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【番外】玲依の誕生日③

 もう一度スマホを確認したが、玲依からの連絡はいまだにない。  玲依の身になにかあったんじゃないか、それとも誕生日を忘れてたから幻滅されたんじゃないか、でもあの玲依が自分を諦めるとは思えない。 (誕プレ欲しいんなら連絡無視すんなよ! わかるだろーが!そっちが察しろ!)  不安なのか、焦りなのか、怒りなのか。  ぐちゃぐちゃと色んな感情が胸の中を巡る。それを紛らすように、由宇は構内を走り回った。  大方見回って息を切らしながらスマホを取り出す。怒りを振り払うように首を振った。 (いや、玲依を責めてたらダメだな。言葉にしないと伝わらない。いつも玲依は言葉にしてくれてた。だから俺だって……! 志倉先輩も藤たちも応援してくれた。絶対見つけるって言ったんだ。頑張って探そう。きっと構内にいるはず)  由宇は気合いを入れ、リュックを背負い直して再び走り出した。  走りながら、ダメ元でもう一度電話をかけたとき、同時に着信音が聞こえた。まさか、と思い音の方へ向かう。  人通りの少ない、校舎の裏側のベンチ。  玲依が音を鳴らしているスマホを見つめて重苦しくため息をついていた。  由宇は何も考えず電話を切り、飛び出した。 「こらあ、玲依! 無視すんな!」 「由宇!?」  目元を赤くした玲依は、びくりと肩を揺らした。由宇は息を切らしながら、ずんずんと玲依に近づく。 「おまえっ……こんな分かりにくいとこに……くっそ探した……!」 「え、な、なんで、来てくれたの……?」 「なんでって、当たり前だろ。これ、渡したかったから」  紙袋を、玲依の前に突き出した。 「誕生日、おめでとう」 「えっ」  恐る恐る紙袋を受け取った玲依は、何度も袋と由宇を見比べて瞳を潤ませた。 「これ、俺に……!?」 「遅くなってごめん」 「……もう、貰えないのかと思ってた……」 「知らなかったんだよ、お前の誕生日だってこと。でも連絡無視すんな!」 「それは……本当にごめんなさい」  玲依は座ったまま頭を下げ、しょんぼりと目を逸らす。 「今の俺、すっごいカッコ悪くてうじうじしてるから、見られたくなくて。見られたら愛想尽かされる思って、由宇に会う資格なんかないって思って……電話出れなくて……」  由宇は、そんなことかよ、とため息をつく。そのため息には安心も含まれていた。 「お前のカッコつけが俺の前で上手くいったことなんて、ほとんどないだろ! そんなん慣れたわ!」 「はっ、たしかに……」 「だから、んなこと今更気にすんな」  由宇は玲依の隣に腰を下ろした。 「芽依に言われて気づいたんだ。それで、さっきまで芽依にこれ選ぶの付き合ってもらってた」 「えっ、デートしてたんじゃないの!?」  玲依の勘違いに、はぁ?と由宇は眉を寄せる。 「なわけないだろ。そんなんお前がいちばん知ってんだろ」 「そ、っか……そうだよね、そうだよね! ちょうど落ち込んでたところ、音石に由宇と芽依がデートしてたとか言われてさ……いいように騙されたなぁ」  いつもならそんな勘違いしないのに、自己嫌悪とショックで、七星の嘘に惑わされるほど玲依の思考は鈍っていた。 「また七星か……あいつほんと玲依を騙すの好きだな。というか、翔太も一緒に行ってるのに」 「え!? ちゃっかり名越くんもいるなんてずるい!俺だって由宇とお出かけしたかった!」 「お前と行ったらプレゼントの意味ないだろ。その、驚かせたかったし」  少し頰を染めて、目を逸らす。そんなツンデレを無意識で発揮する由宇がいじらしくてかわいい。玲依は心臓のあたりをぎゅっと握りしめた。 「由宇……好きぃ……!」 「てかもう、さっさとそれ開けろ!」  誤解もなくなりすっかり調子を取り戻した玲依は、いつものキラキラした笑顔で頷いた。  由宇が自分のために選んでくれたプレゼント。うるさいほど胸を高鳴らせ、指を震わせながらリボンをほどいて小箱を開ける。  その中にはゴールドのフープピアスが2個。玲依がいつもつけている形だが、それより細くて少しだけ輪っかが大きめだ。 「ピアス……!」 「俺の誕生日祝ってくれたお礼も含めてるから」 「もしかして、すごい真剣に悩んで選んでくれた?」 「う……まあ、その……全部おんなじに見えて選ぶの難しかったというか」  図星だったため否定することもできない。由宇の照れ隠しの言い訳を聞き終わる前に、愛しさが爆発した。玲依はガバッと由宇を抱き寄せた。 「うわっ!?」 「由宇っ、ありがとう……! 一生大切にする!」 「大げさだな……」 「墓場まで持っていくね」  ひとしきり抱きしめたあと、肩を掴まれて真っ直ぐ目を合わせられた。ガチだ、ガチの目だ。本気で墓場まで持っていくやつだ……!と思わず恐怖を感じた。 「重いわっ……せっかく選んだんだ。使えよ」 「でも失くしたらやだし……」  由宇の手が、玲依の左耳のピアスに触れた。 「耳、片方しか開いてないだろ。一個はつけて、一個は……失くさないように家に置いておけば?」 「う、うんっ、そうだね……」 (片方しか開いてないから、片耳用でいいのに……両耳分くれたってことは、俺がそう言い出すのをわかってて……って捉えてもいいのかな)  耳たぶをするすると撫でられる。由宇に触れられたところから体温が伝わって、玲依の頰を真っ赤に染めた。  そのことに気づいた由宇はバッと手を離した。  耳触るとか、なんつー恥ずかしいことを……! 「……えと、じゃあさっそくつけてみるね。つけたとこ由宇にいちばんに見てほしいし」 「おう」  もどかしい沈黙の中、パチン、と小さくピアスを止める音が響いた。 「どう?」  いつも見ている笑顔が、なんだかさらに眩しく映った。背負った薔薇もいつもより多く感じる。 「……いんじゃね。ま、お前なら何でも似合うだろ」 「ふふ、由宇って俺の顔好きだよね」 「……っ!」  これも図星である由宇は、輝く笑顔から顔を逸らした。やっぱりこいつといると心臓が落ち着かない……  逸らした目線の先に、ベンチの端に置いていたナイロン袋が映った。 「あ、そうだ。これ忘れてた」  由宇はごそごそとナイロン袋からパックを取り出す。 「苺大福! 一緒に食べようと思って買ってきた。おじさんがおまけしてくれてさ」 「苺大福!?」 「え、嫌いだった?」 「めっちゃ好きです!」  けっこうというか、随分といい雰囲気になれたのでこのまま流れに乗ってキスまで……とか考えていた玲依だったが、苺大福によって出鼻をくじかれた。 「……あ、草団子!2本も入ってるぞ!」と目を輝かせる由宇。そんな無邪気な笑顔がかわいいから、いいか!と苺大福を受け取った。

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