91 / 142
【番外】玲依の誕生日①
春休みなのに、3日連続の集中講義。その最終日、講義室の後ろの席から女子たちの明るい声が響いた。
「芽依、誕生日おめでとう!」
「これプレゼント。芽依の好きなぬいぐるみ、見つけたんだ」
その中心にいる女の子、髙月芽依はモデルか芸能人かと思うほど美麗に整ったその顔を人懐っこい笑顔へと変えた。
「わあ、かわいい! ありがとみんな!」
ひと通り、祝いの言葉とプレゼントをもらった芽依は、通路を挟んで由宇の隣の席に座った。そこに座る時は何か話したいことがある、ということだ。由宇を挟んで反対側に座る翔太は警戒を含めながら横目で芽依を見やった。
「芽依、今日誕生日なのか。おめでとう」
「ありがとー尾瀬くん! プレゼントは用意してる?」
「いや、知ったの今だからなんもない、ごめん。また今度……」
芽依はふるふると首を振る。
「私のじゃなくて、玲依の」
「玲依、の……」
今まで双子という存在が身近にいなかった由宇は、大事なことを失念していた。目を見開き、「あっ!?」と声を上げる。
「お前ら、双子だ!!」
「そーだよ。双子だから誕生日一緒だよ。で、玲依のプレゼント」
「あー……用意して、ない……」
「玲依、楽しみにしてたよ。ずーっと。こっちが迷惑なぐらいソワソワしててさ」
その様子を頭に浮かべ、腑に落ちた。
「どうりで最近なんかおかしかったわけだ……いつものことかと思って気にしてなかった……いや、誕生日とか知らなかったし、あいつ何も言わないし!」
「まあ、自分の誕生日って言いづらいもんじゃない?」
「うっ……」
ショックを受ける玲依の顔がポンポンと思い浮かび、とんでもない罪悪感に襲われた。重くため息をつく。
「プレゼント、買いに行きます……」
「講義のあと行くなら、一緒に行こっか? 私なら玲依の好みバッチリわかるよ」
芽依はドヤ顔でウインクをキメる。
「え、いいのか? 芽依こそ誕生日なんだし友達とパーティーとか……」
「それは夜からだから大丈夫!」
「じゃあ……よろしく」
(俺の誕生日だっていろいろしてくれたわけだし、これはお返し、お返しだから……まあ、落ち込む顔より嬉しそうな顔の方が見たいしな……)
そしてお昼。講義終了後、由宇と芽依、それに翔太は大学から比較的近い大型ショッピングモールへ向かった。
「……で、なんで名越くんまで来てるの? 玲依へのプレゼント選ぶとこなんて見て、うーん、その、大丈夫?」
「そうだよ。翔太と玲依って仲悪いし、見ててもつまんないだろ」
「尾瀬くん……」
どうにも哀れな目で見られ、由宇は首をひねる。
「は?」
「そうだけどそうじゃないんだなぁ……」
「お前ら2人だとどうも心配だからだ」
これ以上由宇に何も言うなと言わんばかりに、翔太は話を遮ってスタスタと歩きだした。
ショッピングモールに到着し、翔太の心配は的中した。
「あっ! 限定コスメだーかわいいー!」
「おい芽依……あ」
コスメショップに一直線に向かう芽依。それを連れ戻そうとした由宇は、開けた通路にある和菓子の出店に目が止まり、そっちに行ってしまった。
やっぱりこうなった……と翔太はため息をつき、まずは由宇のところに向かう。
「由宇。プレゼント探すんだろ」
「そうだけど、美味そうな苺大福と目が合ったんだよ。すみません、苺大福2個お願いします」
「苺大福に目はないだろ」
「ないけどあるんだよ! てか、これも玲依にあげるんだよ。一緒に食べようと思って」
そんなやりとりを嬉しく聞いていた店主は、団子を2本、苺大福と一緒にパックに詰めた。
「兄ちゃん、嬉しいこと言ってくれるからおまけ入れといたよ。はい、ありがとね!」
「わ、ありがとうございます!」
目を輝かせて袋を受け取る由宇を、翔太は複雑な面持ちで見つめていた。
「あ! 芽依のこと忘れてた!」
「こうなると思ったからついてきたんだ。まだあそこにいるぞ」
芽依はいまだに限定コスメを一生懸命見比べていた。
「芽依、行くぞ!」
「待ってぇ……このシャドウどっちの色がいいか迷ってて……こっち、いやこっちかな」
「今買うのか?」
「限定はすぐなくなっちゃうの! だから自分への誕生日プレゼントにする! 尾瀬くんはどっちがいいと思う? フィーリングで選んで!」
ずいっと目の前にコスメを2個出された。ピンクブラウンとオレンジブラウン。どっちもおんなじじゃないか?と由宇は目を細める。
「よくわかんないけど……こっちかな」
「おっけー!じゃあこれにするね、ありがと!」
「ちょ、俺が決めていいの、か……」
由宇が止める間もなく、選んだオレンジブラウンを手に取り、芽依は意気揚々とレジへ向かった。
気を取り直して、3人は平日で人も少なめなショッピングモールを歩き始めた。
「いやあ、いいもの買えたー! で、何買いに来たんだっけ」
「玲依の誕プレ」
「あー! そうそう、ははは。何買うか決めたの?」
「講義中に考えた。ピアスがいいかなって」
芽依は瞳を輝かせてパン、と手を叩く。
「なるほど、いいじゃん!」
「でも俺開けてないからどこで売ってんのかわかんなくて。いいとこ知ってるか?」
「それなら、玲依がよく買ってるとこに行こう!」
芽依に来てもらって正解だったな……と、いいものが見つかるか焦っていた由宇はひと安心した。
仲良さげに話す由宇と芽依。玲依のことを考えている由宇。そんな状況に、翔太の心の中はイライラとざわついていた。
*
その頃、大学構内。
春休みで講義はないものの、新入生のための準備で調理科は忙しくしていた。芽依に負けず劣らず大量のプレゼントを貰ってた髙月玲依は、内心不安になっていた。もう昼だというのに由宇からの連絡が一切ない。
(由宇……俺の誕生日、きっと知らないよね。言ってないし……言ってないというか、言いづらかったというか、だって3月30日が誕生日です!プレゼントください!ってカッコ悪くて言えなかったんだよなあ……)
新入生準備を抜け出し、ひとりで構内のベンチに座りながら、うだうだと自問自答を繰り返していた。
「れーいくん」
「うわっ!?」
突然耳もとで囁かれて、玲依は飛び上がった。背後には、柔らかな春の光で照らされた金の髪と緑の瞳。音石七星が立っていた。
「聞いたよ、お誕生日なんだって?」
「お前は知ってるのかい……」
「ということは由宇くんは知らないんだ? あはは、可哀想にねぇ」
「う……」
精神的に参っている玲依にさらに追い討ちをかけるべく、七星は玲依の隣に座った。
「誕生日の玲依くんには、良いことを教えてあげる♡」
にこにこと微笑みながら、玲依の耳もとで囁いた。
「由宇くんが妹ちゃんと出かけてるとこ見ちゃった♡」
「えっ……!?」
正確には"由宇と芽依と翔太の3人で"なのだが、七星はそれを隠した。そんな七星の作戦通り、玲依はみるみるうちに顔色を変えた。
「な、なんで芽依と……俺とじゃなくて……」
「さあね。俺は見ただけだから知ーらない」
「まさか抜け駆け……!? いや芽依に限ってそんなことは……それじゃあ、ふたりきりでどこに……? わかんない……なんもわかんない……」
(滑稽だなあ。あの場には翔太くんもいたし、おそらくは妹ちゃんに付き合ってもらって玲依くんのプレゼントを買いに行く、とかだろう。でも誕生日だからって、そう簡単に玲依くんに得させてたまるか)
さらに悩みだす玲依を、七星は悪魔の笑みで見つめた。腹を抱えて笑いそうなのを我慢している。
「さーて、俺は実験の続きでもしよっかなあ!」
元気に立ち上がったところで、七星はふと足を止める。白衣のポケットから真っ赤な液体の入った、ラベルに髑髏マークが描かれている瓶を取り出して、玲依に差し出した。
「はい、お誕生日プレゼントだよ」
「激辛ソースって……」
「これ食べてそのご自慢の舌、麻痺しろ。じゃあね~」
七星は手を振り、去っていった。
ぽつんと残された玲依の心はさらにどんよりと曇ってしまった。
(こんなことになるなら、カッコ悪くても言えばよかった。柄にもなく黙ったりして……馬鹿だな、俺。いちばん欲しい人からプレゼント貰えないなんて……)
ともだちにシェアしよう!