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猫の城
その時、研究室の扉がノックされた。ほんとに人がよく来るんだな。教授がいろんな人に頼られているってことだ。「どうぞ」と教授はすぐに返事を返す。
「教授、少し質問が……」
開けられたドアからは真面目そうな男性が入室してきた。きっちりと整えられた艶のある黒髪とスマートな服も合わさってイケメン度が増している。玲依とはまた違ったタイプだ。
背も高い。大人っぽい雰囲気と、甘い香水の匂い。歳上かな。
じっと見つめてしまっていると、目が合った。座ったまま軽く会釈をすると、にっこりと微笑まれた。
「君は……見ない子だね。理学部の子じゃないのかな」
「あ、すみません! 部外者がいて……」
「動物好きなら学部なんか関係ないさ。こちらは尾瀬くん。うさぎのななちゃんの命の恩人だ」
長谷川教授の紹介にあわせてもう一度ぺこりと頭を下げる。男性は会釈を返しながら柔らかい笑みを浮かべた。
「脱走したって噂で聞いたけど、君が助けたのか。こんにちは。僕は三谷。数学コースの院生です」
「文学部二年の尾瀬です。院生ってすごいですね」
「はは、別にすごくはないよ」
よくわからないけど、すごい頭いいんじゃないのか……? しかも数学だし。
「三谷くん、それで質問とは何かな」
「この論文なんですけど、少し気になりまして。生物学者先生の見解を聞きたいんです」
「ふむ……」
教授と三谷さんとでちんぷんかんぷんな単語が飛び交う。てか俺邪魔じゃね? 早く出たほうがいいかな……とタイミングを図っているうちに、会話が途切れた。
「しっかり読ませてもらうから、少し待ってくれ。また今日中に電話かメールさせてもらうよ」
「はい、よろしくお願いします。それともうひとつ用事が……」
一瞬、三谷さんと目が合った。
「可愛い猫に会いたくなりまして」
「ああ、どうぞ。遊んでやってくれ」
「ありがとうございます」
猫がいる部屋まであるのか?と首を傾げていると、それを察した教授が付け足してくれる。
「里親が見つかっていない猫を一時的に預かっている部屋があるんだ。私のゼミの学生が世話をしてくれていてね。尾瀬くんも見ていくかい? 猫、好きなんだろう? リリィちゃんとも仲がいいし」
猫……めっちゃ見たいし気になるけど、このタイミングでそろそろ帰ったほうがいいだろう。
「見たいんですけどすみません、俺は帰り……」
「待って、尾瀬くん」
言葉を遮り、三谷さんはにこりと笑った。
「一緒に見ていかない?」
「えっ お、お邪魔では……」
「ちっとも。ね、ダメかな?」
完璧なスマイルすぎて、断るに断れない……! 初対面の人と二人きりでいっぱい喋れるほど話芸ないんだけど!?
「ううっ……!」
そして帰るタイミングを失い、三谷さんに連れられて動物のいる方の部屋とは反対側の部屋に入った。
ずっと一緒にいたからか、ななちゃんは満足してくれて教授がケージに戻してくれた。
8畳ぐらいの広さのフローリングの部屋だった。靴を脱いで一段上にあがるようになっている。真ん中にカーペットが敷いてあり、ローテーブルとソファが置いてある。小さなイスやクッション、猫用のおもちゃも用意されている。まるで……
「ね、猫カフェ!?」
「それっぽいよね」
10匹以上の猫が思い思いに遊んでいる。子猫から成猫までいる。かっわいい……!!
三谷さんに合わせて靴を脱いでフローリングにあがる。こっちに気づいた何匹かが三谷さんの足もとに擦り寄る。体にのぼろうとしているやつまでいる。
しゃがんだ三谷さんは周りに集まる猫を順番に撫でている。すごい懐かれてるなあ。
「よくここに来るんですか?」
「そうだね。僕の住んでいるアパートはペット禁止だから、飼えなくて。だから猫を触りたくなったらお邪魔してるんだ」
「そうなんですか」
三谷さんはふと俺を見上げて、
「尾瀬くんは猫みたいだよね」
「で、ですかね? 言われないこともないですが……」
「ほら、尾瀬くんの足もとにも猫たち集まってる。同じ雰囲気を感じてるのかもね」
「……??」
「ふふ」と優しく笑い、再び猫を構いはじめている。
独特な間と雰囲気だな……何考えてるか読みづらい。
三谷さんの隣にしゃがむと、足もとの猫たちが我先にと膝にあがろうとしてくる。
「うわわ、待って待って。みんな人懐っこいですね!?」
「うん、可愛いね」
その時、ドアが開く音がした。振り向くと同時に黒い物体が勢いよく胸にタックルしてきた。
「ぐえっ……って、リリィ!」
「尾瀬くん、リリィちゃんが君に会いに来たみたいだったから」
教授がリリィのためにドアを開けてくれたみたいだ。リリィはしきりに鳴きながら素早く俺の膝におさまり、ゴロゴロと喉を鳴らす。抱き上げると嬉しそうに俺の首に頭を擦り寄せた。
「よしよし……あ、こいつらとも喧嘩しないんだ」
リリィは俺の膝に乗りながらも、「にゃあにゃあ」と他の猫たちと会話しているように見える。
「リリィちゃんもよく遊びに来てくれるからね。じゃあごゆっくり」
ぱたんとドアが閉まった。
「リリィ、友達多いな。ななちゃんとも仲良かったし」
「その子、ずいぶんと懐いているね」
「知り合いの飼ってる猫で、いつも俺のところに来てくれるんです」
「へえ……可愛い黒猫だね」
三谷さんがリリィに手を伸ばすと、リリィは途端に不機嫌そうな鈍い声を出し、そっぽを向いた。絶対に近寄るな、触るなと言わんばかりの態度だ。
「あれ、リリィ?」
「僕のことはお気に召さないみたいだ」
そういえば、リリィは危険なものや嫌いなものには近づかないって七星が言ってた。玲依のことは嫌いみたいで全く近づかないし、三谷さんのことも嫌いなのか? これだけ他の猫には懐かれてるし、優しそうな人なのに……?
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