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乱入者

「音石七星ぇ!」 「うるさっ……どいつもこいつもタイミング悪いなあ」  すごい勢いで部屋に入ってきたのは、黒縁メガネの頑固そうな男。その男は七星を見るなり近づいて思いきり指をさした。 「僕がななちゃんを見つけて長谷川教授に報告したかったのに、また君の手柄になってしまったじゃないか!」 「あーもー……どうもこうも、俺じゃないよ。見つけたのはリリィと、俺の恋人の由宇くん♡」  見せつけるように抱きついてくる七星を押しのける。 「恋人じゃねーって! あ、すみません、絶対違うので気にしないでくださ……」 「……こい、びと」  み、見るからにめちゃくちゃショックを受けている!! 「えと七星、この人は?」 「理学部二年のメガネくん」 「いやメガネが名前じゃないだろ」  こっそり七星に話しかけたのに、七星はいたって普通のトーンで話す。メガネの男はずれたメガネと背筋を正した。 「すまない、取り乱した。僕は理学部生物コース二年、名前は目黒雅也(めぐろまさや)。メガネが名前ではない」  差し出された手を握り返す。 「だよな。俺は文学部二年の尾瀬由宇。何度でも言うけど、七星の恋人じゃないから」 「そうか、それは安心した」  大いに不満そうな七星が、間に割って入ってきた。 「勝手に安心すんな、てか由宇くんに触るな! 由宇くんもひどいよ! 10年間離れ離れだった愛する二人が運命的に再会!そこから再び愛を育んで……ぐらい言ってくれないと♡」 「んなわけないだろ!?」  目黒は俺と七星を見比べながら、訝しげに首を捻る。 「なにか……君たちの間で大きな齟齬があるのだが……結論、音石七星の片想いということであっているか?」 「そう、そういうこと!」  物分かりいい人で助かった……!  あらぬ誤解を生まずに済んだ。ひと安心すると、七星は不機嫌そうに舌打ちをした。 「チッ……うまく丸め込んで、『俺と由宇くんが付き合ってる』って、大っぴらに噂を広めてもらおうと思ったのに……」 「音石七星、君は本当に性格が悪い。その性格でなければ……」 「なければ、好きになってたって? それもう俺のこと好きでしょ」 「好きじゃない!!」  目黒は顔を真っ赤にして声を張り上げた。これは……わかりやすいな…… 「まあ、どっちでもいいけど。俺は由宇くんしか興味ないから」 「そういうところが性格の悪さを表している」 「ハイハイ、素直になればいいのに。俺のこといっつも見てるし、絡んでくるし。そういうことでしょ? メガネくん、見るからにムッツリそうだもん」 「断じてない! 僕が好きなのは君の顔だ!」  言い切った目黒は「しまった!」と口を塞いだ。 「ほらね」 「すごくわかりやすい……」  目黒はまだ頬が赤い中、ゴホンと咳払いをした。 「そんなことよりも音石七星、僕は君に聞きたいことがある。数日前、君にベタベタと触っていた茶色の髪の男は誰だ?」 「もしかしてそれずっと気にしてたの? あはは、俺のこと好きすぎでしょ。あの人はただの従者だって」 「それ以外の情報がほしいんだ!」  七星、教える気ないな。目黒が気の毒になってきた。 「それ伊田先輩のことだろ。七星、ちゃんと教えてやれよ」 「むー……由宇くんに言われたら……仕方ないなあ」 「音石七星を一瞬でたしなめるとは……」 「好きな人に言われたら仕方ないってなっちゃうんだよねえ。名前は伊田……下の名前知らないや。調理科の三年生。俺の顔に一目惚れして、告白もされたけど断って、代わりに実験のお手伝いしてもらってるってわけ。以上」 「ふむ……」 「満足した?」  顎に手を当てて熟考した目黒は大きく頷く。 「つまり、あの男とは特別な関係ではないということだな。安心した」 「俺は由宇くん一筋だからね」  そこドヤ顔で答えられても反応に困るな…… 「恋愛面は本当に一途なんだな」 「そ。メガネくんの恋が叶う可能性は1ミリもないから、ごめんね♡」  また引っ付いてくる七星を振り払う。 「七星……お前基本的に煽り口調なのやめろって。カフェのときにも言ったろ。目黒が悪いやつには見えないけど、逆上してくるやつもいるんだから気をつけないと……」  七星の目がきらきらと輝きだす。嬉しそうにしていたななちゃんと似たガラス玉のような瞳。 「由宇くんっ……!好きぃ!♡」 「君はすごいな。音石七星を心配しつつ僕にもフォローを入れるなんて……」 「や、そんな大したことないって……」  妙に真剣にまじまじと見つめられて、はは、と愛想笑いを返すと七星が思いっきり目黒を睨みつけた。 「由宇くんと会話するぐらいなら仕方なく許してやるけど、手ぇ出したら許さないから。メガネくんは黙って俺の顔眺めとけばいいんだよ」 「言ったそばから!」 「だから……っ君のそういうところが嫌いなんだ!」 *  後日。講義が終わってすぐ、スマホが振動した。長谷川教授からの電話だった。ななちゃんの一件のあと、七星づてに教授の連絡先を聞いていた。研究室に来たいときは、あらかじめ連絡をくれたら準備しておくから、とのことだったのだが……  電話に出ると、教授の焦りの声がいちばんに飛んできた。 「あっ、もしもし、尾瀬くんかい!? ななちゃんが暴れて大変なんだ!」 「暴れてる!?」 「このあと予定が空いてたら、すぐに来てほしい! 空いてなければ、近いうちにでも……でないと、ななちゃんが……っ!」  教授のこの焦りよう……ななちゃん、大丈夫か!? 何があったんだ!? 「わかりました! ちょうど次空きコマなんで、すぐに行きます!」 「尾瀬くん! 来てくれてありがとう!」 「いえ全然です。それで、ななちゃんは……!?」  「こっちだ」と、前と同じように案内され、飼育部屋のななちゃんのケージの方へ真っ直ぐ向かう。ななちゃんは、必死の形相でケージを噛みちぎろうとしていた。 「こんな感じで……おそらく尾瀬くんに会いたくて、脱出しようとしていると思うんだ」 「ええ!?」 「声をかけてみてくれ」  頷き、しゃがんでななちゃんの目線に合わせる。 「ななちゃん、こんにちは。遊びに来たぞ」  すると、ななちゃんは噛むのをやめてこちらをじっと見つめた。そしてその場でぴょんぴょん跳ねた。嬉しいのかな? 「ね、尾瀬くんを見たら噛むのをやめた。やっぱり君に会いたかったんだ」 「ななちゃん……!」  一回会っただけなのに、こんなに懐いてくれるなんて……めちゃくちゃかわいい! 「教授、ななちゃんを抱っこしてもいいですか?」 「ぜひそうしてやってくれ」  ケージを開けると、ななちゃんは飛び出してきて、俺の膝の上に乗っかった。抱っこするとふわふわであったかい……! 「よしよし、お前かわいいなあ」 「ななちゃん、尾瀬くんに会いたいのはわかったが、ケージを噛み切らないでくれ。危ないからね」 「そうだぞ。ケージから出たら危ないもんがいっぱいある。俺また来るから、待っててくれ」  ななちゃんは鼻をヒクヒクと動かし、俺の首もとあたりにすりすりしてくれた。教授がにっこりと微笑む。 「それはうさぎが好きな人に行う行動だ。ななちゃんもわかってくれたみたいだね」 「ななちゃん……」  よしよしと撫でていると、扉が音を立てて開いた。なんかデジャヴだと思っていると、扉から顔を出したのはやはり、目黒だった。 「長谷川教授! 本日もお手伝いに参りました……あ、君は」 「目黒」 「二人は知り合いかね?」 「この前もここで会いまして」  教授に返事をする間に、目黒は俺の隣に立った。 「はい、ななちゃんが脱走したその日です」 「そうかそうか。かわいらしい動物たちが人を繋げる縁になってくれて嬉しいよ。そうだ尾瀬くん、ちょうどお茶菓子を買っているから、食べていくといい。目黒くんも一緒に」  ほんとにいいのかな、と悩んでいると、目黒が名乗りをあげた。 「ぜひ! 尾瀬、僕は君と話したかったんだ。さあ行こうじゃないか」 「え、ちょっ……待って、ななちゃんを戻さないと」  目黒に引っ張られてバランスを崩しそうになったが、なんとか耐えた。抱いたままのななちゃんをケージに戻そうとしたが、パーカーのフードに軽く噛み付いていて離れない。離そうと引っ張っても、胴体がみよんと伸びるだけだ。 「ななちゃん!?」 「懐きすぎではないか!?」 「ははは、もう少し尾瀬くんに甘えたいんだね、ななちゃん」  こっちが引っ張るのをやめると、ななちゃんはパーカーに噛み付くのをやめて、また腕の中で大人しくなった。 「ななちゃんも一緒に行こう。あ、人間の食べ物を食べないようには注意してくれ」 「わかりました。行こ、ななちゃん」

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