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【番外】玲依の誕生日④
「うん、美味いな。春だし」
「暖かくなってきたよね。それに由宇と食べるから、もっと美味しい」
ふう、と息をついた玲依は澄んだ青空を見上げた。
「俺さ、後悔した。誕生日アピールなんてカッコ悪いって思って由宇に何も言わなかったこと。いちばん欲しい人からプレゼントが貰えないことが情けなくて、ひとりで考えこんで変な勘違いまでして、さらにどん底に沈んで……もっとかっこわるかった」
「ほんとだよ。言いたいこと我慢するとかお前らしくない」
「だよね、俺らしくなかった。言葉にしないと伝わらないのに」
ふふ、と柔らかに微笑む玲依の眼差しから逸らし、由宇は残りの苺大福を口に入れた。
「……俺もちょっと不安だった。お前の誕生日、スルーしそうだったから怒ってないかなって。でもこっちだって、言われてもないのに察することもできないし、誕プレ欲しいんなら最初から言えよ!って心の中でキレたりした」
「ごめんね、不安にさせて」
「別にもう気にしてない。言ったらスッキリした。俺も言葉にしないとなって反省したし」
腕を伸ばして、モヤモヤがとれた胸に息を吸い込む。柔らかい日差しの中、由宇は団子に手を伸ばす。その手をスッと玲依の両手で掴まれた。
「俺のことたくさん考えてくれてありがとう」
「別にそんなこと……いや今日はそうだけど……」
「由宇、俺のこと好きになったら、すぐに言ってね」
「今そんな話してないだろ!?」
「言葉にしないとわかんないもんね!」
言ったことをそのまま返されて、反論もできない。「そーだな!」とぶっきらぼうに放ち、手を振り払って団子を手に取る。
にこにこと由宇を見つめていた玲依は(今だ!)と、意を決した。
「えーと、あとですね……もうひとつお願いがあって。今晩……」
「今晩……!?」」
改まる玲依を、由宇は見つめ返す。口に含んだ団子をゴクリと飲み込み、何を言われるのか身構えた。
「一緒にご飯、行かない?」
「……あ、ご飯、ご飯な」
(何をドキドキしてるんだ俺は。別にそんなんじゃないって……)
「まあ、行くか、誕生日だしな」
「うん!」
やった、と笑みを広げられて、由宇はどうにもむず痒くなった。胸がざわざわとして落ち着けない。
(誕生日だから、一緒にいてやってもいいかなって思っただけ、そう誕生日だから……!)
「由宇はどこがいい?」
「焼肉!」
ドキドキしていた気持ちは何処へやら。食べ物の話になった途端に由宇は笑顔を広げた。変わる表情を愛おしく見守られていて、由宇はハッとして訂正した。
「ごめん。お前の誕生日なのに、俺の行きたいとこじゃダメだな。玲依はどこがいいんだ?」
「笑顔が沁み入るっ……! 俺も焼肉がいいっ……!」
玲依は心臓を握り締めながら片手で顔を覆い、浸っている。由宇はちょっと引いた。思わず「うわぁ……」と声が漏れた。
「えと、いいのか? 俺に合わせなくても、お前の行きたいとこでいいのに」
「俺は由宇の行きたいところに行きたい。由宇が行きたいところを言ってくれたことが嬉しいよ」
「……じゃあ、焼肉で」
(こいつはほんと……俺が何言っても、我儘言ってもこの調子だな。今までは自分の意見が否定されたら嫌だから、相手に合わせて喋ってた。いつのまにか玲依には……ちゃんと自分の言いたいことを言えるようになってた……)
じっ……と無意識で玲依を見つめていると、玲依は春の陽みたいに暖かく微笑んだ。
「今から夜ご飯食べるのは早いよね。それまでどこかで遊んで時間潰そう!そうしよ!」
由宇の手を取って立ち上がろうとする玲依。由宇は首を振った。
「それはダメ」
「んえ!?なんで!? この流れでダメ!?」
「調理科の人たちに玲依を連れ戻せって頼まれてるから」
由宇は藤との約束を忘れていなかった。
玲依はえええ……とショックを露わにする。
「頼まれ……ってどういうこと?」
「玲依を探して調理科棟に行ったら志倉先輩に会って、それからお前のクラスメイト……藤ってやつと話して、頼まれた。そんで絶対連れ戻すって宣言した。宣言したからにはやり遂げないと。苺大福も団子も食ったし、そろそろ戻るぞ」
本日記念すべき二十歳を迎えたというのに、玲依はイヤイヤ期の子どものように首をぶんぶんと振った。
「嫌だ!」
「……わ!」
ガバッと由宇に抱きつき、由宇の首もとに頭をぐりぐりと擦り付けた。
「年に一度の誕生日、しかも由宇との時間! やっと会えたのに、離れるなんて嫌だ!今日は日付け変わるまで一緒にいたい!」
「駄々こねんな!二十歳だろ!」
「今日はもう我慢してカッコつけたりしない!だから行きたくない!明日やるから、明日は本気出すから!」
由宇は呆れて玲依の背中をバンと叩いた。
「行くぞ」
「はい……」
足取りの重い玲依を引きずるように引っ張って調理科棟へ連れて行く。
調理科棟の前に到着し、由宇は玲依の背中を押した。玲依は悲しそうに振り返る。
「一緒にいたいよ……」
「俺がいると作業の邪魔だろ。それに、調理科たちのあの調子……俺が玲依と一緒に行ったらすげえ揶揄われるだろ」
「……そうだね。由宇がみんなに囲まれるのは嫌だし。みんなが由宇のかわいさに気づいてライバルが増えるのもよくない……由宇は俺のだもんね!」
「お前のもんになった覚えはねえよ」
玲依は悪気なく微笑んだ。スッキリとした笑顔なのに独占欲丸出しで、由宇は苦笑いで誤魔化した。
「藤にはよろしく伝えといて」
「うん、釘刺しておくね」
釘……?
どういうことかと疑問を返す前に、玲依は入り口まで歩き、また振り返った。
「終わったらすぐに連絡するから、頑張って作業終わらせるから!」
「おー、どっかで時間潰しとく」
「俺は、由宇のものだからね」
玲依は見せつけるように金色のピアスに触れた。意味がわかってしまった由宇はすぐに頬を真っ赤に染めた。
「そ、そういうことじゃないって!」
「由宇、大好きだよー!!」
「でかい声で叫ぶな!」
*
「あー!髙月戻ってきた!」
「どこ行ってたんだよ!」
「ただいま。ご迷惑おかけしました」
おもしろがるクラスメイトたちは玲依に集まり、どうだったのかと一斉に話し出した。
玲依の手には先ほど由宇が持っていた紙袋が握られている。それを確認した藤は上手くいったことを察した。よかったな、尾瀬。と由宇を思い浮かべていると、玲依が隣に並んだ。
「藤くん。さっきは由宇のことありがとう。由宇がよろしく言ってたよ」
「お前全然戻ってこねーんだもん。やっぱ尾瀬に頼んで正解だったわ「」」
「ごめんね、迷惑かけて……でも、ひとつ言わせて。あんまり束縛すると嫌がられるから、由宇の友達が増えるのはまだ10000000000歩譲って許すけど……」
「桁多っ」
「由宇は俺のだから」
爽やかな笑みとは裏腹の毒々しい嫉妬剥き出しの言葉が紡がれ、志倉先輩の言ってたのはこれか……と、藤は肝を冷やしたのだった。
【玲依の誕生日 完】
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