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邪魔される七星
ついてきたリリィを抱きながら、全く動かないカメレオンをじっと見つめていると、七星が後ろから抱きついてきた。引き剥がしながら「何してたんだ?」と聞くと、
「牽制」
「……は?」
「由宇くんは俺のだもん」
「お前のになった覚えはない。そんなことより」
「も~~由宇くん冷たい! 俺はこんなにも嫉妬してるのに!」
七星は頬を大きく膨らませる。一体何に嫉妬してんだよ……と内心思いながら話を続ける。
「ここって爬虫類もいるんだな。こいつ、カメレオンだろ? さっきから全く動かないんだよ。そういうもん?」
「ああ、ごはんあげたらすっごい速く動くよ。見てみる?」
「……え、爬虫類のエサって……」
ものすごく嫌な予感。
「もちろん」
心底楽しそうにニヤリと笑った七星は、扉に「倉庫」と書かれたさらに奥の扉に入った。ごそごそと音がしている。嫌な予感に心臓が速く動きはじめる。
「こーれ♡」
出てきた七星の手には透明な筒。中では、しきりに跳ねまわる……茶色い……
「ぎゃああ! やっぱり!」
「はーい、その通り。由宇くんの大っ嫌いな虫でーす♡」
反射的に後ずさって距離を取った。動くコオロギに反応するリリィを「だめ、行っちゃだめ!」と必死で抱きとめる。
小学校の頃、七星に散々虫を投げられた記憶が頭をよぎった。筒の中に入っていても、七星が虫を持つと投げてくるんじゃないかと不安だ。
「……さすがにここでは投げないって」
「ほんとか?」
「ほんとほんと」
ここでは、ってことは別の場所だったら投げるってことじゃね? と疑いながらも少しだけ距離を縮めた。でも虫に近づくのは嫌なので、遠巻きに見守る。
「じゃあ、これをこの子にあげると~ はいどうぞ、レオンくん」
七星は慣れた手つきで、数匹の虫をカメレオンのレオンくんのケースの中に落とした。
さっきまで動かなかったカメレオンは音もたてずにゆっくりと動き出し、長い舌で一瞬のうちに捕食した。
「はっや……!」
「ねー。食物連鎖を感じるよね。由宇くんもあげてみる?」
「……いいや……」
七星の言う通り、食物連鎖なんだけど……さっきまで生きてた虫が食われる衝撃に、どうにも複雑なものを感じる。話しているうちにカメレオンは食事を終えてまた動きを止めていた。
「趣味って言ってたけど、これだけ動物飼ってる長谷川教授って、もしかしなくてもすごい教授なのか?」
カメレオンから移動し、その隣にいる白い綺麗なヘビを眺めながら、何気なく七星に聞く。
「長谷川教授は生物科のいちばん偉い人。動物バカだけど、ああ見えて生物学の研究者の中では有名みたいだよ。本も出してるらしいしね」
「へえ……! すごい人なんだな」
「俺は化学専攻だから生物の先生とは関わりなかったけど、大学内でリリィを探してたら、教授がリリィにごはんくれてた。それからは、リリィも懐いたからたまにごはんをもらったり、人手が足りないときはここのお世話も手伝わされてる」
白ヘビは七星のことを赤い瞳で見つめている。七星の顔がわかるのか? 七星もガラスケースを覗きこみ、ヘビと目を合わせてにこっと笑った。
「この子、メンクイなんだよね。噛みつくほどではないけど、他の人には塩対応でさ、俺の顔には反応するんだ」
「あ、そうなんだ……お前レベルに顔のいい人、そうそういないと思うけど」
動物にもいろいろあるんだな。七星レベルの顔面は俺の知ってる限りだと玲依ぐらいしか……と思い浮かべていると、七星がぎゅっと抱きついてきた。
「由宇くんも俺に惚れてくれてもいいんだよ? こんなに可愛い顔してるのに」
「惚れない。さ、次の動物見るぞ。あ、あれなんだ? 知らないやつだ」
「はぁ……つれなーい」
ひと通り動物を見て周り、部屋の端に置いてあった木製のベンチに腰掛けた。リリィは俺の膝の上だ。
広い部屋を一周するだけで相当な種類の動物がいた。珍しい動物もたくさんいたけど、名前や特徴など、わからないことは七星に聞けばすぐに答えてくれた。その動物の性格まで、七星は細かく覚えていた。
「化学専攻なのに動物たちのこと、よく知ってんだな。さっき教授も知識は申し分ないって褒めてたし」
「こんぐらい普通。お世話してれば覚えるよ」
「そうか? 興味がないと覚えないと思うけど。だから、七星だって動物が好きってことだろ」
「……好き」
緑の目を瞬かせた七星は、腕を組んだり眉を寄せたりして考えたあと、微妙な顔でもう一度俺を見た。
「そう、かも?」
「なんで疑問系なんだよ」
「由宇くんとリリィ以外の生物に興味を持ったことなかったけど……そっか、なんだかんだ好き、なのかも」
「そうだろ」
「だね、腑に落ちた」
納得したのかコクリとうなずいた。それと同時に七星の腕が音もなく首もとをまわる。リリィは察したのか、俺の膝の上から素早くいなくなってしまった。
「ちょ……っ!」
「やっぱり由宇くんはすごいなあ……♡ 俺が自分で気づいてないこともわかってくれる。俺たち運命だよ……♡」
「耳もとで話すなあ!!」
普通に会話できてると思ったら、急にやばいモードに切り替わった! こういうときの七星はめちゃくちゃ力が強い。剥がそうとしても剥がれないし、耳まで舐められている。
「ななせぇ! やめろ!」
「邪魔されないうちに、由宇くんのこともらっちゃお……」
「た、たすけ……」
叫べばなんとかなるかもしれない。そう思い、息を吸い込んだ瞬間、べシン!という音ともに、七星づたいに小さく衝撃が伝わった。
「ったぁ!」
声を上げて頭を抱えた七星の肩から、小さな動物がひょこっと顔を出した。小さい体に対して大きい目と耳。サルっぽいその動物は七星の肩から俺の手のひらに飛び移った。
「うわ、ちいさい!」
「こいつ……っ俺の頭蹴ってきた! いつのまに脱走した!?」
七星は眉をつり上がらせて、サルっぽい動物を睨みつけた。
「かわいい……けど、サル?なのか?」
「ショウガラゴ。サルの仲間」
冷静に答えながらも、掴みかかろうとした七星を避け、俺の手のひらから腕をつたって肩に座った。こいつのおかげで、七星が離れた。よかった……
「こいつの名前は?」
「ガラちゃん」
「ガラちゃん。ありがとな、助かったよ」
「ムッカつくなあ……こいつ絶対由宇くんに媚び売ってる! 得意げだもん!」
七星とガラガラちゃんが睨み合う。
「七星、大人げないぞ。ガラちゃんをもとの場所に戻してやらないと」
「はぁ……そーだね」
「こっち」と歩き出す七星についていき、ガラちゃんをケージに戻すが、大きな目でじっと見つめてくる。
「また来るよ、ガラちゃん。じゃあ七星、そろそろ帰るか……」
ガラちゃんに手を振って出口の扉へ向かおうと歩き始めると、七星に服の端をくいっと引っ張られた。
「由宇くん、モテすぎ」
「そうか? でも動物が懐いてくれるのは嬉しいな」
「ぜんっぜん嬉しくないよ!」
そのとき、扉が開く音がし、七星とともに覗き込んだ。
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