ったのに、案外残ってんだな……と撫で続けながら複雑な気持ちになっていると、翔太が七星を見やった。 「なーに」 「お前、飼ってる猫の世話ちゃんとしてるんだな」 「はあ? 俺のことそんな卑劣な人間だと思ってんの?」  翔太は迷うことなく真顔で頷く。 「失礼だな。リリィを飼うって決めたのは俺なんだから、責任持って世話するよ」 「へえ」 「そっちから話振っといてその反応かよ、ムカつく。猫の知識は俺の方が上だもんねー。由宇くんの気持ちいいとこ撫で撫でして、俺の虜にさせちゃうもんねー」 「この野郎……」  由宇の顎あたりをゆっくり撫でる様を見せつけて煽る七星。翔太の拳が怒りで握り締められたが、由宇が口を開いた。 「リリィは、にゃにゃせといる時いっつも幸せそうにゃ。にゃにゃせは性格悪いけど、リリィのことはちゃんとかわいがってるの、わかるにゃあ」 「ゆ、由宇くん……っ そういうとこ、そういうとこずるい!」  耳まで真っ赤に染め、七星が由宇に飛びかかった瞬間、当然のごとく翔太が阻止した。 「ちょっ……翔太くんほんっと邪魔!」 「静かにしろ。由宇を寝かせるって言っただろ」 「むっかつく……!」  声だけは聞いていた玲依が、砂まみれの体を引きずりながら距離を詰めてきた。 「音石だけ褒められてるの納得いかない! 由宇、俺も……って あっかわ、かわよい……ダメだ、一向に耐性がつかない……っ」  玲依は先ほどから、話に割り込もうと頭をあげるたびに、由宇のかわいさに太刀打ちできず、何度も地面を転がっていた。やっとの思いで近づいても、また地面におでこを打ちつけた。 「きも……玲依くんはそこで這いつくばってろ。ね、由宇くん♡ よしよし♡」 「距離が近い。後は俺がやる。どけ」 「いやでーす」 「俺も、もう一回撫でたい! ゆ、由宇……」 「手つきがアウトでしょ、変態」 「お前ら、静かにしろって言ってるだろ」 「名越くんこそ声大きいけど!」 「ドスのある声出すから由宇くんがびっくりしてまーす」  三人が言い争い睨み合う中、由宇の顔はだんだんと不機嫌に曇っていく。「にゃ……」と重い声をあげると、一斉に黙った三人は、由宇に視線を集めた。 「みんなうるさいにゃ。眠たいから寝かせろにゃ」 「ごめん」 「すみません……ああ、怒ってるのもかわいい……」 「怒られちゃったにゃあ♡」 *  数十分後。由宇が目を覚ますと、翔太が心配そうに覗き込んでいた。 「由宇、身体はなんともないか?」 「翔太……あっ、ごめん!」  覚醒した由宇は、膝枕に気づき急いで飛び起きた。すると、玲依と七星も近くで由宇を見守っていた。  寝てた? どうしてこういう状況に……と、頭を巡らせる。  そういや猫耳としっぽが……  ハッと気づき、頭と尻をさぐると、耳もしっぽもなくなっていた。 「ない! 戻ってる!」  すると、さっきまで自分がしていた行為がだんだんと、明瞭に蘇ってくる。由宇はあっという間に真っ赤になった。 「あ……俺、俺……!? 猫みたいに……っ!」 「あはは、覚えてるんだ。かわいかったよ、由宇くん♡」 「うん。それはもう……言い表し難いほど……本当にありがとうございます……」  玲依は由宇を拝み、七星はにこにこと頷く。  由宇はプルプル震えながら、翔太の方にぎこちなく首を動かす。  目を合わせた翔太は揶揄うように笑い、由宇の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「いつでも甘えていいからな」 「ッ……! わ、忘れろ!お前ら全部忘れろーー!!」 【猫耳パニック!? 完】

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