92 / 142

【番外】玲依の誕生日②

「う~~~~~~ん、やばい決めれん」  玲依が自己嫌悪で悩みに悩んでいる最中、由宇も大いに悩んでいた。  芽依が案内してくれたメンズブランドの服屋の一角にあるピアス棚の前で腕を組む。 「いつもシルバーの輪っかのやつつけてるよな。おんなじ感じがいいのか、ちょい別の感じにするか……」 「尾瀬くんがあげたらなんでも喜ぶよ」 「だろうなぁ」  自信ありげに言い切ったことに、由宇は自分で気づいていなかった。それだけ玲依のブレない態度を信用しているということだ。  悩む背中を、芽依は感動の眼差しで見守った。 (玲依、けっこういい感じじゃん。アプローチの仕方はやばいけど、気持ちは伝わってるみたい。よかったよかった) 「翔太だったら、どれもらったら嬉しい?」 「(由宇からなら)どれでも」 「お前はそればっかだなあ……」 (うーん、でもこう見てても名越くんは強力だな。彼氏感がすごい。玲依、健闘を祈る)  息のあった会話を広げる幼なじみたち。芽依は生温かい心境で玲依にエールを送った。  何十分かかけて由宇はようやくピアスを選んだ。  玲依は新入生の入学準備で調理科棟に来ていると芽依に聞いた。友達と待ち合わせをしている芽依と、サークルに顔を出す翔太とともに帰りも3人で大学まで戻ってきた。 「それじゃ私はここで。ばいばーい!」 「待って、芽依」  笑顔で足取り軽く去っていく芽依を、由宇が呼び止めた。 「今日はありがとな。これは芽依に誕生日プレゼント。高いもんじゃなくて悪いけど」  由宇は持っていた紙袋の中から、ラッピングされ赤いリボンがついた袋を取り出す。透明な袋の中には小さな飴が束ねられて花束のようになっている。 「わ、え、かわいい!いつの間に買ってたの!」 「ひみつ」 「もー!そういうことしたらモテちゃうぞ、私じゃなかったら惚れてるぞ、このこの!」 「いたっ、力強っ!」  満面の笑みで飴の花束を受け取った芽依はバシバシと由宇の背中を叩いた。 「進展するといいね。じゃー頑張ってー!」 「だから、そんなんじゃねーって!」  遠ざかっていく背中に叫んでいるうちにすぐ芽依の背中が見えなくなる。  すると翔太も、由宇から一歩距離を取る。 「じゃ、俺も行くな」 「うん。来てくれてありがと!」  屈託のない由宇の笑顔。もう一度近づいて由宇の頭を撫でた翔太は、ひらりと手を振って武道場の方向へ向かって行った。  その横顔が切なげに曇っていたことは、誰も知らない。  手を振り終えて、1人になった由宇はスマホを取り出した。せっかく買ったんだから、今日中に渡しておきたい。玲依に電話をかけるが…… (出ない。いろいろ準備してるって聞いたし、ちょうど手が離せないのか? 調理科棟まで行ってみるか)  いつもなら秒で返ってくる返事が来ない。胸をモヤつかせながら、ひとこと、『玲依、今どこ?』とメッセージを入れておいた。  調理科棟の前に到着し、キョロキョロとあたりを見渡す。慣れない校舎に入るのはなかなか勇気がいる。でも、ここで待っていても仕方ない。とりあえず、聞きやすそうな人に聞いてみようと、ピアスの入った紙袋を握りしめ、中に入った。  しかし、調理科棟全体はバタバタとしていた。入学準備とはそんなに忙しいものなのか。到底誰かに聞けるような雰囲気ではなく、諦めて引き返そうとしたとき、 「あれ、尾瀬?」  声をかけられ振り向くと、ダンボールやゴミ袋を抱えた志倉が立っていた。玲依と同じ調理科の先輩であり、由宇のバイト先である学内カフェで同じく働いている、少しめんどくさがりだが頼れる先輩だ。 「志倉先輩! いいところに!」 「どうしたこんなとこで。あ、髙月か?」 「そうです、玲依探してて……どこかで見ませんでした?」 「見てないな。つーか、探されてたぞ。忙しいのに髙月が消えた!って、二年の方から聞こえてきた。尾瀬が探してもダメなのか?」  由宇はこくんと頷く。 「電話は折り返しなくて、メッセージも既読にならないんです。玲依の妹の芽依からはここにいるって聞いたんですけど」 「……ちょっと二年に話聞いてみるか」  志倉は来た道を引き返し廊下を奥に進んでいく。由宇はその後をついていきながら、 「でも先輩も忙しいんじゃ」 「そうでもない。準備に飽きたから、ゴミ捨て行くって抜けてきただけ」  冗談混じりに笑い飛ばした志倉は、とある教室を覗き込んだ。  そこでは学生がグループごとに分かれ、オリエンテーションの準備をしていた。パンフレットを作成したり、調理科棟を案内するための打ち合わせをしていたり、忙しそうにしながらも、楽しそうに準備を進めていた。 「えーと、誰に聞くかな……お、藤。ちょっと来い」 「志倉先輩? どーしたんすか」  比較的ドアの近くにいた、藤と呼ばれた男がトコトコとやって来る。 「お前髙月と同じ班だったよな。あいつどこいるか知ってるか?」 「いやーそれが、朝は普通だったのに、ちょっと前に『外の空気吸ってくる』って暗い顔で出て行ったまま帰ってこないんすよ。今日誕生日でプレゼントあんな大量にもらってちやほやされてたくせに、シケた面してムカつきますよ」 「へえ、誕生日」  教室の隅には藤の言葉通り、大量の紙袋や綺麗にラッピングされた袋が見える。 「髙月、好きなやつできてからそいつの行動で強めに一喜一憂してるんで、大方そいつにプレゼント貰えてないとかだろうって、他のやつらと予想してるんすけど……」  ぎく、と由宇が体を固める。  志倉の視線は自然と由宇に向かい、それに合わせて藤の視線も由宇へと注がれる。由宇の焦る表情と、手に握られた紙袋。 「……お前かぁ!?」 「尾瀬、もしかしてそれ」 「ハイ、そうです……プレゼント渡すために玲依を探してました」  観念して白状すると、藤はじろじろと由宇を見る。 「お前が髙月の!」 「ごめん。俺がプレゼント渡すの遅くなったから、玲依の調子が悪かったんだと思う……言い訳をすると、誕生日だって知らなかったけど玲依の妹に教えてもらって、さっきプレゼント買ってきたんだ」  モゴモゴと言い訳しながら由宇が申し訳なさそうに頭を下げると、藤はあっけらかんと笑った。 「知らなかったのか。なら余計にそんなんで謝らなくていいって。あいつもプレゼント貰えないくらいでしょげすぎ。男ならどーんと構えとけばいいんだよ」 「大学生になると誕生日とか知る機会ねーよな。オレも記念日とか覚えんのダルい派」  藤にも志倉にもフォローされ、由宇は胸を撫で下ろす。それでも玲依が電話もメッセージも無視する理由はわからない。胸のモヤモヤは取れないままだ。 「玲依、誕生日とか俺に祝って欲しいだろうし、勝手に言ってくるもんだと思ってた。俺には言わなくていいことまでなんでも話してくるし、あいつらしくない」 「あの髙月が遠慮してんのか?」 「プレゼント欲しいくせに誕生日は伝えてないって矛盾してんな。察して欲しい的な女子かよ」 (そりゃ最近ソワソワしてたけど……志倉先輩の言う通り察して欲しかったのかな。んなの気づくわけねえだろ……) 「玲依のバカ……」  不安そうな、怒っているような、そんな微妙な表情。志倉と藤は顔を見合わせ、同時に由宇の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「あいつはお前のこと大好きなんだから、だいじょーぶだって」 「よしよし、なんか撫でたくなるなあ」 「藤……尾瀬のこと構ってたら髙月にありえないほど牽制されるぞ」 「うわ厄介っすね~1回見てみたい。てか先輩も構ってるじゃん」 「オレは慣れてんの」 「ちょ、撫でるの終わり!」  うわっと振り払い、由宇は恥ずかしそうにボサボサになった髪を整える。 「悪い悪い」 「でも、励ましてくれたんですよね。ありがとうございます。えーと、藤もありがとう」  由宇が笑みを見せると、それに合わせて藤もにぱっと笑った。 「いいやつだな、お前。尾瀬って言ったか。髙月といるとまた関わる機会あるかもしれんし、今後ともよろしくな」 「うん、よろしく」    するといつのまにか、ドアの周りに男子も女子も構わずどやどやと人が集まってきていた。教室内で作業中の人も、みんな手を止めて聞き耳を立て由宇を見ている。 「藤、髙月の好きなやつって聞こえたけど!?」 「わー、かわいい!」 「この人、カフェのバイトしてる子じゃない?」 「髙月に変なことされてない?大丈夫?」  話が飛び交い、ええと……と目を回して戸惑っていると、志倉が間に割り込んだ。 「こらこら、いっぺんに話すな。尾瀬が戸惑ってるだろ。尾瀬、そろそろ髙月探しに行くだろ?」 「あ、はい!」 「じゃーお前ら、邪魔したな。行くぞ」  志倉が抜け出すタイミングをくれた。「えー!」「もうちょい話したい!」と声が飛び交う中、由宇がペコリと調理科たちに礼をしたところで、藤が教室を抜け出して由宇を呼び止めた。 「なあ尾瀬。髙月見つけたらここに連れ戻してくれね? 全然作業進んでなくて困ってんだ」 「見つけれたらな」 「俺たちほぼ毎日糖度120%の惚気話聞いてんだ。むしろお前じゃねーと見つからねえよ」 「毎日!?」  由宇が恥ずかしさにボッと頰を染める。 「一年のころの髙月はいい子ちゃんすぎてどうも掴みどころがなかったけど……オレは今のあいつの方がおもしろくていいって思ってる。ま、こいつらも揶揄いながら見守ってるから、頑張れよ」 「あ、ありがとう」  志倉の後を追いかけようとした由宇だが、くるりと振り返った。頰を赤らめながら、少しだけ声を張り上げた。 「あの、俺と玲依は付き合ってないから! そこは勘違いしちゃダメだからな! じゃ、絶対見つけて連れ戻すから、待ってて!」  駆けていく背中を見つめながら玲依のクラスメイトたちは、 「ツンデレ……」 「ああいうとこが好きなんかな……」 「やっぱデキてる?」 「デキてなくても脈はあるでしょ」 「戻ってきた髙月の反応が楽しみ」 「わかる~」  と、楽しそうに口々に言い合うのだった。 「んじゃ、俺はこれ捨てに行かねーとだから。そろそろ戻んないと俺も怒られる」 「すみません。話聞いてくれて、ありがとうございました」 「いーや、いい気分転換になったわ。見つかるといいな」 「はい。絶対見つけます!」  笑顔でそう言い残して、志倉はゴミ捨て場の方へ去っていった。

ともだちにシェアしよう!